第17話 義兄サイラスの視点3
「このノートはエステルが書いたものですか?」
「ええ。『自分の死を嘆いてくれる人が現れたら渡してほしい』と申しておりました」
「!」
今すぐに手に取って中身を確認したい衝動に駆られたが耐えた。両手を組んで少しだけ俯いた。
「私がこれを受け取っても? エステルを悼む者はこれから出てくるのではないのですか?」
「問題ありません」
ぴしゃりと言い切る。にこやかだけれどそれ以上の情報は出さないと言った顔だ。さすがは商売人。交渉をこちらの有利に持っていくのは骨が折れるだろう。それでも有益な情報を手に入れたことに喜びつつノートを受け取った。
「リュビ殿、エステルが亡くなったことで──、いや今後なにか困ったことなどあれば力になろう」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが商業ギルド連盟には既に営業停止の書面を提出しておりますので、ある程度落ち着いたら国を出ようと思っております」
「他国に移住をお考えなのですか?」
「さあ、どうでしょう。今まで仕事ばかりでしたので外の世界を見て回ろうかと思いまして。そうしたら新しいご縁もあるかもしれませんし」
会話自体はよくある世間話のそれに近い。だが言葉の端々に嫌味を乗せてもリュビはさらりと躱してしまう。情報を得ようにものらりくらりの回答ばかりで、事前にこちらが調べた情報以外何も聞き出すことはできなかった。
「ああ、そういえばルーズヴェルト公爵はその後いかがでしょうか。こちらに挨拶にいらした際、酷く落ち込んでおられましたので」
「父が?」
それは情報がなかった。客として来ていたのか、あるいは仕事か。リュビの表情から何か読み取ろうとしたが、悪意のない笑みを向けられて毒気が抜けてしまう。
「父はエステルがギルドに貢献していることを知っていたのですか?」
「ああ、いえ。我がギルドで人気だった育毛剤の製造がストップしたとお手紙を各所に送ったら、唐突に店にいらっしゃいまして──」
(い・く・も・う・ざ・いいいいいいいいいいい!?)
最近、妙に落ち込んでいると思ったら、実の娘を失った悲しみじゃなくて髪の毛の心配だったのか──と激高しそうになった。なんというか、ちょっとだけ義妹が不憫に思った。髪の毛の問題で落ち込んで仕事が手に付かないとか──こっちに仕事を丸投げするな。だいたい髪の生え際がすこーーーし、広がっただけじゃないか。必要か、育毛剤!?
「ちなみにルーズヴェルト夫人は化粧品関係で同じように店に乗り込まれました」
(は・は・う・えぇええええええええええええ!)
夫人もか!
もうリュビの顔が見られずその場で項垂れた。義両親の蛮行に恥知らずな数々。その上、実の娘を失ったことで引きこもっていると思ったら、商品の発売中止で落ち込んでいるという。
「……身内が迷惑をかけたようで、本当にすまない」
「構いませんよ。エステル嬢も『私自身にもしものことがあったら気を付けて』と仰っていましたし。……まあ、サイラス様は真面目な方なようなので一つだけ助言を。エステル嬢の訃報によって国は暫くは荒れると思います。どのような波に乗るかによって今後が左右されると思いますので、しっかりと見極めてください」
「……あ、ああ」
そう言うとリュビは深々と頭を下げ、立ち上がった。
見送りに席を立とうとしたが、丁寧に断られてしまった。使用人を呼び失礼がないように馬車を手配して送り届けるよう指示をした。
最初から最後までリュビから情報を聞き出すことはできず、完敗としか言わざるを得ない。慰めかあるいは同情からかリュビから手にしたノートを強く握りしめた。
エステルの文章を見たのは何年ぶりだろうか。少し癖のある筆跡で、仕事の合間に菓子と一緒にメッセージカードがあったのを思い出す。直接受け取るのを断ったら、使用人からコッソリ渡してくれた。
あの時はお節介な使用人が多かった。
