第33話 星祭りデート
私とギルは店を出た後、中央広場にある噴水に向かった。星祭りの期間のみ開催される《願い紙》というイベントがある。これは水に溶けやすい紙に願いを書いて、一分以上紙が水の中に沈まなければ願いが叶うというものだ。
前世では神社仏閣で似たようなものがあり、私はこれに参加したかった。
「エステルはなんて書いたの? (私のことだったら嬉しいのだけれど……)」
「ギルの死亡フラグ回避!」
「(私のことだけれど、恋愛要素皆無!)うん、まあ、大事。敢えて日本語で書いたのね。しかも達筆」
「ギルはなんて書いたの?」
「エステルとの結婚。(切実に)」
「け、結婚!?」
つい最近恋人になったばかりなのに、段階を二、三段飛び越えている気がした。もっとも付き合う前からルームシェアをしていたので、結婚イコール結婚式を想像して顔が熱くなった。
(ギルのタキシードは絶対にかっこいい!)
「結婚して二人で美味しいものを食べて、悠々自適なのんびりライフを堪能するの〜」
「ギル、ギル。その生活二ヶ月以上前からしてると思う」
「…………そうね。でも恋人として同棲開始は数日も経っていないでしょう」
ギルはわざと私の頬にキスを落とした。周囲の視線を感じて頬に熱が帯びる。認識阻害の魔道具を装備しているので、私やギルの姿は別人に見えているのだが、これはこれで恥ずかしい。
「ギル!」
「ふふっ、前よりも私を男と意識してくれている。私的にはそれが目に見えてわかるからとっても嬉しいのよ〜」
「? 今のギルと会ってから異性としてずっと意識しているけど」
「嘘!?」
「ほんと! ハグとかキスとか、何度心臓に穴が空いたことか!」
「いや、心臓に穴が空いたら人間は死ぬからね。(発想が物騒すぎる。でもそれはそれで可愛い)」
ギルは前よりも笑みが深くなった気がする。難しい顔をすることもあるけれど、笑顔の方がずっとずっと増えた。
その顔を見ているのが好きだ。
頬に触れるのも、キスをするのも、抱きしめるのも……。
一緒にいるだけで幸福だと思わせてくれる。二人同時に噴水の水面に紙をそっと置いた。どちらに紙も一分以上水面に浮かび、そして同じくらいに水の中に溶けていった。
二人でそれを見終えた後、どちらともなく手を繋いだ。改めて繋いだギルの手はとても大きくて固くて、黒いマニキュアを付けているけど男の人なのだと実感する。
「じゃあ、次は服屋に行きましょう」
「次は露店巡り!」
「「……………」」
意見が割れた瞬間、数秒だけ沈黙が落ちた。
どちらともなくもう片方の開いた手を出し――。
「ジャンケン」
「ポン」
勝者ギル。
ジャンケンで負けた私はギルの強い希望で、可愛い服屋に入店。
よく見ると一軒家のクローゼットにあらかじめ入っていた服と同じメーカーのものだ。
(そっか。ギルは創造魔法で家具とか日用品は作れるけど、料理や服飾関係は作れない。必要な衣服はここで買っていたのね)
もっともギルの普段着は私が元のシックな衣装をオシャレかつ可愛い感じに仕立て直している。フリルを付けて、袖口にアレンジを加えたりなどしているが、私の物は既製品で、可愛いデザインが多い。
店に並んである衣服は、季節物から流行まで様々だった。そのどれもが私とギルの趣味にぴったりの可愛い系だ。
「か、可愛い」
「でしょうでしょう。好きなだけ買うから色々着替えてみて(ふふふ、ようやくエステルのファッションショータイムを楽しめるわ。何着ても似合うから、楽しみだわ!)」
「う、うん?」
言われるがままいろんな服を試着した。季節物は時期が来た時に改めて買おうと思ったが、季節の変わり目にすぐに買いに行けない可能性もあるとギルに言われて納得してしまった。
「白のブラウスにカーキ色のスカートもいいわね。ああ、でも花柄のブラウスもいいわ〜。あ、でもさっきの英国風ハイネックのリボンブラウスに、ジャンパースカートの腰回りがキュッとしていて可愛いわ」
「でも私日中は畑仕事や料理で動き回るから、スカートはいいけど、上衣はもっとシンプルな方が」
「これでも控えめだと思うけど? できるのならもっとこう華やかな──」
「それ完全にドレス! パーティー用だよね!?」
ギルは明らかに社交界のパーティー会場に来ていくドレスを指差しながら「着てみて」とせがんでくる。
「表舞台に立たせたくないって言ってなかった?」
「言ったけれど家でホームパーティや着飾っているエステルを見ているのは、私も嬉しいわ。目の保養にもなるし」
「ホームパーティ! それは楽しそうだけどそれならドレスは一着ぐらいで」
「ダメよ。使い回しするにしても三着は用意しましょう。(というか私だけが見たい……!)」
あれよあれよとドレスまで試着させられてしまう。
ビスチェ風のジャンパースカートは膝下までのショートに、黒のレースのストッキング、首周りに黒のアクセサリーの露出が高いものなどまで試着する。
(まさかのフルコーディネート!?)
