第38話 ヒロイン(アリス)の視点
私たちの教会は《歌姫神》様を信奉しているけど、神様は何もしてくれない。そんなことを言ったら罰あたりで、年上のシスターたちに窘められるだろう。
それでも私はこの環境に、現状に不満だった。
辺境地の修道院というだけで物資の支給はもちろん、援助する奇特な貴族はいない。だから私たちは自分たちが生きるためになんとか金銭を工面しなければ、冬を越すことができなかった。
毎年、毎年、幼い子から死んでいく。
今年は特に作物があまり実らなかったので、唯一納品できそうなのはキビ草の汁を絞って結晶化させた白砂ぐらいだ。
数年前に発見して、頭を下げて商人に買い取ってもらった物資。それでも銀貨三十枚は結晶化までの労働に見合った対価とはいいがたいが、それでも冬を越すためには必要最低限の金額だ。
毎年のシスター・アンナと一緒に隣国のノードリヒト国で開催される星祭りに合わせて納品物を持っていく──はずだったのだが、アンナは病気を患ってしまい私一人で運ぶことに。
私以外はみな別の仕事や小さな子供たちを見ているので、同行を頼むのは難しい。
一人でも剣と魔法の腕はそこそこあるので、夜盗に襲われたとしても対処できる。不安だったけど、みんなのためにも一人で《水の都》に向かった。
しかし悪いことというのは続くものだ。
長旅がたたったのか袋が破けて納品物をぶちまけてしまった。慌ててなんとかしようとしても、誰も助けてくれなかった。
人通りが少ないわけじゃない。
それでもボロボロのマントに、貧乏そうな娘を助けるような奇特な人は誰もいなかった。
(泣くな。泣くな……っ)
神様なんていない。
誰も助けてくれない。
自分がもっとしっかりしないと──。
そう泣くのを堪えていた時、その方は私の前に現れた。
「手伝うわ!」
「え」
その方はあっという間に袋を繕ってくれた。しかも自分の上着を使って。最初は何が起こったのか分からなかった。一生懸命、何とかしようとしている姿に──また泣きそうになった。
身なりからして貴族令嬢だろうか。
高そうな服に、綺麗な身なり。その姿に沸々と怒りがこみ上げてきた。
(生まれが違うだけでどうして、苦労もなにもせずに安穏な日々を送って! 理不尽だ!)
八つ当たりに近い感情だった。
けれど彼女の指先を見て、ハッとした。その両手は赤切れこそしていなかったが、農作業をする働き者の手だった。
まじまじと見ていたが、そういえばお礼を言っていなかったと思い慌てて言葉を掛ける。
「あ、ありがとうございます!」
「困ったらお互い様よ」
そう気軽に、まるで友人のように声をかけてくれた。
彼女は身分など気にしないのだろうか。「卑しい平民」とか「みすぼらしい修道院の女」などの罵詈雑言を浴びせる様子はない。
「この白砂はどこかに納品するつもりだったの?」
「あ。はい……。冬を越すために、キビ草を収穫してこの国の商人に買ってもらいます。でも、これじゃあ、買い取ってもらえるかちょっとあやしいですが」
愚痴を思わず口にしてしまい、しまったと思った。
せっかく助けてくださったのに、これでは失礼ではないかと──。けど彼女は大して気にしていないようで、困っている私に親身になってくれた。
こんな素晴らしい人徳者がいるだろうか。
やたら防御魔法関係の魔導具を装備しているのを見る限り、ただの貴族令嬢とも違う。緋色の長い髪に、宝石のように美しいエメラルドの瞳。一体何者なのだろう。
「商人を変えてみるのはどうです? 別に納品契約を結んでいないのでしょう?」
「え、ノウヒン? ケイヤク?」
「書面での取引はしている? それとも口約束だけ?」
「ええっと、書面ではないと思います。私、字の読み書きはできないので」
素直に口にしてしまったが、馬鹿にされないか冷や冷やした。
そんなこともできないで商品を売っているのか、と怒られるんじゃないかと身構えたのだが、彼女は真摯に話を聞いて打開策を提案する。
「じゃあ、そのキビ草は毎年決まった商人を見つけて、買い取ってもらっているってこと?」
「はい。星祭りでは色んな商人がくるので、珍しいものを買ってくださるのです。この砂もこの袋いっぱいで銀貨三十枚も支払ってくださるんですよ!」
「銀貨……三十枚」
「はい」
驚きつつも神妙な顔で考えごとをする姿は、私のことを心配している風だった。
なぜ見ず知らずの人間に対してこんなによくしてくれるのだろう。
「ここで会ったのも何かの縁だから、私が飛び切り腕のいい商人を紹介してあげる。この状態でも適正価格で買ってくれるから銀貨三十枚以上になることを保証するわ」
「ほ、本当ですか!」
「ええ」
「ありがとうございます! あ、申し遅れました。私はハイヒメル大国辺境地修道院出身のアリスです」
「そう。私は旅をしている者で、ステラっていうわ」
この瞬間、私は彼女がとても尊き存在なのだろうと思った。確信まではいかなくても、彼女は困った人がほっとけない優しい人なのだと。
そしてリュビと呼ばれる腕利きの商人と、ギルと呼ばれる偉丈夫と対面してわかった。
ステラ、彼女はこの世界に降り立った女神様なのだ。というのもステラとは私たちの国で『輝かしい星』という意味を持つ。彼女はこの《星祭り》にお姿をお見せになった女神に違いない。
味わったことのない極上の料理に、豊富な知識。
精霊王に祝福された加護を持ち、なにより様々な種族に偏見をもたない崇高な精神に慈悲深さ。
彼女がただの人間な訳がない。おそらく女神として人間界の貧困に嘆き、姿をお見せになられたのだろう。
そう考えれば私への慈悲や、今後の修道院への援助も納得できる。
神様なんていないと思っていたけれど、そんなことはなかったのだ。
いかに女神とはいえ人間界に降りた以上、肉体は人間と変わらないのだろう。だからこそ貴重な魔導具を装備し、傍にいる魔族が恭しくも愛おしそうにステラ様に接している。
お二人は仲睦まじく、見ているだけでため息が出る。
羨ましい。
私もその柔らかな肌に触れた──いやいや。なんて恐れ多い。
せめて友人として今後も交流ができないだろうか。
いつかこの方への恩返しができないか。
私の目標が新しく定まった瞬間でもあった。
お読みいただきありがとうございました(ノ*>∀<)ノ♡
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は21時過ぎに更新予定です。
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