第20話 幸せなひととき
野菜や果物に香辛料などは私の植物魔法で育てて収穫している。魚は近くの水路で釣りをして捕獲。しかし食獣種の肉や卵、牛乳などは家畜がいないので買いに行かなければならない。その担当をいつもギルにお願いをしているのだが販売ルートは未だに謎で、いつの間にか冷蔵庫に入っている。
ギルが用意してくれた材料を元に、今日のオヤツであるアイスクリームを朝の間に作っておいたのだ。
リビングでチョコレートとバニラアイスクリームを食べつつ私はギルに声を掛けた。
ちなみにエル様は「なんだこれは」「美味」「いくつでも食べられる」といつものように感動し、夢中で食べている。食べている最中語彙力は著しく低下しているものの、その食べ方は綺麗だ。
「エステル?」
「あ、えっと……。ギルは肉とか卵、牛乳ってどうやって確保しているの?」
「ああ、ちょっと寝る前に狩りに行っているのよ」
「狩り……え、買って来たとかじゃなく?」
「そうよ。というかノードリヒト国は土地が広大で中でも、緑に囲まれた《シルトの森》は野生の食用動物が野放しでいるの」
「……ここ予想以上に無法地帯な場所だったのね」
ギルの話ではこの屋敷の周辺には特殊な結界を張っているので、感知はもちろん獣が入ってくることは無いという。平和に暮らすため本当に色々考えてくれているのだと実感した。
「それに適度に体を動かさないと感覚も鈍っちゃうもの」
(ギルにとって狩りは生きるか死ぬかじゃなくて軽い運動ってことなのかな?)
「ん~、それにしても濃厚な味ね。バニラビーンズも入っていて甘くて美味しい。チョコはビターで甘さを抑えているのね」
「うん。チョコは大人の味にしておいたの。まあ、カカオからチョコレートを作るまでの工程がとてつもなく長かったから、次回からは醬油実みたいに実を砕いたらチョコレートになる感じの魔法を考えてみようと思う」
ギルは少しだけ困った──というか不安そうな視線を私に投げかける。
「ん~、提案した私がいうのも変かもしれないけれど、魔力消費量は大丈夫? 創造魔法とは違うけど、何かを生み出す魔法系は燃費が悪いでしょう?」
「ふふふ、私の植物魔法は種を生成するのに多少魔力がかかるけど、植物の成長に関しては周囲の魔力と肥料を吸収しているから私自身の魔力消費はかなりエコなの」
「ならよかったわ。私の創造魔法は馬鹿みたいに魔力消費がかかるのよ」
「え!? じゃあ家電とかいっぱい作ってもらっているけれど、もしかして魔力不足に?」
ギルの言葉を聞いて私は血の気が引いた。
この建物はもちろん、家の家具や調度品諸々はギルが創造魔法で作ってもらったものばかりだ。こんなところでも「ギルに負担を強いているのでは?」と思うと胃がキリキリと痛んだ。
「あら、私を心配してくれるの?」
「もちろん!」
「ふふ、大丈夫よ。魔力消費は多いけれど、魔王としてこの程度は児戯に等しい量だから(というか毎日エステルの美味しい料理を食べているから魔力は全く問題ないのよね)」
「ほんとのほんとに?」
「ほんとのほんとに」
暫くギルと見つめ合っていたがあまりにも真剣に見つめるので、私の方が目を逸らしてしまった。ギルのスキンシップやハグには慣れてきたが、やっぱり見つめ合うと照れてしまう。
私はいつも心臓バクバクするのに、涼しげな顔をしているギルが羨ましい。というかずるい。私ばかりドキドキするのは不公平だ。
(まあ、ギルは変に嘘はつかないから多分大丈夫なんだろうけど)
「(はぁあ~~~~、可愛いわぁ。あと数秒でも見つめる時間が長かったらキスしそうだった。危ない、危ない。最近、自重が難しいのよね)……ところで、エルヴィス。あなた星祭りの準備で忙しいんじゃないの?」
唐突に話を振られたエル様は、チョコレートアイスの美味しさに感動して反応が鈍い。最近は噛みしめて一口一口食べていて、以前のように叫ぶようなことはない。ただ「癖になる」や「駄目だ、止まらない」と言葉を漏らしているものの、味わって食べてもらっているので私としては満足だ。
「おーい、エルヴィス。戻ってきなさい」
「ん。……ああ、忙殺されそうなほど忙しいので息抜きでこちらに赴いている。エステル嬢の顔を見るのと、至高の菓子は我の癒しの時間だ。ということでアイスクリィームのお代わりを頼む」
「そう言ってもらえると嬉しいです。でも、あんまり食べ過ぎるとお腹を壊すのでお代わりは駄目です」
「ふむ。では側室に」
「遠慮します。……というか脈略なくなってきていません?」
「そうよ、そうよ。私のエステルなのだから(こんなことばかり言っていたら同性の友人って思われるかもしれないけれど、でもエステルを渡したくない!)」
(ギルの……! 何度聞いてもなんか嬉しい。まあ、恋愛的な意味合いじゃないって分かっているけれど!)
