第29話 魔王ギルの視点4
次にエステルの従兄に当たるディーンは騎士職を辞職して、冒険者にジョブチェンジした。騎士として派遣した部下からの情報では、「イグサの中敷きを新たに生産するため、似た植物を探す」という名目で自由気ままな冒険者になったそうだ。元々女性関係もだらしなく、戦闘狂で有名だったディーンに騎士道は窮屈に感じていたのだろう。
(――って、あるけど水虫が悪化と、足のにおいがキツすぎて女性から引かれている。ああー、なるほど。騎士は長靴を長時間履くし、運動量も多いものね。冒険者として衣服が自由になれば通気性のいい靴に変えられるだろうし。……趾間型かしら? 前世だったら塗り薬でなんとかなるけれど、職場環境変えないとどっちにしても再発しそうね)
戦闘狂というのも戦闘をできるだけ短縮する彼なりの解決策だったのだろうが、騎士道精神的にまずいのだろう。ディーンに手を焼いた騎士団長は特別辞令としてルーズヴェルト家を説得し、冒険者として解き放ったという経緯が報告書にはあった。
シリーズ1で魔物との戦いがメインとなるディーンルートを知っている者からすれば、現在の騎士生活は窮屈極まりなかっただろう。瘴気の噴出も定期的に行なっているので、騎士たちの活躍するほどの大きな魔物の出現はない。せいぜい魔狼やら魔鬼程度だ。魔物大量発生やドラゴン級などが出現することもない。
ディーン。恋多き爽やか系イケメンから、戦闘狂系冒険者へ。今は通気性のいい靴あるいはサンダルに近い靴を履いているが足の匂いは臭いままだとか。
(まあ、シリーズ2から瘴気の量を増やす予定だったから、冒険者に鞍替えしてもらえるのは有難いわね。匿名で依頼をディーンにするのもいいかもしれないわ。イグサは……ちょっとエステルと相談して考えましょう)
シリーズ1の攻略キャラの中で火力重視設定だったのも彼だ。それにしてもエステルの「仲良し作戦」がこうも攻略キャラの人生を大きく変えるとは思ってもみなかった。
(バグ並の変貌ぶりよね。……まあ、こちらに害がないなら、どうなろうと関係ないわ)
湯船を出て最後にエステルの義兄サイラスの報告書を確認する。このキャラはゲーム設定と変わらずツンデレキャラを貫いている苦労人だ。
(報告では醬油ラーメンとニンニク増々餃子が食べられないことでショックを受けたって聞くけど、自分の役目をしっかり全うして……真面目ね。そういう所はエステルと似ている気がする)
エステルが死んだことで彼女の存在の大きさと有能さを知って後悔し、死を悼んだ一人。
もしフェリクス王子が何もしなければ、兄妹としての情ぐらいは築けたのではないだろうか。それぐらい不器用だが情に厚い──割と、だいぶ? まともなキャラだ。
サイラス。ツンデレ系苦労人キャラから、不器用系超絶苦労人。なんだろう。すごく可愛そうなポジションにいる。
(まあ、エステルに会わせる気なんてないけれど)
脱衣所で身体を拭きエステルが作ってくれたパジャマに袖を通す。コットンのパジャマは吸水性にすぐれており、肌触りもいい。ズボンと上衣は黒だが、白いボタンなど薔薇の形をしたお洒落でシックな感じに仕上げている。
(また腕を上げたわね)
創造魔法で生み出せるのは日用品から魔導具など様々だが、カーテンやら衣服に関しては布程度しかできず、エステルが作ったりしている。私の服も男性用のものをベースに裾やボタンなどアレンジをしてくれていた。
星祭りでは彼女に可愛い洋服をたくさん試着してもらい買おうと決意し、二階へ向かう階段を上がった。
思えばエステルの部屋にちゃんと入ったことはあまりない。エステルが部屋にいる時間が睡眠と衣服の制作時ぐらいだからだろう。彼女の部屋は南向きで、七畳ほどの広さがありベッドや調度品などは私が作ったものの、どのような部屋になったのかなども含めて楽しみと緊張が襲う。
部屋の前に立つと軽くノックをした。
「あ、どうぞ」
愛らしい声にドキリとしつつも、ドアノブを回して扉を開いた。
部屋の向こうはテーブルの上にいくつものキャンドルライトが灯り、テーブルの上にはカロリー低めのスイーツとハーブティーの香りが部屋に漂っていた。
テーブルの傍には愛らしいクッションが並べられており、一見して「あ、これたぶんパジャマパーティーだ」と察し、エステルに気付かれないように肩を落とす。
(クソッ、分かっていたけれども! ちょっとでも甘い展開を期待した私が馬鹿だったわ! あー、でも一生懸命準備とかして、可愛いから憎めないっ!)
