第34話 ヒロインの登場
シリーズ3のヒロイン。3が舞台になるのは今から五年後、つまりそれよりも前に接触すべきじゃないとギルは判断したのだろう。その気持ちは分かる。
シリーズ3のヒロインは魔王を倒す役割を担っている。
自分の天敵になりえる存在。
ギルの反応は正しくて、理解できる。でも女の子が泣きそうになりながら、袋の中身を何とかしようとしている姿を見て見ぬふりすることが──どうしてもできなかった。
周囲に人が歩いているのに、誰も彼女を助けようとしない。
怒鳴っていた貴族風の夫婦の姿もない。誰もが少女を避けて歩いていた。
誰も関わろうとしない。
その姿にかつての自分が重なった。
それはたぶん、私が孤立させられ、誰も助けてくれなかった頃の苦い過去があったからだと思う。自分と同じように辛い目にあうのを見て見ぬふりしたくない。
「……エステル、行ってあげて」
私の心を読んだのか顔を上げると、ギルは目を細めて私の背中を押してくれた。
「ギル。……ありがとう!」
「(本当は私も一緒に行くべきなのだろうけど……。ヒロインの能力は魔王と同じ規格外の可能性が高い。ここで下手を打って敵認定されるのだけは――避けなきゃだめ。ああ、またエステルだけを向かわせてしまうなんて……)エステル、無理はダメよ」
「うん!」
私は一人で何とかしようとしている少女の傍に駆け寄った。
「手伝うわ!」
「え」
袋の継ぎ接ぎはかなり雑なもので、元々荷物の重さに耐えきれなかったのだろう。すぐに携帯用に持ってきた刺繍セットを取り出して継ぎ接ぎの布を縫い付ける。糸も切れやすい物では、耐久性はどうしても低くなってしまうのはしょうがない。ささっと縫って破けてどうしても布が足りないのは、私の上着を使って簡素だが丈夫な袋になった。
「あ、ありがとうございます!」
「困ったらお互い様よ」
泣きそうになっていた少女をよく見ると、ボロボロのローブの下は紺色の修道服だ。それもサイズが合っていないし、かなり年季が入っている。腰に帯剣しているのが見えたが、それもかなり古い。
ヒロイン3の物語が始まるのは五年後だが、この世界で普通に生きている一人の女の子だ。そして現在、あまりいい環境にいるとは思えない。
ギルは──オロオロしつつも、一定の距離を保ちつつ私を心配してくれている。隠れていていいのに。
「この白砂はどこかに納品するつもりだったの?」
「あ。はい……。冬を越すため、キビ草を収穫してこの国の商人に買ってもらいます。でも、これじゃあ買い取ってもらえるかちょっとあやしいですが」
(キビ草? さっき袋からした甘い香り。もしかしなくてもサトウキビみたいなものなんじゃ)
ちょっと石畳に残っていた砂粒を口に含んでみてわかったが、間違いなく砂糖だ。この世界に砂糖を作る技術があったということは、そこまで驚きはしなかった。というのも、この世界で美食家は少数だが存在する。
それが広まっていないのは独占している王侯貴族がいるからだ。その場合、納品している平民あるいは農民たちは、納品の価値を知らずに二束三文で買い叩かれていることにも気づいていないのだろう。
知らなければ良いように利用されて、搾取され続ける。この世界ではよくあることだ。
「商人を変えてみるのはどうです? 別に納品契約を結んでいないのでしょう?」
「え、ノウヒン? ケイヤク?」
少女は困った顔で言葉を繰り返す。これは思っていた以上にボッタクリの被害にあっている気がする。
「書面での取引はしている? それとも口約束だけ?」
「ええっと、書面はないと思います。私、字の読み書きはできないので」
忘れていたがこの世界で文字の読み書きができるのは裕福な平民、商人、そして貴族たちだ。修道院なら教会からの援助で読み書きを教わるものだが、恐らく彼女の暮らしている孤児院の経営はうまく回っていないのだろう。
「じゃあ、そのキビ草は毎年決まった商人を見つけて、買い取ってもらっているってこと?」
「はい。星祭りでは色んな商人がくるので、珍しいものを買ってくださるのです。この砂もこの袋いっぱいで銀貨三十枚も支払ってくださるんですよ!」
「銀貨……三十枚」
「はい」
私が驚いていると思っているのか彼女は屈託なく笑った。いや呆れているのだけれど。この袋一つで銀貨三十枚の数十倍の利益を生むというのを知っているのだろうか。
というかキビ草から白砂にするまで手間賃を考えるともっと貰ってもいいはずだ。刈り取ったキビ草(おそらくは茎)を収穫し、汁をしぼってろ過させ、煮詰めて濃縮、結晶化させた後も不純物が残る。今は砂糖一つ前段階、原料糖だとしても価値はかなり高い。
魔法の巻物や魔導具があれば時間短縮できるが人海戦術でやるなら結構マンパワーが必要となる。
「ここで会ったのも何かの縁だから、私が飛び切り腕のいい商人を紹介してあげる。この状態でも適正価格で買ってくれるから銀貨三十枚以上になることを保証するわ」
「ほ、本当ですか!」
「ええ」
「ありがとうございます! あ、申し遅れました。私はハイヒメル大国辺境地修道院出身のアリスです」
「そう。私は旅をしている者で、ステラっていうわ」
とっさに偽名を使って挨拶を交わした。アリスは疑うことなく真っ直ぐに私を見つめ返す。
「ステラさん、この恩は忘れません!」
「お礼なんていいから。それより、いつか私が困っていたら助けてね」
「はい!」
(いい子だ。シリーズ1のヒロインとは違うんだろうな)
それから二人で大きな袋を持って、リュビの店に向かって歩き出す。
ヒロインなら本来は攻略キャラに好かれるような人物なはずだ。よく考えれば婚約者がいる相手に対して略奪する子の性格がいいとは言えないだろう。グリフィン殿下を選んだ時点でヒロインの性格はアレだったのだ。でも今私の隣に居る子は──たぶん、違う。
そう思いたかった。
(どうかギルのことを敵視しないで。そしてギルに惚れないで!)
恩を着せてしまおう大作戦。
今まで攻略キャラに対しては失敗してきたものの、関わってしまった以上少しでも好印象を残すことに徹することにした。というのは建前で、実際は自分の知る範囲で理不尽がまかり通るのが嫌だからだ。
私の時はギルがいたから乗り越えることができたけど、それは本当に幸運なことで当たり前なんかじゃない。だから気付いたらお節介を焼いてしまう。
ギルには目配せで伝えると頷いていたので──とりあえずは大丈夫なはず。あとで勝手したことを謝らないと。
(ギルの敵になる可能性のあるヒロインと関わらなかった方がいいかな? ううん、あそこで助けに行かなかったら、私はきっと自分を許せなかったと思う)
リュビの店に着くまで自分の行動は正しかったと思う反面、軽率な行動だったのでは──と激しく落ち込んだ。
超一流の店構えにアリスは挙動不審だったが、店のスタッフの丁寧な対応にホッとした様子だった。
ギルから伝わっているのか、私たちはすぐさま個室に通された。
アリスは周囲を見渡しながら私の袖を掴んで離さない。その仕草が警戒心Maxの野兎のようで、ちょっとかわいいと思ってしまった。
ギルと一緒に通された部屋とは異なるが、それでも十分すぎるほど広い四人掛けのソファのある部屋に通された。
それから袋の中身を含めた事情をリュビに語った。
お読みいただきありがとうございました(๑¯ω¯๑)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は19時過ぎに更新予定です。
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