第35話 交渉と反省
「本当にエ──ステラ様には驚かされてばかりです」
「そう? それでリュビから見て、この袋いっぱいの価値はいくらぐらい?」
リュビは目を細め、顎に手を置いた。これは彼が値踏みをするときにする癖のようなもので、ゲームのときは子供っぽい感じで可愛かったが、今はなんというか凛々しい。何より絵になる。もちろん、最高なのはギルだけれど!
「あ、あの銀貨三十枚以上になるのでしょうか……」
「んー、そうですね……。莫大な金額をお支払いしてもよいですが、それでは根本的な解決にはならないでしょうし、孤児院が別の者たちのカモになりかねません」
「え」
(あ、まあ、そうね。大金だけ渡しても一時的な解決にしかならないかも)
「これは提案なのですが、今後のことも考えて我が商会ギルドが後ろ盾となり、白砂の買取も正式な書面による契約をすることでアリス様たち修道院の生活環境を支援するという形ではどうでしょうか」
「え、いいのですか!」
驚愕の声を上げるアリスに、リュビは商人としてにこやかな笑みを返す。もっとも子供だけで話を進めるのはまずいということで、ひとまず手付金という形で当面の生活費分金貨五枚を渡し、修道院までの護衛、宿も手配すると話を付けてくれた。
所要時間としては三十分ぐらいだっただろうか。最後までアリスは私に何度もお礼を言って頭を下げてくれた。いや私はリュビを紹介しただけなので、殆ど彼の手柄なのだが。
ひとまずアリスの身なりがアレなので、リュビが早々にスタッフ用のシャワー室に案内していた。服も新調しているとか。お客様対応も完璧だ。
(これでリュビとヒロインとの接点ができたし、今後の動向が分かるから手元に置く感じにしておいてよかったのかも? 結果オーライ的な?)
「本当にありとあらゆる方の運命を捻じ曲げるお方だ」
「え?」
「いえなんでも。それよりもギルフォード様が首を長くして隣の部屋でお待ちですので、向かった方がよいのでは?」
「ギル! うん、そうする。リュビ、色々とありがとう」
「いえ。……本当に、お傍にいて退屈しないお方だ。我が主や私が惹かれるのも無理はない──のでしょうね」
後ろでリュビが何か言っていたが、独りごとのようだったので気にせずに退出。それから急いで隣の部屋に向かった。
「ギル!」
扉を開いた瞬間、ギルはソファから立ち上がって私に抱き付いた。私とギルは結構身長差があるのだが、ギルは私の肩に顔を埋めて完全にホールドしている。長い髪がくすぐったいが、ギルの温もりとハーブの香りに心臓がドキドキと煩い。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~もう、エステル! 心配したのよ!」
「ごめん」
「本当に、慎重に行動するように言ったのにぃいいいい」
「本当にごめん」
ギルの指先は震えていて体も冷えている。ずっと気が気じゃなかったのだろう。また心配をかけてしまったと胸が痛んだ。
「ごめんなさい……。ギル」
「はああああああああああああ……もう。心臓に悪い。……でも放っておけなかったのでしょう」
「うん。……周りに人がいたのに、誰も彼女を助けようとしなかった。もし誰かが助けようとしていたのなら、関わらなかったと思う」
「エステルは優しすぎる。……でも、そういう甘くて優しくて行動に移せる貴女だから、私は惚れたのよね」
それは初耳だ。そういえば私の何処に惚れたとか、このあたりの話を聞いてなかったような気がする。
「そうなの?」
「そうよ。……私もエステルにシリーズ2と3のキャラや、シナリオの流れをざっくりとしか話してなかったのもあるわ」
「やっぱり……アリスを助けることでギルに不利益が起こる可能性が高いの?」
自分の軽率な言動でギルの将来を閉ざしたかもしれない、と改めて思ったら血の気が引いた。何とかなるかもしれないと考えた浅はかな自分の言動が許せない。下唇を噛みしめ強く、強く後悔した。
「エステル、ごめんなさい。私の言い方が悪かったわ。唇を噛むのをやめて、ね」
「で、でも……」
「不用意に接触する必要はなかったけど、エステルの機転でヒロインと友好関係を築けたのは大きいわ。(それに恩を売ったのも良かった)」
ギルは私にシリーズ3の話をすべく、私の手を引いてソファに促す。