甘いものは好きではなかったが、その時の……あー、クッキィーだったか。甘じょっぱく、パンとは異なり、ちょうどいい歯ごたえもあったアレは美味かった。そう伝えようとしたが仕事が立て込んでいたのでメッセージを贈るのが精いっぱいだった。もっともその後、義妹からの返答はなかったが。
まあ、たぶん──義妹には届かなかっただろう。その原因も、義妹が孤立した理由も分かっている。
(……本当に、今更だ)
「サイラス、客人が来ていたのか?」
客室に入って来た男は白いシャツ、上下共にネイビーのスーツを着こなし、新品の黒革も履き慣らしつつある。背丈もあり顔もいい。もっとも海賊を彷彿とさせるような黒の眼帯は、従者のころと変わらずに装着しており未だに似合っていない。
私は席を立つとかつての従者イアンとしてではなく、第二王子フェリクス・エル・ド・アドルナート殿下に頭を下げた。
「はっ、ディーンの話では義妹が商業ギルド・パンドラサーカスに商品を納品していたようでしたので、詳細を聞こうとお呼びしておりました」
「そうか」
フェリクスはソファに腰を下ろし、足を組んだ。鳶色の鋭い視線は私の持つ一冊のノートに向けられた。
「──で、それは?」
「義妹が残していったノートだと言っておりました」
「そうか。じゃあ、私が預かってもいいよな」
「……その前に中身を読んでも? まだ途中でしたので」
「私が読み終わった後なら好きにすればいい。エステルを孤立させて私だけを頼るように仕向けたというのに、まさか私や君の目を盗んで商業ギルドと関わりを持っていたなんてね」
「……はい」
眼前の御仁は天才的な頭脳を持ち、智謀にも長けている。この屋敷に従者としてきたのは第二王子が成長するまでの保護であり、来る日に向けて第二王子として台頭し、王太子の座を掠めとるための準備を調えるためでもあった。
第二王子は長年他国に留学ということで、後継者争いを放棄させたと見せかけて水面下で貴族たちの支持者を募り、婚約破棄の一手でダメ押しとなる所だった。
ソレーヌ嬢を差し向けたのも支持する貴族の子息や令嬢の仕込みだ。王妃教育が完璧だったエステルを一方的に婚約破棄させるところは計画していたが、まさか卒業パーティーの、しかも公衆の面前で行う──馬鹿とは思わなかった。こちらとしては有難いが。
あの時はエステルと王太子グリフィンとの婚約破棄を行ったという事実を広めることや、グリフィン殿下がこれ以上馬鹿な真似をしないように同席した。
エステルが去った後、義妹の屈辱を晴らすため殿下に反論したことで、集まっていた周囲から私は非難を浴びることは無かった。
その後、あまりにも後先考えぬ王太子グリフィンの言動は、他の貴族たちの顰蹙を買い支持者も続々と見限っていると報告が入る。予定では傷ついたエステルを癒す役目がフェリクス殿下で、今回の一件が終わった後でフェリクス殿下は身分をエステルに明かし、プロポーズをする手はずだった。
最初から最後まで私たちはエステルの心をあまりにも蔑ろに──軽んじていた。
いや侮っていたのだ。
(フェリクス殿下の激昂を収めるには、どうすべきだろうか……)
「エステルのことは残念だったが、まずは愚兄を王太子の座から引きずり下ろし、私が王太子として舞い戻る。そこからだ」
「!」
あれだけエステルに拘っていた人とは思えないほど、アッサリと義妹の死を受け入れていた。しかしこちらとしても殿下の不興を買わずに済むのなら、深く聞かない方がいいだろう。
「はっ、我が主」
お読みいただきありがとうございました( ´꒳`)/♥︎ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は明日8時過ぎに更新予定です。
次回からエステル視点に戻ります。両片思いの二人はどんなことになっているのやら?
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