最終話 何でもない日々
星祭りのパーティーも無事に終わり、エル様からの依頼は完了した。それから冬までは二人を中心としたのんびりとした日々に戻った。
あの星祭りで過ごした日々は目まぐるしくて、眩くてキラキラしていた。人との繋がりが広がっていく感覚は楽しい。
まあ、それだけじゃなかったけれど。
エドモンやリュビ、エル様、ヒロイン3やヒロイン2の出現、義兄との再会と驚きと喜びのオンパレードで、まるでジェットコースターだ。
今はギルと一緒に暮らす日々に戻り、このまったりとしたこの日常が一番大好きだ。ギルと恋人になって過ごす日々は蜂蜜のように甘くて、愛おしい。
私は楽観的に過ごしているけど、ギルはいつも色々と調べていて頑張っている。政治や今後の魔界での対応など私にできることは殆どない。
時々ギルが無理をしていないか心配になる。本当はこんな場所で隠居するような人じゃなくて、人の上に立つカリスマと吸引力と才能があるのに燻っていていいのだろうか。
私があの日、「一緒に暮らさない?」と声を掛けたところから始まっている。
ギルはこののんびりした生活に退屈しないだろうか。
唐突に「魔界に戻る」とか、「出張」と言って家を空けないだろうか。
ギルとの生活が楽しくて、愛おしくていまさら手放せない。
「エステル」
「え、あ」
色々考えていたからだろうか。ギルは心配そうに私を見つめる。大きな手が愛おしそうに私の頬に触れた。
この温もりが心地よくて好きだ。
誰かに心配してもらうことが、こんなにくすぐったいことだと知ったのはギルと出会ってからだ。
「えへへ」
「どうしたの?」
「ううん。ギルの手、好き」
「そう? 私はエステルの全部が好きよ」
「本当に?」
「もちろん」
ギルは即答したけれど、どこか遠慮がちというかいつものテンションと違う。
先程、分厚い報告書を受け取った後から、そわそわしている。
キャラメルポップコーンを食べて、ソファに並んで座って談笑して──いつもと同じなのに、何かが違う。なにが違うのだろう。
「んん、エステル」
緊張した、強張った声。
甘い空気が少しだけ張り詰める。
ああ、これは真剣に話を聞くべきだ。
私に向き直ってじっと見つめるギルの姿に、心臓がうるさく騒ぎ立てる。
(いい話? それとも──)
「きっと忘れていると思うけれど──お誕生日、おめでとう」
「え」
「あら、もしかしなくても忘れていた?」
「うん。そういえば……そうだった」
毎年、ギルからだけはお祝いしてもらえるので、自分の誕生日まで指を数えて楽しみにしていたのを思い出す。
「そっか。去年まではギルと会える特別な日だって思っていたから覚えていたけど、今はギルと一緒にいるのが当たり前だから忘れていたわ」
「じゃあ、今日は忘れない日にしてあげないとな」
唐突に発した低い声音。
いつもの女口調はなりを潜めて、それだけで心臓がバクバクと煩い。
ギルは胸元から木箱を取り出して、私に差し出す。
手のひらほどの小さな箱で、その中身は銀色の指輪だ。装飾はシンプルだが宝石が散りばめられ、多重の加護魔法が付与されている。恐らく天文学的な金額なのではないだろうか。
「ギル、これ……」
「星祭りの時に頼んでいたのがなんとか今日届いたんだ。……エステル、私、んん……いや俺と、その……結婚を前提にこれからも一緒にいてくれないか?」
「!」
ギルは頬を赤らめて恥ずかしそうに、けれど真剣な眼差しで私の言葉を待っていた。
どうしよう。
どうしよう。すごく嬉しくて、幸せで──胸がいっぱいになる。
どうしよう。声を出して喜びたいのに、嬉しすぎて言葉が出てこない。
「え、エステル?」
ギルはギルで慌てていて、「クソッ、タイミングを間違えたか」とか「重すぎか?」とブツブツ呟いている。その慌てぶりが愛おしくて、言葉の代わりに彼に抱き付いた。少し驚いたけれどすぐに私の背中に手を回す。ギルの腕の中はやっぱり落ち着く。
「ギル……。私も、これからずっとギルと一緒に居たい」
「本当に?」
「本当に」
「本当の本当に?」
「うん。ギルこそ、どこかに行ったりしない?」
「もちろん。エステルを置いて何処にもいかないし、ずっと傍にいる」
ギルの口調が新鮮で、それでなんだか新しい一面を見た気がして嬉しさが込み上がってくる。
ああ、そうか。
ギルが私によくキスをするのは、言葉にできない思いを伝えるため。
私はギルの頬にキスを落とす。それから唇に。
キスの雨を降らせる。
「ギル、大好き」
「俺も、エステルが好きだ」
