第25話 フェリクス第二王子の視点1
エステル・ルーズヴェルト。
公爵令嬢で、愚兄グリフィンの婚約者になった少女。それを知ったとき、王位を簒奪すると決めた。彼女は覚えていないだろうけれど、たしか七、八歳の頃に私の住んでいた第二宮殿に迷い込んだことがあった。
私に植物魔法を見せて、ツツジと呼ばれる花の蜜をご馳走してくれた。花びらの萼と呼ばれる部分ごと抜いて、花びらの端を吸う。蕩けるように甘い──あの味は今も忘れない。
あの日、彼女に『大人になったら迎えに行く』と約束した。
もっとも彼女は覚えていなかったようだけれど、それはしょうがない。私は彼女に名乗っていなかったのだから。
早い段階で愚兄の傲慢な態度や無能ぶりは問題になっていた。だからこそ早々に第二王子である私に周囲の期待が集まった。中でも宰相であるルーズヴェルト公爵と交渉し、協力関係を結ぶのは容易かった。
公爵家の息子サイラスと共に愚兄を引きずり下ろし、王太子簒奪までの計画を練った。その中で婚約者であるエステルへの扱いに細かな指示を出した。
エステルを孤立させ、私に惚れさせるというものだ。公爵とサイラスに、エステルには『悲劇のヒロイン役』になってもらい、愚兄から婚約破棄されるように仕向ける必要があると説き伏せた。二人とも最初は難色を示したが、なんとか抑えた。
十三歳のエステルと再会しても彼女は私に頼ることはせず、距離を置くようになった。
(警戒が思った以上に強いのは、孤立させ過ぎたせいか……)
予想外だったのはエステルが私にまで警戒していたことだ。「私は味方だ」と手を尽くしたが、反応は薄い。まあ、人慣れしていない野良猫のようなものだと思えば可愛らしく思えた。
固く閉ざした蕾のままいただくのも悪くない。
いずれは私のモノになる──そう高を括っていた。
婚約破棄当日までは。
馬車でそのまま修道院に向かうとは思ってもみなかった。
悲しみを癒すために私が付き添い、愛を囁くも空振りに終わる。
「貴方だけは味方だって思っていたのに、残念です。……さようなら」
「エステ──っ、な」
まさか転移の魔法の巻物を持っていること自体考えられなかったし、彼女が土砂崩れによって命を落としたのも受け入れ難かった。
あの魔法の巻物をどこで手に入れたのか入手経路を調べたところ商業ギルド・パンドラサーカスであり、繋がりがあったと分かったのはだいぶ後だった。
エステルの死によって歯車が大きく狂うことになる。幸いだったのは、土砂崩れに巻き込まれて亡くなった彼女の遺体の損傷が酷くないことだった。
(ああ、まるで眠っているようだ)
彼女の死によって婚約者だったグリフィンの株が大暴落するまでに数日とかからなかった。葬儀も終えて地盤を固めようとした矢先、有名商業ギルドの停止が発表された。
その大きな理由は『納品物を提供していたエステル公爵令嬢が死亡したため』というニュースが国内全土に広まったのだ。
彼女が提供していた納品物は上流階級から平民に至るまで浸透していたようで、そこでも彼女の死を嘆き、またすでに手に入らない商品に対して抗議の声が上がった。これにより愚兄は王太子の座を失い地の底に落ちた。
同時にソレーヌ嬢に対しての風当たりも酷く、ゴドフロワ男爵家が没落の一途を辿るのは目に見えていた。
逆に私の台頭は予想以上に早かった。用意された階段を駆け上がるように、あっという間に周知され期待の声が集まる。ついこの間、長年の目標の一つである王太子としての立場を確立した。
今後は経済状況の見直しや貧困層の援助に復興。
腐敗しきった横領や癒着で利益を得ている貴族階級の粛清、民衆の生活水準の向上などなど。やることは山のようにある。
宮廷の執務室では連日連夜仕事の山だ。
「ノードリヒト国で星祭りか。……さすがにこの時期に国を空けるわけにはいかないな。サイラス」
「はい。私が代理としていくのですね。……あちらの国で、義妹が記していた材料が調達できないかも含めて商談に行って参ります」
「ああ、頼む」
サイラスは頭の切れる男だ。こちらの意図をよく汲み取って発言するので、会話にストレスがなくていい。さすがは次期宰相と言ったところか。
「そういえば最近、宰相閣下を見ていないがまだ臥せっているのかな?」
「ええ、まあ。色々と気落ちしてしまって……(育毛剤が手に入らないのでショックを受けている……とは言えない)」
「そうか。まあ、今まで激務をこなしてきたのだ、暫くは静養されるのもいいだろう」
「はい。ありがとうございます」
「では今日はここまでにしよう」
そう言いつつ今日の分の仕事を終えると同時に、明日以降確認する書類をもって退室した。
執務室で作業するよりも自室のほうが捗るからだ。
それに──帰りを待っている彼女を思うと足が早まる。
護衛の衛兵を引き連れて宮廷の入り口に差し掛かるころ「フェリクス殿下!」と声を掛けてきたのは有力な家柄の令嬢たちだった。
キィキィ煩い声と香水の匂いで吐き気を催すのをなんとか堪えた。今までは見向きもしなかったというのに、地位が変わっただけで手のひらを返して近寄ってくる連中は何処までも自分本位な連中ばかりだ。
「仕事がありますので」と、にこやかに微笑んだ。
それだけで黄色い声がさらに煩くなった。
今は右頬まで隠す眼帯をしていても「クール」だとか「ワイルド」と口にする。少し前までは「気味が悪い」とお茶会で陰口を叩いていた癖に、都合のいい馬鹿な連中ばかりだ。
(さて、どうしたものか)
「……フェリクス殿下。お待ちください」
そう言って私の前に出たのは、見覚えのある男爵令嬢だった。
ソレーヌ・ゴドフロワ。
愚兄と共にエステルを事故死に追いやった片割れ。
情報では実家から絶縁され切り捨てられたと聞いていたが……なぜ宮廷にいるのだろう。本来ならこの場所にいることすらできないはずだ。
衛兵が前に出ようとしたので、私は目配せで動きを制した。
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次は21時過ぎに更新予定です。
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