第42話 王妃代理とか断固拒否!
目を覚ますと、侍女たちが私にドレスを着せて化粧を終えるところだった。
(……どういうこと!?)
全くもって状況が呑み込めない。
菓子作りを終えて、ギルと客間で食事をしようとした──ところまでは覚えていた。
(それから急に床の足場が消えて……)
やっぱりそれ以上のことはわからない。
めちゃくちゃ高そうなドレスに視線を向ける。
白と金のドレスで、刺繍には宝石がふんだんに使われている。髪も一度洗った後で黒のウィッグが付けられていた。「夢かな」と現実逃避をしたかったのだが、それにしてはリアルすぎる。
そしてこんな悪戯(?)めいたことをする人物は一人しか心当たりがいない。いや、たくさんいるとそれはそれで困るのだけれど!
「これってどういう状況ですか、エル様?」
扉の向こうから感じられる魔力からエル様がいると踏んで声を掛けた。案の定、私の声掛けによって扉が開かれ現れたエル様に文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが──着飾り、精霊王の名にふさわしい装いに不覚にも魅入ってしまった。
銀髪の長い髪が靡き、頭には世界樹の葉の形をした白銀の王冠、長い耳に金の耳飾りに、聖職者を思わせる裾の長い法衣は白と金で宝石を散りばめられ、刺繍も精密で美しい。これがノードリヒト国王族の正装なのだろうか。整った外見が加わったことで神が降臨したかのような後光が見える。いつもより数倍増しで直視できない。眩しいのだけど!
「我の王妃になってほし」
「私の目の前でよく言ったわね!」
エルヴィスを足蹴にして現れたのはギルだ。なぜか普段着から黒の燕尾服に着替えており、きちっと着こなしたその姿に心臓が撃ち抜かれた。卒倒しなかったのを褒めてほしいものだ。
「ギル……、その格好」
「ん、ああ。ちょっと緊急事態が発生して……。見苦しい姿かもしれないけど」
「これはこれで最高。キュン死するかも」
「いや、死なないで。本当に!」
そう言うが燕尾服という私が好きな服装を、大好きな人が着こなしているのだ。テンションが上がらない方がどうかしている。しかも白手袋までして完璧じゃないですか! ご褒美ですか、ありがとうございます!
「ギル……今すぐ一眼レフを出してほしい。もしくは携帯でも可」
「非常に同意する内容だけど、状況的に難しいわ」
いつもならノリノリで乗ってくるギルにしては口が重い。
それにエル様の雰囲気も……そんなことはなかった。
(通常運行で私を側室にしようと──ん?)
そこで違和感を覚えた。
側室ではなく、……王妃と言わなかったか。
「ギル、私はどうしてドレスアップしているの?」
「んー、それがね。ヒロイン2のローラがエルヴィスを狙っているみたいなのよ」
「おめでとうございます?」
「エステル、酷いではないか。我に愛を囁いておきながら!」
「妄想を事実にすり替えないでください!」
「そうよ! 愛を囁いていいのは私だけなんだから!」
余裕があるんだかないんだか。
茶々を入れるエル様を放っておいて詳細を聞くと、ローラは私たちと同じ転生者の可能性が高いらしい。シリーズ3でエル様と接触する薔薇庭園で既に数時間粘っていると言う。確かに恐るべき執念を感じる。
「あ。シリーズ2だと私が彼女と親友ポジションだから、接触してほしいってこと?」
「その通りよ」
(なるほど。それでドレスアップをして、エル様と一緒にヒロイン2と接触してほしい……と)
主旨は理解したが、私としては疑問が残る。
「それって転生者としてだけなら、エステルとしてではなくステラとして声をかけた方がいいんじゃない? その場合、別にエル様と同伴しなくていいし」
「なっ……」
「そうね! それがいいわ!」
「とりあえず私は『貴族のモブ令嬢に転生した』という設定で、ローラに接触してみて反応次第でエル様に出てきて貰って、エステルと名乗るのは最後かな」
なぜかエル様がこの世の終わりのような顔をしている。この人、どさくさくに紛れて私のことを王妃とか言い出して強引に進めそうで怖いな。もしかしてエル様が正装していたのって……うん、考えると怖いわ。
「くっ……我の計画が……」
(やっぱり外堀埋める気だったのね!)
