第41話 魔王ギルの視点5
エステルと晴れて恋人になった途端、幸せでこれからどんどん甘やかして二人の時間を大事にしていこう──そう考えていたというのに、シリーズ2や3の攻略キャラが現れる、現れる。
竜人族のエドモンド、部下のリュビ。精霊王のエルヴィスだけでも手に余っていたというのに、エステルの持つ人柄がどんどん引き立つせいで好かれていくのがわかった。
興味あるいは好奇心からいつ恋に落ちるかなんて不明だ。
そう思っていた矢先、シリーズ3のヒロイン、アリスまで最速で好印象──というか心酔している。恋人として鼻が高いけれど不安がどこかにあった。
なにせエステルにはシリーズ2以降のシナリオ設定をざっくりとしか話してないからだ。特にエステルはシリーズ2以降、ヒロインの親友ポジションにつくなどの触り程度にしていたのには理由がある。
ヒロインの攻略キャラルートによって、エステルは精霊王エルヴィスまたはとある貴族と恋仲になる。
このキャラルートの共通点は、ヒロイン2あるいはキャラを庇ってエステルが命を落とすということだ。だからシリーズ1が終わった後は、ノードリヒト国の奥地に引きこもり二人で悠々自適のんびり暮らすつもりだった。
エルヴィスがエステルに好意を持っているのも早い段階でわかっていた。だからこそ、菓子の依頼を話したときに冷静でいられなかった。
エステルが私を好きだと──異性として好きだというまでは。
(エステルが私を好いていると告白してくれて、本当に嬉しかった。これでエステルはシナリオ展開から外れるはず)
そう思っていたのだが、思いのほか《星祭り》によって一気に状況が覆った。
成長した竜人族のエドモンドは数年後にシリーズ3ヒロインのアリスと出会うはずが、それも大きく変わった。エドモンドに関しては完全な実力主義なので楽観視していたが、エステルの料理に感動しているのでこっちも油断できない。
(周囲にエステルは恋人だとアピールしても、めげる奴が誰もいないってどういうことよぉ!!)
リュビは師弟関係を望んだが、この辺りは接点を増やす算段なのだろう。有能な部下が怖い。下剋上とかされないか心配になる。エルヴィスに至っては「愛人(二番目)でもいい」とか言い出す始末。ゲーム設定以上の属性が盛り込まれているのがつらい。
唯一の救いはエステルからの好感度がMaxで、直球すぎる愛情表現のおかげだろうか。正直、曇り一つない純粋な思いが最大の癒しで、他の男たちから独り占めしている現状の優越感は半端ない。
(あ~。本当にエステルが可愛すぎて愛おしすぎて、終始にやけてしまう)
エステルから触れてくることが何気に嬉しくて、甘えているところなんか可愛すぎて困ってしまう。星祭りデートも終始そんな感じで少なからず浮かれていた。
***
エルヴィスとの約束でもある菓子作りも終わり、安堵した矢先。エステルが転移魔法で飛ばされた瞬間、数秒ほどその場から動けなかった。
目の前で彼女が消えた。
たったそれだけのことに自身の魔力が暴走しそうになり、腰かけていたソファや周囲の壁、調度品を一瞬で鋭い爪で切り裂いた。
ここに人がいなくてよかった。
危うく自分の感情を鎮めるために殺すところだったのだから。深呼吸を繰り返し、魔力を抑える。
(ふーっ、あの連れ去り方はエルヴィスね。……今はパーティー中だけれど、何かあった?)
