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第18話 ギルの力になりたい

 懐かしい夢を見た。

 グリフィン王太子殿下の婚約者であり、『深窓の令嬢』として名前が独り歩きし始めた十三歳の誕生日。本来なら屋敷でパーティーあるいはお茶会が開かれるのだが、この日は両親共に領地の視察に出ており、兄は魔法学院の寮があるのでわざわざ私の誕生日のために屋敷に戻ることはなかった。


 心細いと思って窓の外に視線を向けたら雪がちらついている。王都ではあまり雪が降らないのだけれど、珍しい。いつも声をかけてくるイアンも今日は姿を見ない。


 寂しい誕生日を憂いて、使用人たちがこっそり料理を豪華にしてくれた。

 それでも一人で迎える食事は寂しくて、家族や婚約者から「おめでとう」と言われないのは子供ながらに悲しかった。

 味気ない料理を食べて早めに休もうとしたその時。


「エステル、まだ起きている?」

「ギル? ……うん!」


 子猫が突然部屋に姿を見せた。頭に雪が少し積もっており、小さい体をブルリと震わせる。

 ギルが姿を見せただけで世界が一瞬で華やいだ。両手で収まるほどの愛らしい姿の子猫を抱き上げると、頬擦りする。温かい。


「ギル。会いたかった」

「ふふふ、私も」


 ゴロゴロと本物の猫のようだ。小さな温もりだけど他人と繋がっていると感じられて、ずっと抱っこしていたい。


「……と、忘れないうちに~、誕生日おめでとう」

「え。……どうして知っているの?」

「ゲーム設定に誕生日が載っているでしょう。それを覚えていたのよ」


 さらっと告げるギルに私は嬉しくて泣きそうになるのをグッと堪えた。ギルは「いつでも連絡が取れるように」とイヤリングの通信魔導具と、手紙のやり取りができる魔法のレターセットをくれた。


「私のために……用意してくれたの?」

「もちろん。この国に来るのは何かとリスクが高いけど、今後はエステルと連絡を密に取った方がいいと思って作ってみたの。……まあ、本当はケーキの一つでも用意できればよかったんだけど」


 ふと子猫の姿でケーキを作ろうと奮闘している姿が脳裏に浮かんだ。その姿は愛らしくて微笑ましい。ああ、けれど本来の姿は、女の子(?)っぽい感じなのだろう。この国に魔族はいないので外見のイメージがつかない。


 どんな姿であってもギルはギルだ。

 ギルの気遣いに私はいつも救われた。私の孤独を癒して世界を広げてくれる人。

 私の心が折れないでいられるのはギルがいるから。


「ありがとう。ギル。大好き」

「私も、大好きよ~」


 私にとってギルは恩人で、協力者で、大切な人で──そして、愛しい人だ。

 この日の夢を見るたびに、あの日出会えたのがギルでよかったと心から思った。


 ***


 ギルとの同居生活を開始して二ヵ月があっという間に過ぎた。

 その間庭の畑とは別に、ビニールハウスを作ってもらった。ここにはホウレン草や春菊、アスパラガス、トマトやイチゴと季節感関係ない植物が栽培されている。


 特に果実はジャムづくりのためにもかなりの量を植物魔法で栽培している。植物魔法ですぐに収穫もできるが、じっくり育てるとさらに素材に旨味が蓄積して美味しいのだ。やはり手間暇をかけた分、美味しく育つのは何処でも一緒なのだろう。


「すごい量ね。二人で食べきれるかしら」

「ふふふ、半分はジャムと果実酒やジュースにしようと思っているの。あとはスムージーとか暑くなってきたらいいでしょう」

「それは楽しみだわ。……ところでずっと不思議に思っていたのだけど、エステルの植物魔法って、この世界にない元の世界の野菜も作り出しているわよね」

「うん。この世界の食材は魔力を吸収しているからか、甘味であるショ糖、果糖、ブドウ糖はもちろん、うま味の呈味成分のグルタミン酸(こんぶ)イノシン酸(かつお節、煮干し)グアニル酸(きのこ類)の味わい部分が大幅に欠如しているの。でも私の作り出す植物魔法は私が実際に異世界で食べた味をベースに作っているから、魔力も実の中に凝縮して味も美味しく実っているんだ」

「(はきはき喋るエステルも可愛いわ)そうなのね」


 人間には基本五味(甘味、うま味、塩味、酸味、苦味)と渋味と辛味によって味が構成されている。しかしこの世界の食材は、基本五味と渋味辛味の呈味成分があまりないのだ。元から知らなければそんなものかと思うが、異世界転生者としては耐えがたいものだったりする。


