第32話 星祭り
ノードリヒト国の首都は水に囲まれた街で、移動などは主に水路のゴンドラを使うか、空路、あるいは陸路などがある。《水の都》と呼ばれるだけあって、水路の壁は定期的に整備されており、水路もかなり広い。街並みは白い壁に青の瓦で統一されて、水場の草花や苔が目立つ。観光名所でもあり、中央広場の石畳には様々な露店が出ている。
私とギル、そしてエドモンドの三人は家からゴンドラで《水の都》に入った。ゴンドラで舟を漕ぐギルの姿は傍から見ても様になっているし、何より絵になる。
今日の服装は気合を入れて作ったのだ。白の英国風フレンチレトロで、絞られた袖口から花びらを重ねたようにフレアに広がった造りをしており、ボタンは薔薇模様を採用。上質な布で作ったので着心地重視、ズボンは上下のジャケットと同じネイビー色でスラックスタイプ。いつもお姉系の服装よりは男性用に近いが、ポイント的にお洒落な部分は入れている。長い黒髪も三つ編みで編み込んでまとめており、髪紐は私の瞳の色の深緑を選んだ。
(撮影機器とか用意しておけばよかったぁああ! こんなカッコイイ人と、こ、恋人なんだよな……。私の運全部使い込んだんじゃないかな)
「(ああ……。エステルの服装が今日も可愛い。私とお揃いのブラウスにライトブラウン色のスカートは、ミドル丈でスカートの中のフリルが見えて個人的に大満足。黒の靴下と皮靴。襟首には焦げ茶のリボン。なにより肩にかけた小物用鞄がよく似合っているわ。あの可愛いのが、私の恋人なのよね。フフフッ、認識阻害の魔導具を作って置いてほんとぉおおおに、よかったわ。エステルの可愛さに求婚者が現れかねないもの)エステル、エドモンドもそろそろ部下と合流するから、降りる準備してね~」
「うん」
「やっと着くのか! このゴンドラ? というのは緩やかだったけど面白い!」
キャッキャと水面に手を伸ばそうとしてエドモンドははしゃいでいた。五歳児に近い言動だが、外見は十歳ぐらいの少年に変身している。竜人族は番と出会うことで人の姿になるらしいが、エドモンドの場合は私の作った料理の副作用(?)的なもので変身できたらしい。
私としても番認定などされたくないので、エドモンドの変身は特別的なものだということにした。
エドモンドの服装は水色のシャツに、黒の七分丈のスラックス、黒のサンダルとかなり軽装だ。本当はネクタイとか諸々付けたかったが、面倒だと言われてしまったのだ。残念。
エドモンドの人型は青に近い銀色の短髪に、空色の瞳、童顔で可愛らしさが残る少年姿である。
一緒に《水の都》までやって来たのは、元々彼の目的地はここだったらしい。極度の方向音痴だったので送り届けることにしたのだ。一応シリーズ2の非攻略キャラではあるが、3では攻略キャラとなるので恩を売っておくという話にギルとなった。
なんでも《水の都》にギルの部下が住んで居るらしいので、当面の生活の保障と監視をするらしい。ゴンドラが目的地に到着し僅かに揺れたが、すぐさま岸の停留所にゴンドラを固定したので揺れはすぐに収まった。
「お待ちしておりました。閣下、そしてエステル嬢」
「あ」
私たちを待っていたのはシリーズ1でナビ役兼ショップ店員枠にいた商業ギルド・パンドラサーカスの団長リュビだった。しかし私があった時はエドモンドと変わらない年齢だったのに、今の彼はどう見ても私よりも年上で、十八、九歳に成長している。にしても黒の燕尾服が良く似合っている。
「──って、リュビが、ギルの……部下?」
「そうよ。これはシリーズ2で分かることだけれど、リュビは魔界の出自で人間界に偵察として潜伏していたって設定なのよ」
「聞いてない」
「言ってないもの~」
悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、ギルは私に手を差し出してゴンドラを降りるのを手伝ってくれた。地面につくとゴンドラで床が揺れていた感覚が長かったので変な気分だ。
足元がちょっとふらつく。
「エステル、大丈夫?」
「う、うん……。なんだか足元が揺れてないから変な感じ……。(って、これはお姫様抱っこを要求すればよかったんじゃ? いやいや周囲の視線もあるし恥ずかしい)」
「そう? (このままお姫様抱っこしちゃおうかしら。人混みも多いし、はぐれたら大変だもの。でも、いきなりはびっくりさせるかしら?)」
さすがにお姫様抱っこを要求するにはハードルが高すぎる。そもそも人混みなのも考慮してギルの腕に引っ付く感じで密着することにした。あざといと言われようとギルと恋人関係になったのだからこのぐらいは許される──はず。
(結構、勇気を出したけどギルって全然表情が変わんない。私だけドキドキしているのがなんか悔しいような、恥ずかしいような)
「(言動がいちいち可愛いんだけれど!)……んん。リュビ、事前に話していた通り彼に《水の都》での生活を教えてあげてちょうだい」
「かしこまりました。主の命により必ず人格矯正してみせます」
(今副音声で調教って聞こえた気がするのだけれど、気のせい……よね?)