「ふむ。……揃って鈍いというか噛み合っていないというか、興味深いな」
「?」
「……どういう意味よ?」
「いや、なに。これはこれで観察していて面白い」
エル様の面白ポイントは凡人の私にはまったく理解できなかったものの、ここに来る時のエル様はいつも楽しそうで、この場所が癒しになっているのならいいことだ。
まあ、私にいつもちょっかいをかけてくるのは、ギルがムキになるのが面白いからだろう。たぶん。
(あと私に『側室になれ』って言うのは、もうネタみたいなものだし)
賑やかなおやつタイムを終えて、私は引き続き畑の様子を見ようとリビングから庭に出る――予定だった。
ちょうどエル様は執務に戻るようで、その後ろ姿は憂鬱そうで少しだけ可哀そうに見えた。私は昨日作って置いたプリンと蜂蜜果実汁の小瓶を保冷用バッグに入れてエル様を呼び止める。
「エル様、星祭りで忙しいのでしょう。差し入れです。蜂蜜果実汁と三つほどプリンを入れたので、部下と食べてください」
「……!」
ぱあ、と大輪の花を咲かせるような笑みを浮かべて私の手を両手で握った。イケメンの笑顔は眩しい上に、見慣れないので心臓に悪い。
「うむ。そなたは気遣いのできる本当に良い娘だ」
「そ、そうですかね。それはどうも?」
保冷バッグを手に取ると、エル様は私の手を引いて額にキスを落とす。あまりにも唐突なことだったので、硬直。
柔らかな笑みを浮かべ「では、これは我一人でいただくとしよう」と言って消えてしまった。数秒固まったのち、「いや、一人で食べないで部下に分けてあげてくださいよ!!」と叫んだ。たぶん聞こえていないだろうけれど!
唐突に何なのだろう。
ひ、額にキスって……。
精霊界では感謝のようなものだろうか。深く考えな──。
「エステル」
「ひゃい!」
色々考えを巡らせていたので、唐突に名を呼ばれて変な声が出てしまった。洗い物を終えたギルは私のすぐ近くまで歩み寄っていた。全然気づかなかった。
「星祭りのことなのだけど」
「星祭り……あ、うん。(エル様の依頼も相談しないとな)」
ギルも星祭りに何かあるのだろうか。ギルとエル様は仕事や政治関係の難しい話をすることがあるので、何か頼まれたのかもしれない。そう思っていると、予想外のワードが出てきた。
「星祭りの日にデートに行かない?」
「デート?」
「そう」
デート。交際もしくは恋愛的な展開を期待して、日時や場所を決めて出かけること。
誰と誰が。
私とギル──がデート!
この思考回路に到達するまでコンマ0.3秒。
「ギルとデート!」
「いや?」
「ううん! すごく嬉しい。あ、お金がないと買い物できないからどこかで換金しないとだよね。ううん、それよりも服装どうしよう。ギルの服とか新調しちゃう!?」
思わずギルの両手を掴んで詰め寄る。
私の喰いつきに面食らっていたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「そんなに喜んでもらえるならもっと早く誘えばよかったわ」
「えへへ、デートって今世で初めてだから嬉しい」
「初めて? え、さすがに婚約者がいたのだから何度かしていると思ったけれど……。え……」
その言葉に私は苦笑する。
確かに婚約者ならお茶会やデート、パーティーでのエスコートは当たり前で、回数を重ねることは必須だ。でも──あの馬鹿王子は何かと理由をつけて全てボイコットしていた。両親は自分たちのことで忙しいし、義兄と会話することが殆どないので出かけることもなかった。
出かけるといえば商業ギルドに遊びに行くことだろうか。商業ギルド・パンドラサーカスの団長リュビや団員たちは気のいい人たちだった。それでも一緒にどこかに出かけることはなかった。
「ううん。一度もない。まあ、イアンが来てからは誘われたけど全部断っていたし」
「そう。それなら飛び切りの素敵な初デートにしましょう」
「うん」
勢いで抱き付くギルに私も背中に手を回して応える。
好きな人とのデート。
まさかこんなに早く夢見ていたデートができるなんて思ってもいなかった。心なしかギルの心音も少し早い。
「(このデートを機に私のことを異性として見てくれるようになってくれたらいいのだけれど……。ううん、弱気じゃ駄目だ。ここは積極的にアピールして告白する!)服装どれにしようかな」
「どれでもエステルなら似合うわ。(やっとデートの機会が! これを機に告白するのはありかも、有よね! 今回は本気だから女装じゃない方がいいかしら。う~ん、急にキャラを変えたらビックリさせないかしら? でも素の私だから受け入れてほしい……)」
幸せいっぱいな気持ちになったが、すぐにエル様に依頼されたことを思い出す。この手の話をするのなら夕食後にしよう。そう思って私は星祭りのデートに思いを馳せた。
この後、あんなことが起こるなんて──まったく予想してなかった。
お読みいただきありがとうございました\(´,,•ω•,,`)♡
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は明日8時過ぎに更新予定です。
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