第40話 パーティー成功のために
そんなこんなで楽しいデートから一変して、二日目は精霊王エルヴィス様の依頼に応えるため、朝早くから王宮の調理場で菓子の準備に取り掛かっていた。
白のコックコートに袖を通して、気合十分な格好で臨む。
私のことはエルヴィス──エル様が説明していたので、怪訝そうな顔をされず調理場を使わせてもらうことができた。調理の手伝いとして、ギルとリュビとエル様に紹介された料理人数名。
ちなみにこの料理人たちは、すでに私のプリンを口にしたらしく向けられる視線は期待の眼差しが強い。その熱量に気圧されそうになるが、殺意やら悪意を向けられるよりは数倍いいだろう。
「それで、エステル。何を作るつもりなの?」
「食べやすいプリン、ビターなティラミス、飴細工、甘さ控えめのパイ菓子だよ」
「多くない!? 一品だけでいいんじゃない?」
「んー、そうだけどある程度菓子の種類を分散しておいた方が材料の負担も減るだろうし、好き嫌いもあるでしょう。甘い物が好きじゃないけど美味しいものは食べたい――とか」
「……そうね。食べ物の恨みが怖いのはわかるわ」
もっとも飴細工を途中で追加したのはアリスとの出会いによる産物だ。砂糖の供給ラインを確保できたのも大きい。ここで砂糖の素晴らしさを見せればアリスの修道院に付加価値が付き、支援者も増えるだろう。
目敏い商売人あるいは貴族が出しゃばらないかが不安だが、そのあたりは大手商業ギルドの運営を行っていたリュビに一任していれば大丈夫だと思いたい。
「じゃあ、始めましょう!」
「「「はい!」」」
それからは時間との勝負で、慌ただしくも全員が一丸となって動き回った。一丸となって菓子を作り上げるのは楽しかったし、料理人のファインプレーも相まって私にとって貴重な体験となった。
前世では農業技術の研究者だったので、農家と密着した作物栽培へのアドバイスを行い、交流を深め、時にとれたての野菜でバーベキューをするなどあった。人と人との繋がりが大切で、大好きな仕事だったのをよく覚えている。
実家では搾取要員だった私は周囲の温かさに飢えていたのもあっただろう。そのあたりは転生しても似たようなものだったことに落ち込んだが、そんなのはもう昔の話。
たしかに誰かと何かを作ることや、人と接することが私は好きだ。
けれど──。
それは私の好きな人を危険にしてまで得たいとは思っていないし、ギルと二人でのんびり過ごしたい気持ちの方が強い。そう改めて実感した。
(今日ここでたくさんの人たちと菓子を作る機会があってよかった。これで自分の気持ちに区切りがつけられたもの)
「エステル嬢、菓子や料理という行為に私は深く興味を持ちました。……そこで、是非ともエステル嬢のことを師匠と、呼びたいのですが」
「お断りします」
「そうよ、ダメよ」
私とギルは同時に答えた。いつの間にかギルは私の傍にいて腰に手を回しており、すでにリュビのことを牽制している。しかし知識欲の強い彼はこの程度で引き下がることはなかった。
「それは残念です。では定期的に料理を教えて頂けませんか? 料理の楽しさをもっと知りたいのです」
(定期的になら……いいかな)
「だめーよ。そう言って言質を取って毎日来る気でしょう?」
「そんなことありません。私も多忙ですから、二日に一度ぐらいしか通えないと思います」
「多いわよ! せめて七日に一度」
「四日では」
「だめ、五日」
「……分かりました。五日に一度」
(うん。清々しいほど私の意見は無視ですか、そうですか)
「リュビ殿だけずるいではないですか!? 私もステラ様から料理を習いたいです!」
「私もです!」
「自分も!」
料理を終えて、ボールなどの洗い物をしていた料理人たちが声を上げた。しかしギルは全て却下と申し出を断っていた。いつからギルは私のマネージャーになったのだろう。
(まあ、でも私の場合、押しに弱くて承諾しそうだから有難いかも。それにリュビはギルの部下だから信頼関係はあるだろうし、私の事情も知っているからいいけれど……)