白のドレスワンピースなどは、どう考えてもウェディングドレスのようなAラインドレスでフリルやレースがふんだんに使われている。真珠のネックレスやイヤリングなどつけてもらい、髪型も少し結ってもらっている。
「んんーーーーもう、可愛すぎる。ああ、待ち受けにしたい」
「ギル、お、落ち着いて」
「あー、私の天使だって見せつけたい――でも、私だけのものにしておきたい!」
(なんかすごい葛藤している……。大人のギルはどこへ……。まあ、このギルもすごく好きだけど!)
頬擦りするギルの興奮度に困惑しつつも、「綺麗」とか「似合っている」などの褒め言葉に頬が緩んでしまう。
私の試着がようやく終わった頃、ギルの服選びに切り替わると思ったのだが、ギルは試着せずにシンプルな服を数着購入して話をまとめていた。
「(ギルの服選びしたい!)ギルは試着しないの?」
「ええ。ここには何度か来ているし、男物の着替えなんてエステルも退屈でしょう?」
「そんなことない。ギルの男物の服装はきっとカッコいいと思うし、いろんなギルを見たい! (できるのなら録画か写真に収めたい!)」
「そう言われると照れるわね。でも私はエステルが仕立ててくれた時にしているでしょう? それにせっかくの初デートなのだから、一緒に歩き回りたいわ。(まあ、着替えている時は認識阻害による変動が起こりやすいから、人族ならまだしも魔族は面倒になりかねないし)」
「初デート……! そっか、うん。色々回りたいものね。って、そう考えるのなら私の着替えとかで結構時間使っちゃったよね?」
ギルに勧められるまま色々着替えて、プチファッションショーのテンションで浮かれていた自分を恥じた。しかしギルはそんな私に対して首を横に振る。
「そんなことないわ。いつも私ばかり服を新調してくれているでしょう。だから今日はエステルの色んな服を見たかったの。特にドレスアップした姿は本当に楽しみにしていたんだから」
「その返しは……なんかずるい」
いつも服を作ってくれるお返しと言われ、結構な数の服を購入。ギルは支払いを現金ではなく小切手でしているのを見て、元魔王の経済状況ってどうなっているのだろうとちょっと怖くなった。常に数手先を見据えているギルの場合、今後のことも考えて軍資金なども相当な額を溜めているだろう。
まさに知略、魔力量、財力、人脈に置いてチートの一言である。そんな人と私は釣り合っているのか少しだけ不安になるが、「惚れちゃったんだからしょうがない!」と開き直ることにした。
服屋を出た後は私の希望だった露店巡りだ。掘り出し物があるかもしれないし、ギルと歩き回るだけで世界が輝いて見える。
人混みも多くなり、手を繋いでギルと歩く。歩幅を合わせてくれる彼の気遣いに幸せを噛みしめていた。
そんな暢気かつ、絶賛浮かれていたそんなときだった。
「うわっ」
「きゃっ」
突然裏路地から飛び出して来た少年が、貴族風の夫婦にぶつかった場面に遭遇した。貴婦人は咄嗟に避けたのでたいしたことはなさそうだったが、大きな荷物を抱えていた少年は地面に倒れ込んでしまった。
「痛っ」と起き上がる少年はベリーショートの桃色の髪に、琥珀色の双眸、童顔で幼い──少年? と目が合った。
(アーモンドのように大きな瞳に、愛らしい声。もしかして女の子?)
「ぶつかってきて謝罪もないのか!」
罵倒と共に貴族風の男は少年(少女?)の持っていた袋を蹴り飛ばした。当たり所が悪かったのか、袋が破けて大量の白い粒が地面に広がってしまう。
「ああ!」と悲鳴が上がった。よく見れば少年(少女?)の担いでいた袋はすでにボロボロで倒れた時に布で縫い合わせていた部分が耐えきれなかったのだろう。
白い砂粒は地面に広がり、僅かに甘い香りが周囲に漂う。
(これって砂糖? ……ううん、それよりも)
少年(少女?)の手伝いをしようと歩き出そうとした瞬間、ギルが引き留めた。掴んでいた指先が少し震えている。
「ギル?」
「駄目よ。このまま素通りするわよ」
「え?」
ギルの顔は強張っており、額に汗がにじみ出ていた。
いつになく余裕のない声音にただごとではないと察した。もしかして──《ウタアケ》の登場人物だろうか。
「アレはシリーズ3のヒロイン、アリスよ」
「え」
「(まずいわね。アレは今、ハイヒメル大国辺境地の修道院に居たはず。どうしてここに?)……行きましょう」
(ちょ、ギル?)
お読みいただきありがとうございました(ノ*>∀<)ノ♡
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は明日8時過ぎに更新予定です。
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