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第45話 思わぬ再会

 久しぶりに見る義兄の顔はやつれており、目にクマがあった。着こなしている服はハイヒメル大国の正装で、今日のパーティーに出席していたのだとすぐにわかった。


 義兄は認識阻害の影響で私だと気づいておらず「大丈夫ですか」と紳士的な言葉をかけてくる。

 兄妹として会話を交わしたことも数えるほどしかなかった。だからこそ義務的であっても、心配してくれる言葉に胸が詰まった。


「あ、はい。……その、すみませんでした」

「ところで調理場の場所はこの辺りだろうか」

「え、あの……。エルヴィス様の許可はとっているのでしょうか?」

「いや。……精霊王と話をしようとしたのだが姿が見えなくてね。確認せずに他国の調理場に伺うのは失礼だったな。すまない……それぐらいあの菓子が美味しかったもので」

「え……。甘いのが……お好き、なの……ですか?」


 義兄は甘いものが好きじゃなかったはずだ。

 私があの家を出てから趣向が変わったのだろうか。義兄は頭を掻きながら、少し恥ずかしそうに言葉を続けた。


「……いや。甘いのはあまり得意ではなかったのだが、皆が絶賛するパイ菓子を口にした時、昔義妹が作った甘みを抑えたクッキィーを思い出してね……」

「!」

「味や食感が違ったのだが、なんというか懐かしい感じがしたので、ぜひ料理長に感謝を伝えたく……会場を抜け出してきたのです」


 正直、義兄の告白に驚いた。

 だって私のことなどどうでもいいと思っていて、ろくに会話をしたこともなかった。焼いたクッキーだって、口にしたとは思わなかった。思わず「そう……ですか。妹さんにお土産を用意しましょうか」と言葉が出てきたのは、嫌がらせ──のようなものだ。


 どうせ社交辞令だろう。

 そう思ったのだが、義兄はどこか嬉しそうに口元を緩ませた。この人はこんな風に笑う人だったのか――なんて思ってしまった。


「それは有難い。義妹の墓に(そな)えさせてほしい。ああ、もちろん、精霊王に正式に依頼をしますので」

「……!」


 なにか言葉をかけるべきだと分かっていたのだが、声が出なかった。それを義兄は場の空気を悪くしてしまったと都合よく解釈したようだ。


「ああ、初対面の方にすみません。……ある事情があって義妹とは疎遠だったのですが、亡くなってから後悔ばかりします。血は繋がってなくても家族として、兄としてもう少し何かできたのではないか、そうすればあんな痛ましい事故は起きなかったのではないか──と」


 初めて知る血の通った義兄の本心。

 元々ゲーム設定でも苦労人で不器用な人で、悪い人ではなかった。他人として接して初めて義兄と会話ができたような気がした。


 たしかに義兄との仲が良好だったら、家族仲がよければ亡命など考えなかったかもしれない。でもそれは今更だ。

 私は私が選んだ道が間違いだとは思わなかった。


「そう……ですね。妹さんが亡くなったことで気づいたのなら、次は大事なものを見逃さずに大切にしてあげてください。……お土産の件ですが、私からもエルヴィス様にお伝えしておきます。それに料理長にも」

「それは助かる。……と、少々長居してしまったな」


 そう言って義兄はパーティー会場に戻るため踵を返した。その後ろ姿は何度も見て来たのに、初めて引き留めたいと手を伸ばしそうになり──途中で降ろした。


(私のことなんてすっかり忘れていると思ったのに……、まさか覚えて、私の死を悼んでくれるなんて……想像してなかったな)


 そういえばローラが私の死後、攻略キャラが変わったとか言っていたけれど、このことだろうか。


 私が居なくなって困ったりしていたら「ざまあ」って思ったのに、死を悼まれるとは思ってもみなくて──本当に想定外で、不覚にも少しだけ泣いてしまった。


 ***


 義兄と再会したことは驚くべきことだったが、その後――つまり客間に戻ったあとが大変だった。

 急いで料理を三人分作って賓客室に戻ったのだが部屋の調度品やら内装が少し変わっていた。私が来るまでに何かあったのだろうか。


 まあ、それはさほど問題なかったのだが、私が泣いていたことにギルが気付いた瞬間、空気が凍り付いた。

 室内の温度が一気に下がっていく。詰め寄るギルに私は両手を挙げて白旗を早々に上げた。


「お、落ち着いて、ギル」

「相手は誰? パーティーに来ていた連中に、何されたの?」

「ふむ。招待リストを集めるか」

「いやそうじゃなくて……」


 誤魔化したら誤魔化したで色々面倒だったので、素直に義兄と再会したことを話した。もちろん私の正体は気づかれていないことを、念を押して伝えた。


「あと、これはホッとした涙で、酷い目とかには遭ってないから!」

「本当に?」

「本当に!」

「本当の本当に?」

「うん! これ以上聞き返したらしばらくキス禁止にする」

「ぐっ……。わ、わかったわ」

(効果抜群すぎる……!)


