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第22話 すれ違いと喧嘩の末

 暗がりの森の中、私は何処に向かえばいいのか分からず獣道を走っていた。前がよく見えず枝にぶつかり、根に引っ掛かって転びそうになるも、なんとか速度を保って駆ける。

 背後から遠吠えのような声。

 不吉を孕んだ何かが肉薄する。


 数分前まではギルと楽しい夕食を終えて談笑していたのに、一変して生きるか死ぬかの状況に追い込まれていた。

 もっとも夜の《シルトの森》がどのぐらい危険なのかなんて知らなかったし、ギルと言い合いをして思わず飛び出してしまったので帰り道も分からない。

 そう、つまりは迷子。

 完全に詰んだ。Bad End(バッドエンド)、つまり人生終了、お疲れ様です。ということになる。


(いやああああああああああああ! せっかく脱☆悪役令嬢から平穏な日常を手に入れて、ギルに告白もしてないのに死ねるかぁああああ!)


 心の中で叫びつつ数分前、ギルと喧嘩したことを思い出す。星祭りのデートの話で盛り上がり最高の一時だった。


 エル様からの依頼を話した瞬間、空気が凍りついた。「ギルを支えるためにも、地位や人脈が必要なんじゃないか」と提案し、期間限定で料理人として名を広めようと提案した。もちろん私が生きていることを知られるのはまずいので、偽名で髪の色を変えること、変装も伝えたのだ。


 けどギルの返答は「駄目」の一言だった。

 食い下がったがギルの意志は固く、折れることはなかった。「エステルがそんなことをする必要はない」と、一蹴したのだ。

 ハッキリと私の力は「必要ない」と断言され、「自分の問題は自分で解決するわ」と取り付く島もなかった。


 悲しかった。

 私は戦力外で、邪魔で──役に立たない。

 たしかに私は身一つで、後ろ盾もなにもない。悪役令嬢の役を逃れただけで、足手まといでしかないのは分かっている。でもそれに甘んじて自分だけ安穏と暮らすなんてできないし、好きな人の危機なら──ジッとなんかしていられない。


「ギルがつらい目に遭うのも、死んじゃうのも絶対にいや……なのに。……それもやっぱり、迷惑なのかな」


 そう思うと走る速度が落ちそうになるが、背後に獣の息遣いを感じ恐怖心に駆られて速度を上げる。色々自暴自棄に陥りそうだったものの、とにもかくにもこの窮地をなんとか乗り切ることが先決だ。


 ──ガルルルッ


 複数の獣の視線、息遣い、気配が──すぐそこにあった。考えごとをしている場合じゃなかったと自分の馬鹿さ加減が嫌になる。


「植物魔法──(アルンドー)(・インディカ)!」


 叫んだ瞬間、緑の光によって大地から数百の竹が急成長し、私の背後に迫っていた獣を一斉に足止めすることに成功。獣の気配が遠のいた。といっても、すぐに追いかけて来るだろう。

 このままじゃ──。


「!」


 ゾッとするような何かが、ものすごい速さで迫ってくる。先程の獣よりもずっと強くて、恐ろしい何か。魔力量だけでも天と地の差がある。

 逃げなければと本能では分かるのに、足が地面に()いついて離れない。


 空気が凍りついた。

 死そのものが形を成した──何かが接近する。


 宵闇よりもなお暗くおぞましい色の蝙蝠の羽根、黒薔薇と棘を彷彿させるようなマントを(なび)かせ、歩み寄る。

 ゆっくりと確実に。

 長い髪が揺らめき、深紫色の双眸(そうぼう)が怪しく煌めく。

 この森の主だろうか。人ではない何か。

 不意に足に力が入らず、座り込んでしまう。


(強大な魔力の気配に当てられ──ううん、違う。これは、たぶん魔力吸収(マナ・ドレイン)で、魔力を奪う……)


 立ち上がることもできず、圧倒的な魔力量の前に体が潰されそうになる。これは──逃げられない。


(ギル……)


 かぎ爪の生えた手が私に伸びる。

 頬に触れる指先はとても冷たくて、震えていた。


「――ル」

「……っ」


 私を見下ろす瞳と目があった。酷くつらそうに見えたのに私は何もできず、そのうち体が動かなくて意識が遠のく。


(あの……目は……もしかして)


 何もかもが中途半端なままスイッチが切れるように私の視界はブラックアウトした。


 ***


 ふいに浮遊感が襲い、温もりに包まれた。

 嗅いだことのあるハーブの香りと、頬に触れる手の感触に体が弛緩する。

 ギルだ。そう私は直感した。

 意識がふわふわして夢なのかもしれない。私を抱きしめるギルは壊れ物を扱うように大事に触れる。温かくてホッとした。


「ここを出てエルヴィスの元に助けを求めるつもりだったの? ……エルヴィスに惚れた? 彼カッコイイものね」

「……?」


 ギルの声は掠れて震えていた。

 泣いている? 

