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第46話 義兄サイラスの視点4

 宰相である義父が引きこもり、政務も最低限の書類のみしか対応していない状態だった。世間では愛娘の死に『あの老獪な宰相も人の親だったのだ』と、妙な好感を持たれていたが実際は『育毛剤の生産停止』だと知って落ち込んでいるだけなのだが、それを知っているのは私と商人のリュビぐらいだ。


 義母も社交界でマダムたちのまとめ役だったのが、サロンやお茶会にも参加しておらず、世間の評価は義父とあまり変わらない。こちらも化粧品などが入手困難で『人前に顔を出せない』と嘆いているとか。


 本当に自分の娘が亡くなったというのに、どこまでも自分勝手な人たちだと思った。そう考えるとフェリクス殿下の策に乗った我々は、多かれ少なかれエステルを軽視した報いを受けることとなったのだろう。


 フェリクス殿下はあれ以降、義妹の話題を一切口にしない。あれだけ執着していたのが嘘のようだった。

 引っかかるものはあったが、深入りすべきではないだろう。

 とにもかくにも機能しない宰相の代わりに、王は仕事の大半を私と忠臣の貴族たちに割り振った。王も義父に今まで支えてもらったという忠義に対する配慮だったのだろう。


 フェリクス殿下の顔を立てるためにも、私がノードリヒト国で開かれる星祭りでの交渉という大役を任せてもらうことになった。数名のフェリクス殿下派閥の貴族を連れて来たが、彼らも有能ですぐさま隣国の有り方や物品などの情報を調べた上で商談に臨むよう準備を進めていた。なんとも心強い。


 パーティー三日目に精霊王エルヴィス陛下と謁見を許可され、商談や交渉の話を設ける機会を得た。

 今までは玉座の間で行うことが殆どだったが、私だけ客間に通されて対面する形で精霊王とお茶をすることになったのは予想外だったが。


(精霊王直々の申し出は有り難いが、なぜ我が国だけ?)


 精霊王エルヴィス聖下。

 白銀の長い髪に、思慮深げな紺色の瞳。雪のように白い肌、長い耳に、額には朱色の紋様が見られる神時代の王。聖職者のような裾の長い法衣は、シンプルだが金の刺繍をふんだんに使っており精霊王にふさわしい服装だった。外見は二十代前後に見えるが人とは思えない清美さを持つ。彫刻のような整った顔立ちの王は口を開いた。


「侍女から話は伺っている。義妹への土産として菓子を作らせたので持って帰るがいい」


 エルヴィスの合図で侍女はテーブルの上に梱包された包みを差し出した。あの時の侍女ではないようだが、約束通り精霊王に話を通してくれたのだろう。

 客間に通されたことへの疑問が消えた。しかしこれだけの為にわざわざ時間を作るとは意外だった。


「ありがとうございます。……しかしこれだけのために私を客間に呼ばれたのですか?」

「ふむ。……そうだな、単刀直入に言おう。我が国の書庫から貴国に関連する書物が出てきた。少し古いが、瘴気と魔物の発生原因となっているものなどが書かれている」

「なっ……!」


 古ぼけた白い背表紙の分厚い本を前に、唾を呑んだ。閲覧許可をもらいページをめくると、魔界とその扉の本来の意味など《聖歌教会》の教義とは相容れぬ内容が記されていた。しかも現在教会側が行ってきた瘴気の封印というのは、長い目で見ると近い将来我が国に破滅しか(もたら)さない。


「我が国を含め貴国以外は瘴気と魔界の認識に齟齬(そご)はない。しかし建国から偽りの教義を抱き、今後魔界との全面戦争となられるのは隣国として困る」

「それは……当然です」

「ふむ。貴国の地は特に瘴気が発生しやすいゆえ自衛のためそのような行動をとったのだろう。だが魔界の魔族は基本的に知的で、戦闘狂なところもあるが自分と同等あるいはそれ以上でなければ興味がない特殊な種族だ。それを瘴気によって理性を失わせる行為を貴国が作為的でなかったのにしても原因を作ったとあれば、いざという時に我々は積極的に協力はできない」


 つまり今後、《聖歌教会》を野放しのままにして魔界関係の問題が発生した場合、隣国は協力しないと明言したようなものだ。それは将来的にもまずい。

 しかしこの場で私が方針を決める権限などない。


「……こちらの書物をお借りしても?」

「構わない。それに教会側を説得するつもりがあるのなら、我が配下を派遣しよう。女神とは異なるが、それでもかつての歌姫神に属する精霊たちだ。頭の固い連中をそちらの方で納得させるのに使うがよい」

「ありがとうございます!」


 なんという破格の配慮だろう。精霊王は基本的に人族の国に対して関心を持たないし、手を貸すことはあまりない。

 神々の時代より、我が国は幾度も内乱や戦争によって国土や名を変えてハイヒメル大国となった。それまでに精霊王が我が国を助けることはなかったのだが、今回の事態は隣国とはいえ被害規模を考えると当然の考えなのかもしれない。


 エルヴィス様の命により、私の前に姿を見せたのは緑の貴婦人(ドライアード)と呼ばれる森の精霊、あるいは森の代理人と呼ばれる知能の高い精霊だ。

 それに《聖歌教会》は歌姫神が最高神だが、精霊信仰の信者も多い。その精霊が姿を現し協力をすると天啓めいた流れにすれば世論はもちろん、貴族の支援者も集まるだろう。教会の矜持を変えるのではなく、新たにつけ加える方向で誘導すれば可能だ。