「エステル。私の出番は? 一緒について行くわよ!」
「ギルは元ラスボスの自覚を持って。ローラが味方になってくれそうなら登場って方向で」
「ぐっ……」
(もしかして私と並んで登場する気だったのかな……。心配してくれるのは嬉しいけど、元魔王の自覚を持って……)
そりゃあドレスアップしたんだから、ギルと並んで歩きたいけど! そういう状況じゃないし。
「でも本当に一人で大丈夫?」
「うん。……となると、このドレスは豪華すぎるから着替えた方が――」
「ダメよ」
「ダメだ」
見事にエル様とギルの声が重なった。
仕方ないので『モブだけど名家の貴族令嬢に転生してパーティーに参加している』という設定を追加してヒロイン2に会うことにした。二人は姿を消して近くで待機。
「本当に、一人で行くの? 大丈夫?」
自分のことよりも私の安否を心配してくれるギルが愛おしくて、無性に抱き付きたくなった。「私は大丈夫だよ」と言いたくて。でも言葉にするにはもどかしくて、ギルとの距離は一歩半ほどある。
それを埋めようと一歩踏み出した。
背伸びをしてもギルの唇まで届かないので、首筋にキスを落とす。格好よく唇にキスをして出陣しようと思っていたのに、これじゃあぜんぜん締まらないので「行ってきます」とギルの顔を見ずに逃げるように薔薇庭園へ向かった。
「帰ってきたら覚えてなさい」とかギルが言っていたような気がするが、後が怖いので聞こえないフリで通すことにした。
***
薔薇庭園は垣根が高く、迷路のような入口だが奥は少し開けた噴水がある。そこで人影が何やらブツブツ呟き、噴水の辺りを行ったり来たりしていた。
うん、間違いなく不審者にしか見えない。
ローラは白い肌に、金髪碧眼の愛らしい顔立ちだ。年齢は私と同じか少し上に見え、長い髪を編み込みでまとめてアップしている。濃い青のロングドレスで、肩から背中の露出が激しいが、彼女のプロポーションを考えると似合っている。
だがエル様曰く「あんな破廉恥な服を妻は着ようとしない慎ましい女性だった。……同じ顔であんな服を着ているのを見たら、うっかり首の骨を折ってしまいそうだ。怖い」だそうだ。
(いや、サラッと首を折るとか発言の方が恐ろしいんだけど……)
「星祭りだけじゃイベントフラグが立たない? やっぱり時期が大事なの? それともヒロイン3だけしか発動条件クリアしてないってこと? んーーーー。わかんないぃいいい」
(うん、確かに傍から見ると奇行者だ。……こんなんが自分の好きな人と同じ顔だったとしたら凹むわ)
心なしか薔薇庭園の薔薇の精霊たちも困惑した面持ちで、ローラの奇行を見ていた。彼ら(?)からしても自分の主人の妻だった人そっくりの人が、奇行に走っているのを見たら複雑な気にもなるだろう。エル様が暴走をする前に私は垣根からローラに向かって歩き出す。
「ヒロイン3のアリスじゃないのだからイベントは発生しないし、そもそもこの世界はゲームとは違うわ」
「……!」
私の言葉にローラは目を輝かせて振り向いたのだが、地味でゲームに存在しないキャラだと思ったのかあからさまに落ち込んだ顔に戻った。
「……モブ? ん、でも」
「モブでも転生者よ。乙女ゲーム《歌姫の終幕の夜が明けるまで》も知っているわ。シリーズ2のヒロイン、ローラ・ミラーさん」
「転生者! じゃあ、この後の展開も知っているんでしょう。魔界との入り口が壊れる前になんとかしないといけないのに、シリーズ2のシナリオは最初からおかしいのよ! 貴女何か知っている!?」
シリーズ1のヒロインとは違って、魔界との問題に対しても危惧しているところを見ると、常識人なのだろうか。
いや、これだけでは判断できない。
そう思って私はさらに話を合わせて彼女の目的を聞き出す。
お読みいただきありがとうございました(ノ*>∀<)ノ♡
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は8時過ぎに更新予定です。
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