「ギルともう少し一緒に居たくてパジャマパーティーを考えたんだけど……、やっぱり急だったかな」
「!」
いじらしく可愛い想い人の言葉に、私のテンションは一瞬で復活する。「そんなことないわ。大好き!」と出迎えるエステルを抱きしめる。
密着すると彼女の髪から甘い香りがした。
彼女がここに居て、自分を見ている。
その事実を噛みしめるように腕の中に閉じ込めた。彼女は胸元に頭を傾けて、背中に手を回して密着。エステルの言動一つ一つに浮かれている自分がいた。
「ギル」
「なに?(離してって言うのかしら?)」
「大好き」
「(あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、もう、こ・の・子・は! 攻略キャラの大半は一癖も二癖もあるけれど、私も人のことは言えないわ)……私も、大好きよ。すっごく」
「ふふふ。……あ、ギル。ハーブティーを淹れたのだけれど、飲む?」
「ええ、いただくわ」
頬にキスを落とし、名残惜しいと思いつつも腕を下ろした。エステルもそれに合わせて離れると思ったが、背伸びをして私の唇にキスを返す。
「えへへ、お返し」と照れくさそうに言いながら背を向けてテーブルへ戻っていった。暫く私は自分の唇に手を当てて──たぶん、顔は真っ赤だったと思う。
(あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、もう。キュン死しそう! 私、今日死ぬの!?)
***
恋人らしいかは若干疑問が残るものの、エステルとのパジャマパーティーは新鮮だった。というのもいつもの会話の内容が少し変わったからだ。
それと距離。
今までは向かい合わせだったが、今は隣に居る。この差は大きい。
星祭りは初デートの計画を立てつつ、「二人で今後どんなことがしたいのか」という恋人としてやってみたいことなどの話で盛り上がった。元の世界のようなアミューズメント施設などは乏しいので、デートプランなどアイディアなんて殆ど出てこないと思っていたのに──。
「各国を巡って旅行するのも楽しそう。ほら、こことか」とエステルが嬉しそうに語るのを見ていたら、私までわくわくしてきた。
そうエステルはいつだって全力で、傍に居るだけで笑みがこぼれる。「一緒に住むだけで幸せ」と思っていたのが嘘のように、今は「もっと一緒にいたい」と欲があふれ出て止まらない。
今まで一緒に暮らして自分の気持ちを抑え込んでいた分、箍が外れつつあった。
深夜一時を過ぎた頃だろうか。
彼女は私に寄りかかりながらウトウトしはじめていた。その姿も可愛い。できることなら抱きしめているクッションと場所を変わってほしいのだが。
「エステル、もう寝そうなら歯磨きをしてベッドで寝ないと駄目よ~」
「ううー、だめ。まだギルと一緒がいい」
クッションを放って私に抱き付く。無自覚で私の理性をゴリゴリ削っていくのだけれど、この子。わざとだとしたら、なんて策士な。もしかしてご褒美ですか、だったらありがとうございます!
なんとか歯磨きに席を立たせ、数分後に戻ってきたら私の傍に抱きつく。なんだろう、この可愛すぎる子は。
「ギル、すき。えへへ、口に出して伝えるっていいね」
(くっ、エステルの甘え方が可愛すぎて悶絶しそうなのだけれど、誰か助けてー。このままじゃ、なし崩し的に襲っちゃうわ!)
恋人として嬉しいけれど、エステルが寝ぼけているところに付け入ることはしたくない。というか起きて覚えていなかったらショックだし。
(恋人になった当日に添い寝ぐらいなら許されるかしら? 私もエステルともう少し一緒に──)
リィン、と鈴を転がした音が脳裏に響いた。
どうやら招かざる客のようだ。
私の張った結界を突貫してくる生物が一つ。時速百キロは超えているだろうか。人族でもなければ魔族でもない。亜人族、いやこれは──。
「ギルぅ……一緒に……」
すでに寝息をたてているエステルを抱き上げてベッドに運んだ。寝ていても私の温もりを求めて引っ付く姿は愛らしい。二人きりの時間を潰してくれた客にと沸々と湧き上がる怒りを抑え込んだ。
「大丈夫~、すぐに帰ってくるわ」
私の代わりに大きめのクッションを渡して部屋を出た。
くっ、本来なら添い寝ぐらいはと思っていたのに、邪魔をしてくれた客にはそれなりの対応をさせてもらおう。
お読みいただきありがとうございました( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回から第3幕!シリーズ2や3のキャラ立ちも登場してきます。
なによりギルとエステルのデート!
次は21時過ぎに更新予定です。
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