店のスタッフに飲み物を頼んだ──と、ここまではいいのだが、なぜか私はギルの膝の上に座っている。というか隣に座ろうと試みるが、許されなかった。
「駄目。今はエステル成分を補充中なの」
「ギル、真面目なお話をするんじゃないの?」
「このままでも十分できるわ」
ギルは私を離さないので彼の身体に身を寄せて委ねると、ギルは少しだけ安心したのか口元が綻んだ。
「ヒロインを見て分かったと思うけど、彼女の修道院はハイヒメル大国の辺境にあり貧しいわ。シリーズ3の舞台になる辺境地は今から二年後に瘴気が噴き出したことで魔物が大量発生し、修道院が襲撃される。生き残るのはヒロインだけで、彼女は魔族や魔物を憎み魔法の力を覚醒──」
「ええ、ちょ、ちょっと待って」
情報量が多すぎて私はギルの口に手を当てて止めた。慌てぶりが面白かったのか手でふさいだのに、その手のひらにキスをしてきた。「ん、どうしたの?」と悪戯っぽい仕草にズキュン、と心臓が撃ち抜かれた。
「~っ、ギル。真面目な話をしているのに……」
「ふふ、ごめんなさい」
こういう時のギルは本当にずるい。でも、少し心に余裕が出てきたのがわかってホッとしてもいる。
「えっと、シリーズ2の舞台は王都から辺境地に移って、3は辺境地でもかなり国境付近なんだよね」
「ええ、そうよ。辺境地では瘴気による魔物の出現が増え、小さな村や集落は襲われてしまう。瘴気によって魔族が暴走したという原因があったとしても、事情を知らない人たちから見れば魔物と変わらない脅威、あるいは敵だと認識するでしょうね。それによって人と魔族の溝が深まる」
想像していたよりも3の世界観は、凄惨かつ過激なようだ。というかヒロインが不憫すぎる。家族同然だった修道院が全滅って……。
「そんな訳で元々、辺境地の発生する瘴気には注意を払っていたのだけれど、今回のエステルの行動でヒロインとの接点ができたことや、後ろ盾として物質の援助なら瘴気の発生具合の点検もしやすくなったわ。結果的には最大限の功績をあげたの。(これで二年後に迫る魔物大量発生に対して数手先の手を打てる。本当にエステルは──私の恋人はすごいわ)」
「……本当に?」
「ええ。本当に結果的にだけど!」
そうこれは結果論だ。だからこそ諸手をあげて喜ぶことはできない。自分の軽率な言動に深く反省、いや猛省すべきだろう。
「うう……。でも、これでギルの危機は去る? ヒロインはギルに惚れない?」
「え」
今度はギルが固まった。私の言葉が理解できていないのか何度か瞬きを繰り返す。ちょっとかわいい。
「ギル恰好いいでしょう。ヒロインはその攻略キャラに対して好感持ちやすいし、ラスボスだって、その効果が発揮するかもしれないじゃない」
「ぶっ、ふふふはははははっ」
唐突に噴き出すギルに、自分で口にした言葉──嫉妬心を自覚して恥ずかしくなった。独占欲やら束縛しすぎと笑われるだろうか。
「あの状態で私のことも考えてくれていたの?」
「そうだけど!」
「あー、もう……。(これ以上私を惚れさせてどうしたいのかしら、この子は! あとたぶんヒロインの筋書きもこれで変わったわね、うん)」
ギルは私に密着して心音が跳ね上がった。しかもお茶を持ってきてくれたスタッフがいるのにも関わらず、だ。恥ずかしすぎて死にそう。というかスタッフがにこやかなまま普段通りに接しているのがつらい。
もっともギルの機嫌が途端によくなったので、結果的にオーライなのだろうか。
「ぎ、ギル」
「なに?」
「デートの続き、しない? ……お揃いのものとか買いたいし」
必殺上目遣い。
あざといと言われてもいいので、ギルが上機嫌な気持ちのままデートをしようと思って提案してみた。しかし「お揃いのもの」が彼にとってテンション爆上がりのスイッチだったのか、キスの雨が降り落ちて大変だった。
この一件で、私はぽろっと発言に気を付けることと、軽率な行動をしない、と胸に刻んだのだった。
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最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は22時過ぎに更新予定です。
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