「……あ、でもその理屈でいくならエステルが味と植物の形をイメージできれば、醤油やソースの植物ってできないの?」

「……………え」


 ギルの突拍子もない発言に私は目が点になった。私にはない着眼点だ。これは創造魔法(クリエイト)を持つギルだから思いついたのだろう。とりあえずイメージをより強めるために、家に戻りスケッチブックを持ってきた。


 イメージとしては大豆の葉と茎と実をスケッチしていく。見た目としては殆ど大豆と変わらないのだが、実は割ると醤油が出てくるという説明書きを入れる。色は濡羽色で艶があって、醤油独特の香りと書き記していく。


 ギルは私のスケッチブックを覗くように顔を近づけた。凛々しい顔立ちが間近にあることに気付き心臓の鼓動が跳ね上がる。


(ち、近い。そしていい匂いがする。香水かな?)

「(こんな感じで近づけば自然よね? ……にしても、エステルの肌っていつもすべすべで、甘い匂いがする。ハグしたいけど今は描いている途中だし、邪魔は駄目よね)エステルって絵も上手なのね」

「えへへ、褒めてもらえて嬉しい。模写はあんまり得意じゃないけど、自分の想像で描くのは好きなの」


 嬉しさのあまり振り返ると、ちょん、とギルの鼻と触れ合う。

 唇は──触れてないとは思うが、思いのほか一瞬で顔に熱が集まるのを感じた。ギルが屈んでスケッチブックを覗いていたからだろう。


「あ、え(キス? あううん、当たったのは鼻だけ)」

「あら触れちゃったかしら? (きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ真っ赤になっちゃって、かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。あーーーーーー、カメラ、ううん録画用魔導具を作っておけばぁあああああ)」

「ちょ、っとびっくりしただけ」


 ギルはいつもの余裕の笑みを浮かべ「可愛い」を連呼する。そうギルは可愛いものが大好きでもあるのだ。私の外見は──まあ、可愛い部類に入るのかもしれないが、愛玩具であって異性としてではないのだと思うと少し寂しい。自分の中に芽生えている恋心はすくすくと育っているが、それでもこの想いをまだ口にする勇気はない。というかこの二ヵ月が楽しすぎてアプローチが見事に空ぶっている。


(告白するにしても、もう少し段階を踏んで勝算を上げたい)


 そう思いつつ醤油実の植物絵が完成した。色合いも深緑色をベースに紫を少し入れた枝豆のような形で、大豆と似ているが潰すと液体──醤油が出てくるという感じも書き加える。イメージができ上ったのち植物魔法を展開する。


「植物魔法──生成(クレアツィオ)──成長(アドレスケレ)──収穫(メッシス)


 若葉色の淡い光と共に小さな種が畑の空いているスペースに埋もれ、急成長を遂げていく。それはまるで映像の早送り(コマ送り)のようだ。


 青々とした主茎(しゅけい)が伸び、本葉(ほんよう)へと成長し、白と淡い紫色の花が咲き、枯れ、枝豆のような実を付けていく。実を付けたことで葉や茎は茶色へと枯れていき、水分が抜けきった枯れ木色へと変貌を遂げ──そこで淡い光が消えた。


「ふう。見た目的には成功したように見えるけれど」

「うん。あとは中身……」


 試しに(さや)から豆を取り出して潰してみる。褐色の汁が出て、仄かに醤油独特の香りが鼻腔をくすぐる。ちょっと舐めてみたところ濃口醤油の味に近い。


「んー、醤油だ」

「本当? どれどれ」


 そういってギルも大豆を潰して口に含む。「んん、醤油!」と口元を綻ばせる。


「一回で成功するなんてエステルはすごいわ」

「それを言うならギルの発想の柔軟さだと思う」

「もう、謙遜するところも可愛いんだから」


 いつものノリでギルは私を抱き寄せる。ギルにギュッ、とされるのはすごく好きだ。抱き付かれると心臓の音が跳ね上がるが、温かくて心地よい。ギルにとってスキンシップは、挨拶のようなものだろうけど私には嬉しいので、ぐるりと向き直って抱き付く。


 先ほど段階を踏もうと考えたが「いっそ告白して意識させるのはありなのでは?」という考えに行きつく。勝算とか吹き飛んで好きだという気持ちが抑えきれなかったからだ。

 衝動に近いだろう。


「ギル……あの、ね」

「なに?」

「私は──」


お読みいただきありがとうございました(੭ु >ω< )੭ु⁾⁾♡

最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。

次は明日19時過ぎに更新予定です。


下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡

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― 新着の感想 ―
[良い点] エステルの食べ物への未練たらたら祖国の人々、からのこの二人のいちゃいちゃのほほん回。心が洗われますね……かわいい……二人共かわいい……
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