第37話 ヒロイン陥落
「この味は……単純ではなくいくつもの味が見事に調和し、味に深みがあり口の中で溶けていく際に感じる旨味……。どれも初めての感覚です。じつに、じつに興味深い。料理と呼べるものがここまで魔力の質、味、量を爆発的に上げてしまうとは……」
エル様とは違うもののリュビの反応は芝居がかっており、人によってこうも感動的な反応が違うのは興味深かった。
「リュビって、そう言えば好奇心の塊だったっけ」
「ええ……。珍しい物や興味を持ったものに対しての探究心は魔族の中でもピカイチよ。だから人間社会で商売をしているの。(……エステルは気づいてないようだけれど、確実に《料理》に対してリュビが興味を持ったわね。それに偶然とはいえ、魔族にとって料理を食べさせる行為は求愛で──少なくとも受け入れたリュビはエステルのことを異性として見ているわね。くっ、思わぬ伏兵が隠れていたなんて……)」
「ギル、はい。チーズとベーコン入りの特別バージョン」
「あら、美味しそう。ん」
ギルに食べさせるとすごく嬉しそうに食べてくれる。これはもしかすると恋人特権・必殺「はい、あーん」の効果だろうか。これでまた一つ、機嫌が悪くなった時の対処法が増えたのは喜ばしいことだ。
「ん~、エステルの料理はどれを食べても美味しいわ」
「えへへ。エル様の加護とギルの傍にずっといたからか、植物創造魔法が使えるようになったおかげかも」
「そうね……まさか私も醤油実を出発点に菌類のキノコ類を生成するとは予想してなかったわ」
「あはは……。その辺はエル様の加護で緑の貴婦人の協力があったからかな。まあ、今はもう植物だけに限らず私の想像さえしっかりできれば、チーズやベーコンもチーズの木とかできるのよね」
「エルヴィスの加護なのが気に入らないけど、すごいわ! さすが私のエステル」
「あ、でもまだ本物の味に比べれば──」
「え、エステル様? ステラ様ではなく?」
唐突な声に私とギルはドキリとした。
声の方に振り向くと──アリスが驚いた顔をしてこちらを窺っている。
シャワーを浴びたことで小綺麗になったアリスはとても美人だった。それこそヒロインにふさわしい綺麗な顔立ちに、ピンク色が特徴の髪、白と水色のワンピースがよく似合っている。
猫のような大きな琥珀色の瞳は私たちの本来の姿を正確に捉えているようだった。
認識阻害の魔導具は私たちの姿は勿論、声や名前も隠蔽され、私に向けられる「エステル」という名も自動的に「ステラ」に変換される仕様だ。しかし眼前のアリスには効果がないのか、困惑の表情で私とギルを交互に見ている。
「え、あ」
認識阻害がかかっていないのなら、ギルが魔族というのがバレてしまう。なにより魔王であるギルに敵意を向けてほしくない。そう思ったから私はとっさにギルの腕に引っ付いた。
「あー、えっと彼は私のとっても大事な人で、恋人で、ええっと将来を約束している──そう、旦那様なの!」
「(この子はまた唐突に! ……でも、旦那様、存外悪くない響きだわ)ええ、そうなの」
「旦那様……です、か」
アリスは目を見開き、数秒ほど固まっていた。
何の説明にもなってないと思ったがもう遅い。舌の根も乾かぬうちに自分で軽率な行動をとってしまったと、後悔でいっぱいだった。
笑顔を引きつらせながら、彼女がどう受け取るのか死刑囚のような面持ちで待った。しかし私の予想外とは違って、アリスは口元が綻んだ。
「なるほど。そういうことですか!」
「え」
「私は魔導具や魔法などの効果を無効化する特殊能力を持っているので、なぜステラと名乗ったのか疑問だったのです!」
(ヒロインも中々のチートをお持ちじゃないですか! 魔法効果無効化ってある意味最強じゃん!)
「(ゲーム設定で分かっていたことだけれど、本当に厄介な能力ね。やっぱり殺しておいた方がいいかしら?)……そう。それで何の疑問が解けたのかしら?」
ギルは天気の話をするような気軽さでアリスに声を掛けた。彼女はギルが魔族だとわかっても嫌悪感を抱くことなく言葉を続けた。
「はい! ステラ様は身分を隠されている──いと尊き御方なのでしょう」
(ん?)
「精霊王様の加護もあるようですし、何より何もない私や修道院に対して慈悲深いご配慮。食べたことのない食事を振舞われる寛大さ! 誰も助けてくださらない私に手を差し伸べてくださった貴女様は、間違いなく女神様です。今から私は《歌姫神》ではなく、ステラ様信者になります!」
(え、ええええええええええええ!?)
このヒロイン、信仰心が篤いのか私を遠い存在の神様へと昇華させるという、とんでも思考の持ち主だった。なんだろう曇りない眼差しが眩しすぎる。
しかも私にとても都合のいい解釈! しかしこのまま肯定してしまっていいものだろうか。悩む。
「いや、ええっと……」
「傍におられるかたを見てもお二人がただ者ではないのは丸わかりですし、なにより相思相愛なのは一目瞭然。仲睦まじい姿は眼福です!」
「え、本当? えへへ」
ギルとお似合いだと思われるとお世辞だったとしても嬉しいものだ。思わず口元が綻ぶ。「可愛い」とギルは私の腰に手を回して抱き寄せた。ここまではいつものギルなのだが、なぜかアリスまで「なんて可愛らしい笑顔。あの笑顔、守りたい」と呟いていた。
それに対してリュビも「分かります」と頷いているし、エドモンドは食事に夢中だし、店のスタッフは生温かい視線を向けて食事を堪能している。
なんだろう。
私悪役令嬢で、ぼっちで、誰も味方がいないまま死ぬはずだったのに──。
こんな風にたくさんの人とご飯を食べて、好かれて。
胸が温かい気持ちになる。
(それもこれもギルのおかげなんだよな)
改めて今の私は奇跡の上に存在しているのだと実感させられた。
お読みいただきありがとうございました( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は19時過ぎに更新予定です。次回はヒロインの視点です
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