第3話 ギルとの出会い 前編
「ん~。食べるのがもったいないわ。あーでも、美味しいうちに食べたいし。可愛いし、ああ、なんでこの世界に携帯端末がないの!? 目に焼き付けて──いただきます☆ ん~~~、美味しい。エクセレント!」
そう言いながらフルーツたっぷりSNS映えしそうな盛り付けをしたハニートーストを、同居人である魔王ギルフォードは絶賛していた。朝からテンションが高いのは羨ましい限りだ。
彼──彼女? とは五年前にひょんなところで出会った。
あれは私の屋敷に黒猫に化けたギルフォードが迷い込んだ時だったか。
***
当時、十一歳だった私は断罪イベントを回避するため奮闘していた。というのも乙女ゲーム《歌姫の終幕の夜が明けるまで》通称、ウタアケの攻略対象キャラは、一癖も二癖もある。
義理の兄は施設から引き取った我が家の後継者。しかしその後で私が生まれたため両親の愛情は私に向かい、義兄は愛情を十分に与えられず──底意地の悪い捻くれためんどくさいツンデレキャラに変貌を遂げる。この辺はゲーム設定と変わらない。
ヒロインとの出会いによって棘だらけだった性格が軟化する。その前に──と義兄と一緒にいる時間を増やしたりできるだけ会話を試みたが失敗。
今日も調理場を借りてクッキーを焼いてみたが、「いらない」と一蹴されて部屋を追い出された。義兄の部屋に一度も入ったことはない。使用人たちはフォローしてくれたが、その気遣いが申し訳ない。
とぼとぼと自分の部屋に戻る途中の廊下で、黒猫を見かけたのだ。しかも子猫で可愛い。ふわふわで毛並みもよくどう見ても野良猫には見えなかった。
人懐っこい子で自分の可愛さをアピールしまくっていた。私の甘い匂いに気付いたのか、手に持っていたクッキーを見ている。強請っているのだろうか。
「かわいい。……クッキーでも食べる? って、猫ってクッキー食べて大丈夫だったかな。こんな時、携帯があれば検索できるのに……」
「クッキーに、携帯って……貴女も異世界人なの?」
「え」
「あ」
子猫はサラッと爆弾発言を投下した。魔法ありきの世界なので猫が喋ることもあるだろう。だがそれよりも「異世界人」という言葉に心底驚いた。
異世界転生の話を誰かに聞かれるのはまずいと思い、部屋に連れていくことにした。子猫も状況を素早く察してくれたようで抵抗せずに私の腕の中に収まっている。
部屋の中に入った途端、子猫は内装を見てテンションが上がったようだ。
「まあ! 素敵なお部屋〜!」
私の部屋は白で統一した可愛らしい部屋で、部屋のカーテンや天蓋ベッドのレースなどかなり凝っている。絨毯も部屋に合わせてシンプルだがお洒落なデザインを選んだ。
「可愛いヌイグルミもいっぱいあるし、やっぱり人間世界は可愛い物が多くていいわ!」
「半分は自分でアレンジしたものだから嬉しいな。……って、私はエステル。元の世界の名前も言った方がいい?」
「ふふ、別にいいわよ。でもまさか同じ異世界人に会えるとは思ってなかったわ。携帯を知っているってことは、生きていた時代も近いかもね。私は長いからギルってよんで」
私はクッキーを皿に載せてテーブルの上に置いた。お湯もそろそろ沸くだろう。ここには電気ケトルなどはないが、商業ギルドから貰った魔導具湯沸かし器というものがある。
「それでギルは猫に転生したの? それともその姿は使い魔を通している感じ?」
「変身魔法を使っているから、本来の姿は人型に近いかしら。だから紅茶もクッキーを食べても問題ないわ」
「そっか。よかった」
「にしても、このクッキー可愛いわね。お花に、ハート、星なんかも──って、緑は抹茶? こっちはチョコ……すごいわ。しかも美味しい~! この世界でまともな料理なんてないと思っていたからすごく嬉しいわ~」
「本当? よかった。父様と母様は『子供が作った料理など怖くて食べられない』って言うし、義兄様は無視だし……使用人たちは『恐れ多い』って」
「……まあ。酷い話ね」
「あはは……。まあ、だから趣味とはいえ作っても自分で食べるぐらいなの」
「私なら毎日食べたいぐらいだわ。貴女、結構器用なのね」
「器用貧乏かな。それに私の使える魔法は植物系だから、元の世界の食材を栽培できるの」
子猫の目がキラリと光った。
口の周りにクッキーの粉が付いているのが可愛らしい。
「それって日本食が作れるじゃない!」
「そうなの! ただそんなものを、この国で作ったら──」
「作ったら絶対に売れるわよ。私なら絶対にファンになるし毎日食べにいくわ」
そうこの世界において元の世界の『料理』や『菓子』スキルなどは貴重で、広めれば大繁盛するだろう。だがそれを躊躇う理由が私にはあった。
「そうなんだけれど、私は悪役令嬢だから断罪イベントを回避するためにも他のことに時間をかけている暇なんてないの」
「……もしかして貴女、《歌姫の終幕の夜が明けるまで》のゲームを知っているの?」
「もちろん。私はその悪役令嬢役だもの」
「それは災難ね。……まあ実は私、ラスボスの魔王なのよ」
「え、ラスボス?」
唐突な告白に耳を疑ってしまった。《歌姫の終幕の夜が明けるまで》通称、《ウタアケ》は学園もののファンタジーRPGだ。
魔界には魔王が君臨しており時折魔界との扉が生じてしまい、それをヒロインの歌魔法と攻略対象キャラとの連携によって封じるシナリオ展開だった。各ルートによって悪役令嬢がヒロインの邪魔をするという役割だが、魔界の魔王と戦うシーンはない。せいぜい扉から出現した巨大な魔物だ。
「私の記憶だと隠しキャラまでやったけれど、魔王って出てこなかったような……」
「ああ。シリーズ1はそうね。魔法学校の卒業までの話だもの」
「シリーズ……、え」
脳天に雷が落ちた衝撃を受けた。
まさかシリーズ化していたとは寝耳に水だ。確かに乙女ゲームとしては、かなり人気があった気がする。しかしシリーズ化しているとは盲点だった。
お読みいただきありがとうございました(◍´ꇴ`◍)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は22時過ぎに更新予定です。
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