 それとも怒っているの?

 いつになく自虐的で、冗談らしさはない。


「貴女を箱庭に閉じ込めて独り占めして……毎日が楽しいと思っていたわ。でも貴女は、やっぱり外の世界で生きたいのね」

「ちが……っ、ごほっ……ごほっごほっ」


 声に出したけど、喉がカラカラで上手く言葉がでてこない。

 水を飲まそうとしてくれたが、うまく口が動かず零してしまった。

 それでもなんとか少し口を開くことができたと思った瞬間、甘い何かが口の中に入ってきた。口内を満たすのは極上に甘い蜂蜜の味。


 ほんの少し梅の香りがする。

 あとは――なんだろう。

 それにしても蜂蜜がこんなに甘かっただろうか。

 こんなに熱を帯びるものだっただろうか。

 熱?

 違和感を覚え薄っすらと瞼を開くと──。


「んんっ!?」


 長い睫毛、揺れる長い黒髪、整ったギルの顔がすぐ傍にあり──キスされていることに気付くまで数秒かかった。しかもこれはただのキスではなく──舌があああああああああああ。


「にゃ、え、あ」

「あら、起きたのね」


 ホッとした顔を見せたが、そこに陰りがあった。酷く傷ついた表情に胸が痛んだ。

 なんとか右腕を動かしてギルの頬に触れる。とても冷たい。


 意識が途切れる前に見た姿は夢だったのか、ギルはいつ通り整った顔立ちに深紫色の双眸で私を見つめている。


 周りをよく見るといつもの台所に戻ってきていた。

 窓の外は真っ暗だった。時間帯的には夜で私が気を失ってからさほど時間は経っていないのだろう。


「私。森に飛び出して……」

「ええ、びっくりしたわ。まさかあんな暗がりの森に逃亡を図るなんて……。念のために番犬(ルベロ)の部下たちを放っておいて正解だったわ」

(ルベロ? 私を追いかけて来た獣たちのこと? もしかして私を食べようとしたんじゃなくて、保護しようとしていた?)


 よくよく思い返せば攻撃らしい攻撃を受けていなかった気がする。

 すぐそこまで肉薄しつつも噛みつかれなかったのは、最初から殺すつもりも食べるつもりもなかった──だとしたら、完全に私の勘違いだ。

 ……いや、あんな群れで追って来られたら普通逃げるわ。うん。


(ん、そういえば『逃亡』ってさっき言っていたような?)

「エルヴィスに助けを求めようとしたの? いつも彼が来ると楽しそうに話をしていたものね。やっぱり悪役(ヴィラン)よりも、ああいったキャラが好かれるのはしょうがないわよね。()()()()()()()()()()……」


 つらつらと語るギルに私は「ん?」と違和感が生じた。

 なぜギルは私がエル様を好きという前提で話をしているのだろう。こくん、と嚥下して蜂蜜で喉を潤す。「あ、あ」と声が出るのを確認したのち、ギルを見つめる。


 台所に居たのは飲み物を用意して飲ませようとしてくれたのだろう。

 ギルは私を抱きかかえたままリビングへと向かい、ソファにゆっくりと寝かせてくれた。

 なぜだか思考の回転が鈍くて、情報処理が上手くできない。でも今はそれよりも言うべきことがある。正しておかなければ気が済まない。


 なんだろう、不思議と気持ちが大きくなった気分。

 今なら何でも言えそう。

 そうギルへの気持ちとか。このタイミングでちゃんと訂正すべきだ。


「……正直に、教えて。エステルが好きなのは、エルヴィスな……の?」

「違う。私が好きなのはギルだよ」

「は?」


お読みいただきありがとうございました( ´꒳`)/♥︎ヾ(*´∀`*)ノ

最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。

次は21時過ぎに更新予定です。


下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡

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― 新着の感想 ―
[良い点] エステルちゃんが行った〜〜〜!
[一言] (´∀`*)ウフフやっと両思いかな?
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