エルヴィスの部屋に転移すると案の定、問題が発生していた。
部屋に移動するなり薔薇の蔓が部屋を覆い、突如侵入した私に向かってきた。軽く蔓を弾き、漣のように襲い来る蔓の束も一蹴する。
「エルヴィス。なに、暴走なんかして」
「……………………」
いつもの澄ました顔の偉丈夫はおらず、部屋の隅っこに蹲る小さな白狐がいた。エステルの姿もない。
真っ白な毛玉を摘み元凶に詰問する。
「おい、勝手に人の女を連れ去って何のつもりだ?」
「……あれは違う。違う……あんな魂は妻じゃない……」
いつになく切羽詰まった声音に眉をひそめた。いつも飄々としているのでここまで取り乱すのは珍しい。よほどのことがあったのだろう。
「……ギルフォード、今回ばかりは是が非でもエステルの協力がいる。緊急事態だ」
「で、私の恋人はどこ?」
「ここに来た段階で気絶していたので、侍女たちに言って、ドレスアップを頼んでいる」
「はああああああああああああ!? どういうつもりだ!」
鷲掴みしていた手に自然と力がこもる。
無理矢理エステルを花嫁にするつもりなら、ここで精霊王と決別することも厭わない。
そう思っていたのだが――少し様子がおかしい。
「我の危機に対して対処できるのはエステルしかいない。……お前たちの言うシナリオテンカイに登場する娘が先ほどパーティー会場の薔薇庭園に現れた」
「娘? ヒロインのこと?」
「そうだ」
「ふーん。(ヒロイン3はリュビの店だし、ヒロイン1は第二王宮の地下迷宮。……となると)」
残るはシリーズ2のヒロイン、ローラ・ミラーしかいない。
ハイヒメル大国の辺境地に住む子爵令嬢は、シナリオ通りなら新設された魔法学院に入学しているころだ。この星祭りの存在を知るのはルートによって異なるが、それでも後一年先だったはず。
(ここでも状況が変わってきているのかもしれない。そもそもシリーズ2に重要キャラとしているはずのエステルがいない時点で当然と言えば当然の帰結か)
「我が城には薔薇庭園があるのだが、あそこで夕方ぐらいからずっと立ったままブツブツ何か唱えているのだ。しかも懐中時計で時間を何度も確認している。妻と瓜二つの娘の奇行、それ以上に中に収まっている魂がまずい。なんだあのドス黒い色は! 発狂しそうだ!」
「あ。なるほど」
すっかり忘れていたがシリーズ2のヒロインの外見は、エルヴィスの前妻にそっくりだった。それもあってシリーズ2のストーリー展開では、ノードリヒト国精霊王に謁見する際にその顔で気に入られる──というシーンがあった。もっともシリーズ2ではエルヴィスは攻略キャラに入っていないので、接点はそこまで多くない。
ちなみにエステルと恋人同士になるといっても思いが通じあったあとで、魔物の襲撃で命を落とす。それもあってシリーズ2ではエルヴィスは人族に対して対応が軟化するという伏線があり、シリーズ3に星祭りのパーティーに向かう途中、敵との戦いで道に迷ったヒロイン3が薔薇庭園でエルヴィスと出会う、というシーンがある。
ここでエステルの死を悼んでいたエルヴィスがアリスと出会うことで、互いに過去の惨劇を繰り返したくないという思いを語り合い、交流を深めていく。
つまりゲームにおいて薔薇庭園というのは大事なイベント発動場所となる。
もしかしたらヒロイン2は、私とエステルと同じ転生者で、《歌姫の終幕の夜が明けるまで》を知っている可能性が高い。
「(私は魔王だから絶対に接触したくないし、となると事情がわかっていて、ゲーム上でも精霊王エルヴィスと関係を持つエステルに白羽の矢が立つのは──理解できなくはない)事情はわかったけど、お前一人でも処理できるだろう」
「我一人であの娘と接点を持ちたくないっ!」
「即答かよ」
「うむ。妻の顔をしてあんな奇行をするなど耐えられん。妻を愛していたのは美しい魂と内面からにじみ出る人柄によるものだ。あんな外見だけ似ているなど冒涜に近い、下手すれば首を折って闇堕ちしそうだ」
「……物騒すぎる」
正直、エステルを表舞台に出したくない。だがヒロイン2が来ているのなら早めに接触しておくべきだ。
そうわかっている。わかっているが──。
「なあ、俺を煽るためにエステルを口説いているんじゃないのだろう」
「もちろん、でなければ側室とは言わない」
エルヴィスから乱暴に手を離し、睨む。
冗談──ではなさそうだ。残念なことに。
「これを機にエステルを口説くな」
「断る」
「断るなよ!」
「チャンスがあるならアプローチはしていく」
「……お前、この危機的状況で条件を出せる立場じゃないってわかっているよな」
「ふむ。しかしエステル自身に振られた訳ではないのだから、その条件は呑めぬ」
「いや、毎回断っていただろう」
「あれはノリというものなのだろう。今後は二人の時にアプローチしていく」
「絶対に二人にさせるか。……まあ、今回の計画は俺が了承したとしても、エステルが断ったらなしだ」
「むろん、エステルには無理強いをするつもりはない。……ところで」
「なんだ?」
「エステルに着て貰うドレスをそろそろ決める必要がある」
「超絶可愛い感じにしないと殺す」
「では、これはどうだ」
そう言うなりエルヴィスは大量のドレスをクローゼットから出して来た。この男、いつのまにエステルのサイズを──と苛立ちが増したものの、せっかく愛しい恋人が着飾るのなら、と本気でクローゼットの中にある数十着のドレスに目を通す。
「うーん、それよりは、これかしら」
お読みいただきありがとうございました(ノ*>∀<)ノ♡
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は21時過ぎに更新予定です。
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