第47話 魔王ギルの視点6
星祭りも無事に終わり、私とエルヴィスは今後の懸念を潰すため、それぞれの持てる全てを使って先手を打つことにした。
エルヴィスも私も魔界の扉が開かれること、魔族の暴走化による人族との全面戦争、これらを望んでいないという点において利害は一致している。
星祭りの夜は、それぞれの手駒を用いて主に《聖歌教会》の対応、ヒロインの監視と暴走の阻止、魔界での新魔王の擁立と体制について話を詰めた。
ハイヒメル大国のみ滅亡させて、「精霊王が人族の領域をも支配下に置く」というのも提案に上がったが、それは最終手段とすることで合意した。
正直、私もエルヴィスも人族に対してさほど思い入れも、義理もない。あくまでエステルの母国という一点で、被害を最小限に抑えたいというだけだ。
リュビにはハイヒメル大国での動向が把握できるように、出張所を作るように指示を出した。エルヴィスもまた《聖歌教会》を内側から変えるために、配下の上位精霊である緑の貴婦人を派遣することで瘴気封印を浄化へと移行させる。
教会に身を寄せることを宣言したヒロイン2が暴走しないように、監視としてエルヴィスの知人である大司教に頼むらしい。
大司教も確かシリーズ3の攻略キャラの一人だったはず。
(まあ、ヒロイン2の場合は、他の攻略キャラに惹かれて勝手に幸せになってくれれば、面倒がなくっていいのだけれど。エステルに害をなすとわかり次第、容赦なく殺す)
そんなことを考えつつエルヴィスとの今後の方針は固まり、定期連絡をするためにも家に訪れると言い出した。そのあたりは別段構わなかったが、心配なのはエステルへの猛烈なアタックだ。
星祭りの後、本格的にアプローチを始めたらしく、訪れるたびに贈り物を持ってきている。
エステルは毎回丁重に断っているが、困惑してもいた。粘り強いというか、ここまでエルヴィスがエステルに惚れこんでいるとは思ってなかった。たしかにゲーム設定でエステルがエルヴィスと結ばれることがあるものの、それは最初エルヴィスの気まぐれのようなものだった。
前妻と似ている部分があると漏らしていたが、その真意は不明だ。もしかしたら単に気まぐれで、私たちをからかっているだけなのかもしれない。
趣味趣向がそもそも理解できない変態なのでしょうがないと思うことにした。
(エステルがエルヴィスや他の貴族と恋仲になるルートがあることは、この先もずっと隠し通す。エステルに死ぬ可能性があるかもしれない――なんて、不安にさせたくない)
「あ、ギル。今日のオヤツはキャラメルポップコーンだよ!」
「数日前にトウモロコシを乾燥させていたものね。しかもキャラメルなんて……なんて悪魔的な御菓子なのかしら」
「ねー。あのキャラメルの匂いは狡いよね」
今日も可愛らしいエステルは白のエプロンをつけて、台所で準備をしている。星祭りの日からすでに数カ月経っているが、毎日前世の料理の再現に勤しんでいた。
現在ノードリヒト国の季節は冬。
特に私たちの住んでいる地域は積雪量が多く、庭は魔法で雪が積もらないが、庭の外は太ももまで積もっているのだから相当な量だろう。このまま雪が降り続ければエステルの体の三分の二は埋もれるような気がする。
初雪の時はテンションが上がって、エステルと雪だるまや雪合戦をしたものだ。
家の前に並んだ雪だるまはなんだか可愛らしくて──写真に収めた。そう星祭りの後でエステルに強請られて作ったカメラ、といっても現像方法が面倒なのでポラロイドにした。これが結構レトロな感じで気に入っている。
それから一日ごとに、シャッターを押す回数が少しずつ増えていった。一緒に過ごしている日々を思い返せるように、些細なことでも写真に収めた。
エステルと相談して少し大きめのコルクボードを作って、リビングに設置した時も楽しかった。
一緒に飲んだマシュマロ入りココア。エステルの毛糸のワンピース姿に、私の冬服なんかも撮った。この世界にプリクラなんてないから、二人そろってシャッターを押すのは結構大変だったけれど、それも楽しかった。
ここ数カ月は二人の時間がとれて有意義だった気がする。
読書部屋も完成したので、のんびりしたいときは人をダメにするクッションに寄りかかりながら、各々が買った本を読む。時々二人で読んだ本の感想会をするのも楽しみの一つだ。
娯楽の少ない世界。
それでも、愛しい人がいることで毎日が特別に思える。
「あ、そうだ。ギル、この間貸してくれた本の続きが気になるんだけれど、三巻って発売されないの?」
「んー、この世界にネットがないからわからないわ。春になったら首都にデートに行ってみない?」