抱き合うとギルの心音は激しくて、私と同じぐらいドキドキしていることにホッとした。
オネエ口調じゃないギルはぶっきらぼうというか、言葉数が少ない。
いつもの饒舌はどこへやら。
「オネエ口調じゃないのは、気分?」
「告白するんだ、雰囲気とか大事だろう?」
ギルは形から入るタイプだな、と実感する。
そういうところも好きだ。
「私がそういうの気にすると思う?」
「……いいや。そういえばそうだった」
「でも、こういうギルとの会話は新鮮で好き」
「エステルは俺ならなんでも好きとか言いそうだな」
「そうかな? そうかも」
どちらともなく笑みが漏れた。
笑った後でふとあることに気付く。
「ん? 結婚前提ってことは私、恋人から婚約者にジョブチェンジしたの?」
「そうだな。周囲の牽制にはちょうどいい」
「牽制?」
「そう(これ以上エステルに惚れないように)」
一瞬『なぜ牽制が必要なのか?』と、本気で考えた。今後、魔族との関わりで肩書を重要視していくのかもしれない。貴族社会のようなものだろうか。
「たしかに『私の婚約者は元魔王です』ってインパクトあるものね!」
「(そういう意味じゃないんだが……)……ん、まあそうだな。だからできるだけ指輪は左の薬指につけておいてくれ」
「うん? うん。春になったらお揃いの指輪買いに行きたいね」
「そうなると婚約者から、夫婦にジョブチェンジするが」
「あ、そっか。……でも、この世界って十七歳で結婚ってできたっけ?」
「……」
沈黙。
前世で女性の結婚は十八歳に引き上げられた記憶がある。ハイヒメル大国も男女ともに十八歳で結婚が可能となるが、ノードリヒト国では分からない。あと結婚の承諾とか諸々の知識も必要かもしれない。
「調べないとだな」
「うん。前世の記憶があるとそっちを常識にしちゃうしね。まあ、私としてはギルの恋人としての時間を堪能したいけど」
「そうか。俺は結婚してエステルを独り占めしたい。……切実に」
おそらくエル様に対しての対策を言いたいのだろう。しかし残念なことに、あの方の常識は私たちが推し量れるものではないのだ。
「ギル、結婚してもたぶんエル様のアプローチは変わらないと思う。……重婚とかナニソレ? とか言いそう」
「あー、まあ、アレ以外には効果が……あるのか?」
たぶん効果があるのは、ごくごく常識に重きを置く人物だけだと思う。たとえばギルとか。魔王だけれど、異世界転生者としての知識と道徳が根強く残っている。だからこそ魔王でありながら、慈悲深い存在に変わったのだと思う。
「ギル、心配しなくてもギル以外に心を奪われないよ」
「エステル」
ギルは目を細めて微笑む。
これが悪役令嬢と魔王の役を降りた者たちの終幕だとしたら、ハッピーエンドになるだろうか。
この先のことはわからないけれど、それでも一日という日常を積み重ねてギルと一緒に生きて行こう。
そう心の中で誓ったのだった。
***
元悪役令嬢と元魔王のその後のその後。
結果から言うとハイヒメル大国で魔界の扉が壊れることも、魔王との全面対決──という展開もない。
日々は穏やかで緩やかに過ぎていく。
ただ、まあ、どちらかというと、元悪役令嬢と元魔王が行った温泉旅行で古代遺跡に迷い込む事件の勃発に始まり、精霊王エルヴィスの闇堕ちや、従兄ディーンと竜人族のエドモンドが冒険者同士タッグを組んで巨大な魔物を倒して勇者になるとか、元悪役令嬢と元魔王の血塗れの結婚式などのほうが大変なのだが、それはまた別の話。
最終話までお読みいただきありがとうございました(◍´ꇴ`◍)
12/9 このたび電子書籍決定が決定しました!ありがとうございます!!
レーベルや発売日が決定しましたら、改めてご連絡します!
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡
特に今回は感想などでギルの好感度が高くて嬉しいです。オネエキャラは初めてだったのですが、とても楽しく書かせて頂きました。エステルとギルの関係が本当に好きで、楽しんで頂けたのなら幸いです。
誤脱報告もありがとうございます(੭ु >ω< )੭ु⁾⁾♡!
完結でございます( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )!
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9月7日 #エンジェライト文庫 様より、配信されます!
イラスト作家様は史歩先生!
9月7日に記念SSを投稿予定です!




