第2話 悪役令嬢のその後
フェリクスの手を取らなかった理由はもう一つある。十一歳の頃に私はシリーズ3のラスボスである魔王ギルフォードと偶然にも遭遇し、共闘関係を結んだからだ。
互いにゲーム上で悪役ポジションかつ、ある理由で意気投合。
もし十一歳の時にギルと出会っていなかったら、フェリクスの優しさにコロッと騙されていたかもしれない。それでなくとも義兄、従兄、婚約者の身近な攻略キャラに『仲良し作戦』を決行したが見事に惨敗。両親も私を『王妃になる娘』としてしか見ておらず家族らしい情や繋がりは感じられずに孤立。
拠り所にギルを選んでなかったら、危なかったと思う。
イアンと出会ってから積極的なアプローチがあったものの、一応「婚約者がいる」というのを盾に躱してきたのだ。
そして断罪イベントも無事にやり遂げ、最後の死亡フラグだけは回避したのに、なぜイアンが追いかけて来たのか。というか向かいではなくなぜ隣に座る!?
距離感の近さが不快に感じてしまう。
「お嬢、どうしてお一人で決めたのですか!」
「修道院の件なら、お父様にならすでに話を通しているわ」
「そうではなく。グリフィン殿下の婚約破棄は喜ばしい──いえ、残念でしたが、どうして修道院に入るなどの相談を私にして下さらなかったのですか?」
(なぜ信頼関係も構築していないのに、相談できるというのか)
ふう、と深いため息をついて数秒ほど時間を稼ぐ。
イアンがいると今後ののんびりライフが滅茶苦茶になる。どういう理由で馬車から退場してもらうか。色々考えたが、時間もないので泣き落としすることにした。
「……そんなの、決まっているでしょう。傷心を癒すために慣れ親しんだ土地を離れたいの」
よよよっ、とウソ泣き発動。ハンカチを当てて同情を誘いイアンの警戒を緩めるため、馬車に揺られる反動でそっと肩に寄りかかる。彼は細身だったが、それでも私の身体を受け止めてそっと抱きしめた。
(なああああああああああああにしてくれるのぉおおおおおおおお)
叫ばなかった私を誰か褒めてほしい。もう全身に寒気が走った。
ちゃっかり頬にキスしたよ、この従者。そうでしたこの人、ハグ魔だった。さらに鳥肌があああ。
反射的に突き飛ばすのを耐えた。えらいぞ、私。
それからハンカチに仕込んでいた魔法陣の発動をいつでも使用可能にした状態で、潤んだ瞳で彼を見上げる。どうだ、必殺上目遣い。こっそり鏡の前で練習してきた技だ。
「イアン」
「!」
鳶色の瞳が揺らいだ。チャーーーンス。
ハンカチをイアンに押し付ける。せっかくなので私を裏切った腹いせをここでしてしまおう。
「貴方だけは味方だと思っていたのに、残念です。……さようなら」
「エステ──っ、な」
金色の光と共に魔法陣が展開し、一瞬でイアンは転移した。光の残滓が馬車の中に降り注ぐ。これで邪魔者は屋敷に送り返した。
私はポケットにしまった懐中時計を開く。あと五分後には国境付近の山道を通るだろう。
(さて、そろそろ私も準備しなくては!)
***
「『ハイヒメル大国・王歴1378年3月9日20時03分。土砂崩れによってルーズヴェルト家の馬車が巻き込まれて転倒。御者は土砂崩れの際、近くの木々に放り投げられて、重傷を負ったが一命をとりとめる。しかし馬車に乗っていたエステル・ルーズヴェルト令嬢は、土砂に埋もれて死亡。三日後に葬儀を執り行われる』ですって」
女性の口調だが、外見の美しさと相まって妙にしっくりくるハスキーな声音だ。
リビングの焦げ茶色のテーブルで新聞を読んでいるのは、ウェーブのかかった黒髪の美女─否、美しい顔立ちだがれっきとした男だ。
服装もフリルのついた白シャツと黒のレースがついたスカートを着こなしているが、胸板や体の骨格的に鍛え上げられ引き締まった筋肉が窺える。頭には魔族特有の捻じれた角を二本持ち、深紫の双眸は新聞記事からリビングへと視線を動かした。
一軒家のリビングは上品で甘いデザイン風で、白を基調で統一され清潔感が感じられた。カーテン一つに至っても上等な絹レースを使用。調度品はもちろん、それらの配置も含めて可愛くもあり大人っぽい彼の趣味だろう。
「エステル・ルーズヴェルトは予定通り亡くなったことになっているわ~」
「ギル、それって《世界経済新聞アリスィア》の記事?」
「ええ、その通りよ」
偉丈夫は見終わった新聞を片付け、紅茶セットを持ってリビングに現れた少女に声をかける。
「計画通りね、エステル」
そう呼ばれて少女は「うん」と暢気に答えた。彼女こそ今回の事件で死んだはずのエステル・ルーズヴェルトだった。お嬢様らしい恰好から一変、地味なチェックのワンピースを着こなし、パタパタと朝食を用意している。
「それよりも、ふわふわのハニートーストができたから温かいうちに食べよう。ポテトサラダとオニオンスープも用意してみた」
「きゃー。最高! そうね、まずは腹ごしらえよね♪」
偉丈夫──魔王は少女エステルの準備を手伝う。皿を並べて、鍋からスープを盛り付ける作業もこなれている。侍女顔負けの手さばきで、令嬢あるいは魔王がそつなくできることではない。独り暮らしが長かった異世界人らしい動作だ。
「はやく日本食が食べたいわ。……やっぱり醤油や味噌は生成に時間がかかるのね」
「うーん。まあね。でも米は今日ぐらいには収穫できるから、夕飯はカレーにしようと思うけどどう?」
「最高、愛している〜。この分なら生姜焼きとか味噌汁、すき焼き、トンカツも遠くないわね」
「うんうん。私は納豆と、煮物、唐揚げが恋しいな」
お互いに前世では当たり前のように食べていた日本料理に思いを馳せていた。
ひょんなことから転生した元異世界人同士。
悪役令嬢エステル・ルーズヴェルトと、現魔王ギルフォード・フォン・エーレンベルクの二人の共同生活は今日ものんびりとはじまったのだった。
お読みいただきありがとうございました٩(ˊᗜˋ*)و✨
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は21時過ぎに更新予定です。
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