「うん。行きたい! あと、旅行も!」
「いいわね。温泉があるところなんてどう?」
「行きたい! ギルとの旅行楽しみ。温泉とか(あ。足湯もいいかも)……一緒に入りたいね」
「ええそうね。(ーーーーんん、温泉を一緒に!? 混浴!? 露天風呂なら一緒に入ってくれるってこと?)……そんなに(露天風呂に)入りたいなら、作る?」
「え、(足湯を!?)ううん、いいよ。ああいうのは旅行で楽しめればいいし!」
「そう?」
「うん。ギルと一緒に行くときの楽しみにとっておきたい」
「(あーーーーーーーーーーー、だめ、好き。可愛すぎる!)んん、そうね」
途端に語彙力を失うのは、エステルが可愛すぎるのがいけない。今すぐにでも抱きしめたいが、料理中は邪魔になるといけないと思いなんとか欲望にブレーキを掛ける。
冬は寒いので暖房をつけているものの、気づけばエステルが引っ付いて来ることが多くなってきたと思う。
この家に来た頃は距離感を気にしていたようだけれど、今では甘え上手の猫を彷彿とさせるほどとても可愛らしくて、愛おしい。
一日を重ねるごとに好きな気持ちが滲みでて、愛おしさが増して、もっと笑顔にさせたいと思うようになる。
ポップコーンが弾ける音をBGMに新聞に目を通す。この生活を継続するためにも情報収集は必要なことだ。
エステルが不安にならないように、まずは瘴気問題の改善、次にハイヒメル大国での味方を作り。最後に各シリーズのヒロイン、攻略キャラと重要人物との接触あるいは監視。
ハイヒメル大国の《聖歌教会》を内側から変えていくことは概ね順調だ。聖騎士及び聖女候補が瘴気を浄化したという報告書はこちらにも届いている。表向きは巡礼としているので新聞でも巡礼する道のりまで丁寧に記載していた。
(うん、全部瘴気が出るところね。ちゃんと向こうにも情報が伝わっているのがわかるっていいわね)
封印ではなく浄化。
それだけでだいぶ良い方向に繋がっている。
懸念していたヒロイン2は、聖女候補の中でかなり問題児扱いされているようで、何が何でも瘴気を封印しようと強硬に出ているらしい。
その度に周囲から顰蹙と厳重注意を受けていると報告は前回挙げられてきた。
(ローラは魔王と戦うシナリオを選ぶってことね)
これは私に対して宣戦布告だろう。
大人しくしているのなら大目に見ようと思っていたが、牙を向ける気なのならこちらとしても容赦しない。己の愚かさを呪うといい。
(まずは精神病扱いにして、幽閉。ああ、それとも聖女候補として知名度だけは上がっているらしいから後宮に放り込んでしまうのもありかもしれないわ)
エルヴィス経由で次期宰相のサイラスには前もって「聖女候補に災いをもたらす少女が出現するかもしれない」と助言を伝えている。
彼は察しがいいし、機転も利く。うまく処理してくれるだろう。それでも手を焼くならこちらが手を下してもいい。
フェリクス王太子に関しての報告を見るに、賢王ぶりを遺憾なく発揮して絶好調のようだ。
(もっとも女夢魔の報告では、ヤンデレ属性と束縛が激しくなってきているとか話していたわね。まあ、女夢魔は楽しそうだからいいけれど)
私もフェリクス王太子と大差ないと苦笑してしまった。
好きな女を独り占めしたいがために、この家を用意したのだから。
リィン、と呼び鈴が鳴った。何らかの宅配が来たようだ。
この場所を正確に知っているのは、リュビとエルヴィスだけだ。どちらかが何かを送ってきたのだろうか。そう思いつつ家のドアを開けると、リュビの部下が立っていた。
黒のロングコートを羽織ってマフラーに手袋とかなり厚着をしている。まだ若い魔族のようだ。
「魔王様。リュビ様から、これを配達するように言われてまいりました!」
そう言って手渡して来たのはエルヴィスからの分厚い報告書の束と、真四角な木箱だ。一瞬、木箱は「何か頼んでいただろうか?」と思案を巡らせた。
不意に中身を思い出し、口元が綻んだ。頼んでから数ヶ月経っており、最悪春先になるとか思っていたのでこれは嬉しい誤算だ。
「ご苦労。……玄関に入って少し待て。エステルがキャラメルポップコーンを焼いたものを持たせてやろう」
「エステル嬢の!? 光栄です」
(星祭りで胃袋を掴まれた魔族は結構いるのよね~。だからか人族であっても、エステルに向ける畏敬の念が増えた気がするわ。まあ、それは恋人として鼻が高いのだけれど──)
「ギル? リュビの所のお客さん?」
ひょっこりと顔を出すエステルの可愛さを前に、胸キュンしてしまった。なんなのこの可愛らしい生き物は!
