第15話 義兄サイラスの視点1
愚妹の葬儀が終わり曇天の下、屋敷に戻った。玄関に入った途端、背後ではバケツをひっくり返したような土砂降りが降り注いだ。
愚妹の葬儀の参列者は少なく、あっという間に終わった。ただ事後処理やら葬儀までの準備などで疲労感はかなり蓄積されているだろう。いつになくちょっとしたことで苛立ってしまう。
(チッ、このクソ忙しい時に余計な面倒をしてくれたものだ)
あの馬鹿王子を引きずり下ろすための駒として役目を果たしたまではよかったが、愚妹が死ぬことで《あの方》との約束が反故になる可能性が出てきた……。
こちらとしては新たに王太子を立てる準備をして、愚妹は《あの方》と改めて婚約させるつもりだったのに──。
使用人にレインコートを預けると執事に声をかける。義父はまだ帰ってきていないようだ。懐中時計の針は三時半過ぎを示していた。昼食を抜いていたのもあり、夕食までまだ時間がある。
「セバス、今から料理長にショォーユラァメンとガァリックマシマシギョウズァを作ってほしいと伝えてくれ。できたら書斎に持ってくるように」
「──っ」
老齢で常に柔和な笑みを浮かべていたセバスの表情が凍りついた。その反応を訝しみつつ書斎へと向かうのだが、セバスは遅れて後を追いかけてくる。こちらに調理場はないはずだが──。
「申し訳ありません、サイラス様。もう以前のようなショォーユラァメンとガァリックマシマシギョウズァを作ることはできません」
「そうか────は?」
思わず足が止まってしまった。今後の予定とか諸々の問題が一瞬で吹き飛んだ。セバスは物悲しそうな顔を見せ、言葉を続けた。
「調理ができない──というわけではないのです。ただ今まで使っていた食材を入手することはできず、同じレベルのものを作るのは絶望的でございます」
「食材が? そんな高価なものを取り寄せていたのか? 帳簿を見る限り、さほど高いとは思わなかったが? それとも他国の旬のものだったとか」
「あれらの食材はエステル様が温室でお育てになっていたものでございます!」
絞り出すような声でセバスは告げた。彼にしてみればエステルは孫のような存在だったのだろう。よく廊下で話をしているところを見た気がする。自分よりもセバスの方が身内を失った顔をしているのを思うと、少し複雑だった。
「……エステルごときが作ったものなら、他の奴に作らせればいいだろう」
「サイラス様、お忘れですか。お嬢様は《植物魔法》の使い手だったことを」
「ああ、それは聞いているが別段珍しいわけでも──」
「お嬢様の作る野菜は甘味が多く、味わいが異なります。なにより、我々の知りえない野菜や果物、香辛料なども育てておりました。その点に関していえば、国中を探しても代行できる者はいないかと存じます」
「な……ん、だと……?」
たかが植物魔法と思っていたが愚妹は攻撃や回復関連ではなく、食材に特化したものだった。しかも愚妹が温室で育てていた野菜や果実は味に甘味があり、料理が上手いという。なによりショォーユラァメンのスープはどのように作っているのか不明で、たとえメェンができても肝心のスープの再現は不可能に近いとか。
「だ、だがガァリックマシマシギョウズァなら、まだ作れるのではないか?」
「残念ながらこの国に、ガァリックと呼ばれる──あるいはそれに近しい球根はありません。近い物では猛毒のもので、代用できるものもなくガァリックマシマシギョウズァの材料でもある多年草、スパイスなども含めてないのでございます!」
「ば、馬鹿な……」
思わず頭を掻き毟って前髪を崩した。
窓の外では凄まじい豪雨が荒れ狂っており、それは自分の感情を表しているかのように見えた。ふとそこでセバスの言っていた「温室」という言葉が引っかかった。
(温室、確か屋敷の奥にそんなものがあったか……。温室ならまだ種が残っているのでは?)
そう頭で考えた瞬間、体が動いていた。廊下を大股に歩き今までで殆ど行ったこともない渡り廊下を通って温室に入った。
ドーム型の部屋三つ分ほどの大きさで予想よりも天井が高かった。土砂降りの雨も分厚い硝子の壁と防音魔法によって雨音は殆ど聞こえてこない。
中に入って畑があるのかと思ったが、観葉植物などが殆どで薔薇の垣根のせいで周囲を見渡すことができない。奥へ入ると畑らしき場所が見えたが──それと同時に、この場に相応しくない人物が目に入った。
紺色の軍服に身を包んだ従弟のディーンと騎士数名が畑──だった場所を何度も掘り返していた。しかも力任せにやったのか、頬や軍服が土まみれだ。
ディーンは金髪碧眼の百八十を超える長身で、体格もいい。現在は騎士見習いではあるが実力は他の騎士に引けを取らないらしい。
ディーンと目が合った瞬間、眉を吊り上げて睨んできた。直感でディーンもエステルの植物魔法で得た何かを欲していたのだろう。何としてもショォーユラァメンとガァリックマシマシギョウズァは渡さん!
「ショォーユラァメンとガァリックマシマシギョウズァは私のものだ!」
「イグサをどこにやった! あれは騎士団が頼んでいたものだ!」
互いの主張を叫んだ。
数秒の沈黙。
脳にディーンの言っていた言葉がしみ込んでくる。
「イグサとは何のことだ?」
「はあ? エステルが植物魔法を使ってある魔導具の原料を商業ギルドに納品していたんだよ。あー、クソッ!」
商業ギルド。
我が国ではいくつもの商業ギルドが存在するが、騎士団が重宝する商業ギルドとなると有名どころとなる。その納品をエステルが請け負っていた。また愚妹の新たな一面を知り苛立ちと憎悪が膨れ上がる。
感情的になりかけたが自分よりも怒り狂って畑を荒らしていたディーンを前に、少しだけ冷静になって思考を巡らせた。
「ディーン。その商業ギルドの名前はなんだ?」
「あー、たしかギルド・パンドラサーカスだったかな。結構大手だったんだが、今回エステルが死んだことでギルドを畳むとか言い出してさ」
「は? ……いま、パンドラサーカス、と言ったのか?」
「そうだよ。あー、今後イグサの中敷きがなくなったら水虫が再発するっていうのにぃいいいい!!」
(あの大手商業ギルドが?)
お読みいただきありがとうございました(◍´ꇴ`◍)
最終話まで毎日更新していきます。
次は19時過ぎに更新予定です。
さて、みなさまの予想は当たったでしょうか?
次回もサイラス(義兄)視点になります。お楽しみに。
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