 場の空気が和やかになったところで食事をとることにした。

 私はおにぎりと卵焼き、そして味噌汁と食獣種の中で鳥を使ったチキン南蛮、ホウレンソウのお浸しをテーブルに並べる。ギルとエル様はお腹が減っていたのか、料理の減りが激しい。場所は違うけど、ギルやエル様がいるとなんだか家に戻ったかのようだ。


 たった二ヶ月ちょっとだが、それでも私にとっては、あの家での生活が日常でギルと一緒に暮らすのが当たり前だと思えるようになっていた。

 独りで味気ない食事を食べていた頃とは違う。

 それが無性に嬉しかった。


「それにしても、ここにきてヒロイン3(アリス)との接触に、ヒロイン2(ローラ)の宣戦布告。そのうえ宰相の息子サイラスまで会うなんて……」

「義兄との再会は本当に驚きだったけれどね。まあ、でも会えてよかった、かな」


 実家に戻ることは無いが、それでも義兄の本心を聞けたのはよかった。そう思っているのだが、ギルはジッと私を凝視している。


「ほんとぉおおおおに、実家に帰りたいとか、ホームシックとかになってない?」

「ない。強いて言えば」

「言えば!?」

「ギルと一緒に家に帰って、のんびりしたい、かな」

「エステル……。(そうね、諸々面倒ごとはさっさと()()()()、二人でのんびりまったり、同棲ライフを満喫しなきゃ! フフフッ~)」


 一瞬にしてギルの機嫌がよくなった。

 ずっと不安そうだったのは、義兄の本心を知って「家族の元に帰りたい」と言い出さないか心配していたのだろう。そりゃあ、義兄と一方的に和解(?)したような気持ちだけれど、帰ろうなんて思っていない。


 悪役令嬢の役目と共にエステル・ルーズヴェルトは祖国に置いて来た。今の私はただのエステルなのだから。いや、ギルの恋人のエステルだ。


(ギルの恋人のエステル……。なんか恥ずかしいけれど、いいな)

「(色々あったけれど、今回の一件でエステルが私にベタ惚れしているのがわかっただけでも僥倖だったわ。実家にも戻らないって言質も取ったし、フフッ)……エステル、明日にでも家に帰る?」

「え。……でも、まだ星祭りは続くんでしょう?」


 確かにこの数日で色々あってのんびりしたい気持ちはあるが、依頼は依頼だ。エル様に二人して視線を向ける。


 エル様はいつになく料理を堪能して一人の世界に入っていた。私とギルの視線に気づいたのか、手を止める。


「ふむ。定期的に我が王宮料理人に手ほどきをしてくれるのなら、明日帰っても問題ないが──どうする?」

(うーん。それって先の考えると王宮料理人たちの師匠になれって暗に言われているような……)

「いやよ。それなら明日まで仕事をキッチリして帰るわ。ねー、エステル」

「う、うん……。ステラとしても頻繁に王宮に出入りするのも、色々あると思うし……。(まあ、たまにならいいけれど定期的っていうのはちょっと)」

「あ。それと私の家にエルヴィスが来るのは契約だから認めるけれど、料理人を連れてくるのは許可しないわ」

「ふむ。……それなら我の側室に」

「まだ言うか」

「嫌です」

「フッ、案ずるな。我はそこまで狭量ではない。あくまでも二番目の恋人というところからの関係にしておこう」

「しないで!」

「そうよ。というか、どういう思考回路ならその言葉が出てくるのよ」


 私とギルが憤慨するが、それすら最早(もはや)いつもの展開に近い。

 コントでもやっているのかと傍から見たら思うだろう。けれどエル様は至極真面目な顔で言葉を返す。


「今回のことでエステルと少しは距離が縮まったと思うが?」

「そんなイベントが発生した覚えがないのです……」

「そうよ。一日デートしたわけでも何でもないでしょう」

「ふむ。デヱトか」

「いや、行きませんよ?」


 ハッキリと断っているのだが、まったく動じないのがエル様クオリティ。この人のメンタルはどうなっているのだろう。人とズレているのは間違いない。精霊王だから人ではないのだろうけど! 


(エル様正妻だった方はきっとすごい人なんだろうな)

「妻か、なに。そなたと似ているぞ」

「心を読まないで!」

「エステルみたいないい子なんてそれこそ、世界中探しても数百年単位でしか生まれないじゃない」

「ギル……、そこまで希少でもないと思うよ?」

「あら、エステルはもう少し自分の魅力を自覚すべきよ。天性の人たらしなんだから」


 ギルの言葉にエル様まで「うん、うん」と深く頷いていた。解せぬ。私よりもいい人は山ほどいると思う。ギルの場合は恋人フィルターが発動しているからだろうけれど。


(でも、まあ。今回の出張ではたくさんの経験ができたし、大変だったけれど悪いことばかりじゃなかった)


 各々の出会いがこの先どうなっていくのか。

 私には想像できないが、できることなら今まで通りギルとのんびり暮らして、時々家にお客さんを招くぐらいがちょうどいいのかもしれない。

 そして時々ギルと他国へ旅行――などと夢見ながら私は食事を口にする。

 美味しい。

 やっぱり好きな人と一緒の食事は格別だ。


お読みいただきありがとうございました(ノ*>∀<)ノ♡

最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。

次は8時過ぎに更新予定です。最終話まであと3話

第46話 義兄サイラスの視点4 明日8時以降

第47話 魔王ギルの視点6   明日19時以降

最終話 何でもない日々    明日20時以降



下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡

誤脱報告もありがとうございます(੭ु >ω< )੭ु⁾⁾♡!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 食事(料理)が世界を救う! あじはなかなか忘れないものだしね。 [気になる点] いろいろなヒロインいるけど、アリスさんが一番いい子(笑)悲劇の前に会えたのも良かったし、ローラさんは今後気に…
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