こてん、と小首をかしげているところもなお可愛い。返事も忘れて頬にキスをすると、顔をリンゴのように真っ赤にして照れている。
あー、うん、他の誰でもない私がエステルにそういう顔をさせている──そう思うと幸せだわ。
「もう、ギル。キスで誤魔化さないで」
「誤魔化してないわ。可愛い人が急に現れたから好きだって思ってキスしただけよ」
「うう……。そ、それでお客さん?」
「ええ。リュビの部下。キャラメルポップコーンを少し分けてあげてもいいかしら?」
「もちろん。あ、外は寒かったよね? タオルケットとか温かい飲み物とか準備するね!」
嬉しそうにおもてなしをしようとするエステルには申し訳ないけれど、そう簡単に愛の巣に他人を上げたくない。どうすべきか考えていたが、部下は「急ぎ戻らないといけないので!」と空気を読んだようだ。
私の僅かに漏れた殺気──威圧を察知したのだろうか。
思いの外空気が読める子のようだ。
「じゃあ、温まる水筒とリュビ宛のキャラメルポップコーン、それとスタッフ用のと貴方の分もどうぞ」
「あ、ありがとうございます! エステル嬢!」
部下は救世主あるいは女神を崇めるように、感謝の言葉を返す。この光景にもなんというか慣れた。
(これは……また一人、陥落させたわね)
「ああ、これはアリスさんから手紙を預かってきました」
「アリスから? ありがとう。彼女は元気?」
「え、あー」
一瞬、部下は私に指示を仰ぐが彼女に関しては話をしても問題ないので、小さく頷いた。
「はい。とても元気です。リュビ様が修道院の援助を行い、衣食住はかなりよくなったと喜んでおられました」
「そうなんだ。よかった。あ、せっかくだから、アリスにクッキーを渡したいからちょっと待っていてくれる? あ。駄賃という訳じゃないけれど、貴方の分のクッキーもつけるから」
「もちろんです! 全力で届けさせていただきます」
「ふふ、ありがとう」
ヒロイン3との関係は良好で、リュビが上手くやってくれている。一番の懸念だった天敵のヒロイン3をこちら陣営に引き込むことができた。
これであの区域に瘴気が発生したとしても、リュビの部下が常駐しているので魔物討伐の口実もできて、ヒロイン3に恩も着せられる。なによりフォスター家が彼女を養子に迎える前に手が打てたのは僥倖だった。
(本当に、エステルのおかげで救われたわ)
本当はこの世界においてエステルの能力は貴重で有能で、食文化の水準を上げるには重要な人材だ。その才能をこんなところで閉じ込めていていいのだろうか。
フェリクス王太子のような、極端な束縛やヤンデレにはなりたくない。
それでも──手放してあげられない。
もうエステルがいない生活なんてできないから。
例のモノも届いたし、エステルを繋ぎ止める準備も着々と進んでいる。
(なんとも悪役らしい発想だけれど、エステルは許してくれるかしら)
お読みいただきありがとうございます( ´꒳`)/♥︎ヾ(*´∀`*)ノ
次回最終話 何でもない日々 20時以降
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