さすがに何度も王宮の料理場に足を踏み入れるのは、あまりいい傾向ではないだろう。それこそエル様の思う壺だ。
菓子を作り終えたあとは各自、休憩と軽食を取ってから追加分を作る予定になっている。もっとも料理人たちのセンスや技術があれば、私抜きでも問題なく作業を進められるだろう。
私とギルは賓客室があてがわれたので、そこで遅い食事と休憩を取ることにした。
調度品や内装を見る限りどれも一級品で、ソファやテーブルを自分が使っていいものかと気後れしそうになる。
しかしギルは自分の部屋のような気軽さで紙袋をテーブルに置き、ソファに座ってくつろぎ始めた。さすが魔王様、尻込みしていた私とは器が違う。
あと足を組んだりする姿も格好いい。好き。
「エステル。この紙袋、テーブルに置いたけど大丈夫だった?」
「あ、うん。……私たちのご飯だから中身を出しても大丈夫だよ」
「ああ、だから料理人たちに見られないように途中でリュビに任せていたのね」
「そう。さすがにお米の量を考えると全員分は難しいし、御菓子だけでもあのテンションだったから、料理の情報を教えたら……」
「そ、そうね……」
ギルも口ごもった。
そう菓子作りをしている間に料理人に質問攻めされたのだが、その圧が凄まじく鬼気迫るものがあった。料理人魂というやつだろう。気持ちは分かるが、毎回あんな感じで質問攻め&師弟関係の熱烈なアプローチは勘弁してほしい。
「そこまで凝ったものは作れなかったけど、鮭と小松菜のおにぎりと、焼きおにぎり、あとは卵焼きを作ったから食べて」
「焼きおにぎり……! ああ、ようやくあの懐かしい味わいが……。本当に最高だわ」
「えへへっ。お腹すくだろうなって思って。それにお米はまだ大量生産は難しいから、リュビにおにぎりを一つ渡したけど……いいよね?」
「(うっ……。リュビが確実に師弟ポジを狙ってきているのは明らか。でもエステルとして他意はないだろうし、あんまり嫉妬心をあらわにするのは……)……ええ、もちろん」
「よかった。あ、汁物は時間がなかったから、お茶を淹れるね!」
そう思ってギルに背を向けたのだが、すぐさま彼に手を引かれて抱き寄せられてしまう。一瞬で彼の膝の上に座らされる構図が完成した。身長差があるのでこの状態はかなり私的にもキュン死しそうなほど萌える展開だ。
(で、でもいきなりは心臓に悪いっ!)
「もう少しだけ私の恋人として、エステルを独り占めさせてくれる?」
額を重ねたギルの整った顔で見つめられた「はいor喜んで!」としかいえない。「うん」と答えて、抱き付いた。
ギルに抱きしめられると安堵する。彼はキスをしたかったようで、少し拗ねていたけれどすぐに機嫌を直した。
たった二日の出張だったけれど、もっと長い期間滞在している気持ちになった。
家でのんびりしていたころがとても懐かしい。あの家とここでは時間の流れが全く違うように感じられた。
「今日のパーティーが終わったら泊まらないで家に帰りたいかも」
「あら、じゃあ今から帰っちゃう?」
「ギル、それはさすがに依頼を受けた身としてはダメでしょう」
「そうかしら?」
ギルは冗談っぽいことを言っていたが、雰囲気からして私が「うん」と言ったら本当に実行するだろう。しかしここまで来た以上、中途半端な形にはしたくない。
それをわかっているからこそギルは私の考えを優先して、できるだけ傍にいてくれている。その気遣いが嬉しい。
「ギル、ご飯食べない?」
「……食べる」
ぐううぐうと自己主張する音に私は口元が綻んだ。名残惜しそうにギルは手を離した。
お茶を淹れようと魔導具のポットに触れた瞬間。
リィン、と涼やかな鐘の音が響いた直後足場の感覚が消え、視界が唐突にブラックアウトした。
お読みいただきありがとうございました(ノ*>∀<)ノ♡
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は19時過ぎに更新予定です。最終章です
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