「精霊王の配慮と過分なほどの支援に心から感謝を」

「構わない。……くれぐれも魔界の門、および瘴気問題においてよい報告を待っている」

「はい」


 ***


 謁見が終わり賓客室に戻ると、来客があったと部下が報告してきた。なんでも王都に店を構えている商業ギルドだとか。

 この国に伝手はなかったはずだが、店の代表者がリュビだと聞いて合点がいった。すぐさま日程を調整して最短で会うように手配する。


 数日と経たず星祭りの最終日にリュビと会うことができた。王都でも高級店が並ぶ場所に店を構えているところを見る限り、この土地ですでに成功しているのだろう。


 個室に案内してもらいリュビと会ったのだが、前回のような少年ではなく二十代前後の青年の姿をしていたが、仰々しい挨拶は変わっていなかった。


「……子供の姿は認識阻害の魔導具を使っていたのですか?」

「ええ、まあ。そんな所です」


 悪びれもなくリュビは営業スマイルで言葉を返す。相変わらず感情が読めない。腹の探り合いをする気もないので、早々に本題を切り出した。


「それでお話とは我が国との商談でしょうか、それとも──」

「両方です。ノードリヒト国では貴国よりも素材が豊富でして、エステル嬢の納品物には多少劣りますが、近いものが生産できる目途が立ちそうなのです」

「!」


 その言葉に思わず身を乗り出しそうになった。もし可能なら、またショォーユラァメンとガァリックマシマシギョウズァが口にできるかもしれない。

 そう考えたら涎が自然と溢れた。

 食事に対してあの料理を口にするまで関心がなかったが、あの味わいを一度知ってしまったら、人生が変わる。


「本当に、そんなことが……義妹の作り出したものを再現できるのでしょうか。エステルの植物魔法は特殊だったと聞きました」

「ええ、ですが緑の貴婦人(ドライアード)森の守り手(エント)との協力関係を構築でき、作物の補給にようやく目途が立ちそうなのです」

「それなら! またあのショォーユラァメンが、食べられるのですか!?」

「はい。……そこで、貴国の食文化向上のためお力を貸していただきたいのです」

「無論です」


 そう即答してしまったが、慌てて咳き込んで場の空気を変えた。


「……しかし他国からの輸入である場合、関税など諸々を考えると値段は高額になり、また一気に広めるのは内乱を起こす可能性があります。ですので貴族たちから浸透させ、十分な物量の見込みが可能となったら民衆に広める──というのでいかがでしょう」

「さすが次期宰相殿、私たちもまだまだ料理に関しては改良を重ねる必要があります。そこで貴国の王都で一店私の店を出張所として構えようと思うのですが……」

「わかりました。そちらの手続きやら支援はルーズヴェルト家で持ちましょう」

「話が早い。それでは詳細はまた後で詰めるとして──」


 呼び鈴を鳴らしたところで、店のスタッフの一人がキッチンワゴンを押して部屋に入ってきた。ワゴンの上には料理の上に被せる(クローシュ)があったのだが、かぐわしい匂いに食欲を刺激される。どこかで嗅いだことがあるような──。


 その答えはすぐに明らかになった。義妹が亡くなったことで失われた料理の一つ、ショォーユラァメンだ。思わず夢でも見ているのではないかと何度か瞬きをして確認したが、現実のようだ。


「まだ試作段階ですがエステル嬢の作り方を参考に、人様にお出しできるぐらいのレベルになりましたので、是非とも実食をお願いできますでしょうか?」

「ああ、もちろんです」


 フォークでメェンを掬い口に含んだ。メェンの食感が弱く、あの時よりだいぶ劣るものだったが、濃厚なスープは以前食べたものに近い。


「ん。たしかにショォーユラァメンに近いですが、メェン以外にも色鮮やかで黄金比のように存在した菜っ葉、煮卵、肉切れを加えると完成度がグッと上がると思います。それとメェンの食感が少し柔らかいのが気になりました」

「素晴らしい。やはり舌が肥えている方の的確なアドバイスは参考になります。よければ月に一度試食会を貴国で行おうと思うのですが、通行許可証を特別に発行していただくことは可能でしょうか?」

「いいでしょう。値千金の価値があるこの料理に私が投資をします」

「ありがとうございます。ああ、そうです。貴国に出す店ですが店長代理は口の堅くご事情がわかる方をお願いしたいのですが……」

「それなら一人心当たりがいます。義妹のことをよく知っていた元執事なら適任でしょう」


 精霊王の手土産もある。義妹の墓参りの帰りに元執事(セバス)には謝罪をしようと思っていたところだったので、ちょうどいい。


 義妹の死は様々な者たちの生き方を大きく変えた。けれどそれは私たちが彼女に対して行っていた報いだろう。私は残りの生涯をかけて彼女が得るはずだった名声と栄光を後世に伝えるため、そして国の発展のために尽くそう。

 それが私にできる義妹への贖罪だ。



お読みいただきありがとうございました(ノ*>∀<)ノ♡

最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。

第47話 魔王ギルの視点6   19時以降

最終話 何でもない日々    20時以降



下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡

誤脱報告もありがとうございます(੭ु >ω< )੭ु⁾⁾♡!

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― 新着の感想 ―
[一言] もしもだけど、もう少し話ができて仲良くなれていたら、離れてても手紙とかは時々は会えたのかな、兄と妹として。
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