「うはー、人が多いな。これだけいたら花嫁もいるはず!」
当の本人は自分の身に降りかかる未来などまったく感知しておらず、かなり楽観視していた。うん、君はもう少し危機管理能力を身に付けた方がいいと思う。とりあえず3の攻略キャラだから死にはしない……大丈夫でしょう。たぶん。
諸々をリュビに丸投げしてしまって申し訳ないと思いつつも、私とギルは星祭りデートを堪能することにした。
(とりあえず《水の都》に連れてきたのだから、あとは自分で頑張って、死なないでね!)
「それじゃあ、どこから回ろうかしら?」
「あ。その前にノードリヒト国の通貨が必要になるから持ってきた納品物との換金をしたいかな」
「ああ、それならリュビの店に寄りましょう。エステルの作ったものならきっと言い値で買い取ってくれるし」
「うん!」
「こっちよ」
ギルは地図を広げることもせず、歩き出した。ギルは何度か首都に顔を出しているのか足取りに迷いはない。
「ギルってこの国に何度か来たことがあるの?」
「ん、ええ。まあ~、そうね。この国に拠点を作るって決めてから行き来しているわ。ハイヒメル大国と違って多種族国家だから、魔族だろうと受け入れる基盤があるのよ」
ギルの言葉で周囲の人々に視線を向けたのだが、確かに人族だけではなく様々な種族たちが行きかっているのが見える。
「確かにこの光景を見たら国としての在り方が、ノードリヒト国とハイヒメル大国だと全く違うって気づかされる。……エル様、性格はアレだけど賢王なんだね」
「ええ、性格と性癖はアレだけれど、王としての器は申し分ないと思うわ」
普段のエル様を知っている私とギルは少し複雑な気持ちになったが、すぐに気持ちを切り替えた。時間は有限。せっかくのデートを楽しもうと話題を変えた。
リュビの店は首都の一等地にあり、シックで大人っぽい瀟洒な建物だった。私の納品物はかなりの金額で買い取ってくれた。個室で対応してくれたのは、商業ギルド・パンドラサーカスのメンバーの一人だ。持ち歩けなさそうな分の金額は店で預かると申し出があったので、お言葉に甘えることにした。
「もしかしてリュビがノードリヒト国に店を構えたのは、ギルの指示?」
「まあ、そうね~。(エステルが事故死したことでパンドラサーカスが取り扱っていたごく一部の上流階級向けの商品販売は停止。それによってクレームやら、強行して店に圧力をかけるなど面倒なことになる前に撤退した……とは言えない。それにエステルとしては自分の才能を認めなかった人々への復讐のつもりは無かったのだろうけど、予想以上にエステルの納品した商品に愛着あるいは執着者が多くて、発狂あるいは廃人、引きこもりになっていると聞くし……)」
「ギル?」
「(うん、可愛くて才能のあるエステルを認めなかった国なんか知ったことないわ)エステルが動きやすいようにリュビには話を通しておいたところはあるわね~」
ギルの気遣いを改めて知って私は口元が緩んだ。思えば公爵令嬢だったとしても、商業ギルドの団長が軽々しく面会を許可しなかっただろう。当時はゲーム設定でリュビを知っていたので、上手く交渉ができたと思っていたが実際はギルの根回しがあったからこそスムーズにことが進んだのだ。
ここでも知らず知らずのうちにギルに救われていた。その事実に胸が熱くなる。
「ふふっ、改めてギルに惚れ直しちゃった」
「そう? それならキスの一つでもご褒美がほしいわ」
「!」
ギルの要求にドキリとしたが、人混みの中ではない個室なら──と決断は早かった。
「ふふ、じょうだ」
「ギル」
「ん?」
ギルが瞬きをした瞬間、不意打ちのキスをする。
「!」
「(ふふふっ、ミッションコンプリート――って、)ん、んんん!?」
唇に触れるだけだったはずなのに一瞬でギルに抱きしめられ、何度も唇を交わすことに。
ついばむような軽いキスに眩暈がしそうになった。キスが深くなりそうになったので私は慌てて抵抗する。
「ギル。んっ、デートするんでしょう?」
「ふふ、そうね。でもまさかエステルからキスをしてくれるなんて思わなかったから、ちょっと理性が吹き飛びそうになったわ」
「頑張って理性!」
「即答って……ちょっと傷つくわ」
拗ねた口調だったものの幸せそうに笑うギルに、胸がキュンキュンしてしまう。私の方こそキュン死しないか幸先が不安になったのは秘密だ。
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最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回はデート回!
次は明日19時過ぎに更新予定です。
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