第21話 魔王ギルの視点2
それはいつも通りの楽しい夕食で、幸せだった。
星祭りデートを切り出したとき心臓がバクバクして「断られたらどうしよう」って思ったけど、エステルはすごく喜んでくれた。
見えない所でガッツポーズするぐらい嬉しかった。
星祭りデートは「何処に行こう」とか、「何がしたい」とか恋人っぽい感じで浮かれていた。だからこそ、エステルが「エル様から菓子の依頼が来た」という話題を出した瞬間、耳を疑った。
彼女は「この先のことを考えて自分の知名度を上げた方がいい」とか口にしていたけど、頭に全く入ってこなかった。話半分も聞こえていなかったと思う。
エルヴィスが帰り際、私が傍にいることに気付いていながらエステルにキスをしたのだ。
宣戦布告の意味で。
見せつけるように、嘲笑うかのように、焚きつけた。
私が最初に見つけて、ずっとずっと会うのを楽しみにしていたし、一緒に暮らしてもっと好きになった。それを横から掻っ攫っていく真似をしたエルヴィスに腸が煮えくり返る思いだった。
エステルは今まで人と接することが少なかったからこそ、客人に対して明るく親切だ。いい子で、堪らなく愛しい。
大事だからこそちょっとずつ距離を詰めて、私を知って受け入れてほしいと望んだ。
この一軒家を訪れることができる者は、そういないと高を括っていたのが仇となった。同棲して一緒にいる時間が長くなれば、異性として見てくれるかもしれないと──淡い期待を抱いた。
だが私よりも見た目も、立場もある男がアプローチをかけているのだ。
心が揺れないわけがない。私は魔王で、日陰者で、たとえ死亡フラグを回避しても危険人物になる可能性が高い。表舞台で輝けるエルヴィスとは違う。
私といるということは目立たず、ひっそりと暮らすことが大前提だ。
だからこの世界で料理スキルと、植物魔法の唯一無二の能力を持つエステルは表舞台で注目と喝采と賞賛を受けるべきなのは──わかっている。
彼女のことを本当に思うのなら、身を引くべきだと。わかっている。
わかっているんだ。
それでも、私は──エステルの傍にいたい。
(たとえゲームシナリオ通りだったとしても、あの未来だけは――看過できない)
前世から《仮面》を付けて《役割》を演じることしかできず、自分の素の感情を出せる人がいなかった。
模範的な回答、優秀で品行方正な態度、温厚で紳士的な言動。枠にはめて、そつなくこなせたけど自分の心を曝け出す場所がないまま大人になってしまった。
MMORPGなどの仮想世界の中でなら素を出すことができた。
そして転生して初めて、心を開いたのがエステルだった。
子猫の姿だろうと、魔族だろうと、おネエ口調だろうとエステルは受け入れてくれた。
だいたい最初に言い出したのはエステルだ。
私が化物だと知らずに「一緒に暮らしたい」なんて言い出したのは──。
それなのに途中で投げ出すなんて許さない。
必死に説得を試みるエステルの言葉を遮って「必要ない」と切り捨てた。
私のためと言いながら、表舞台に立ちたい願望を口にするのが嫌だった。もうエステルを手放すことなんて私にはできない。
私になんの権限もないのに、それでも引き留められるのなら何でもよかった。
どんな手を使ってでも──。
そう思った瞬間、フェリクス王子と私は何が違うのだろう──と思った。
エステルの自由を奪って、孤立させて、選択肢を狭めて、独り占めしようとする浅ましく愚かな男と、今の私は同じだ。
自分が自分で嫌になる。
それでもエステルの手を、離したくなかった。
話を終わらせて落ち着こうと思った。
けれど──。
「もういい、ギルなんて知らない! ギルの馬鹿、大っ嫌い!」
そう言われた瞬間、心臓を巨大な杭で貫かれたような衝撃が走った。
大粒の涙を流して、家から飛び出して行くエステルの後ろ姿が目に焼き付いて動けなかった。いや呼吸すらできてなかった。
傷つけたくない。
嫌われたくない。
それなのに、彼女は私の傍から離れていく。
追いかけなければならないのに、体が、指が、足が糸で縫い留められたように動かない。
部屋に引きこもったのなら、よかった。
でも彼女は家を出て、靴も履かずに森の中へと走り去ってしまった。
脱走。
そうだ、手の届かない所に、エルヴィスに助けを求めて──。
もう、私を頼ってはくれない。
「あ、ああ……」
ずっと守って来た、愛しんできた、大事な、大事な彼女が箱庭を飛び出してしまう。
それだけは──耐えられない。
そう思った瞬間、自分のどす黒い感情が噴き出し感情が抑えられなかった。
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次は19時過ぎに更新予定です。
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