第12話 王太子グリフィンの視点
最初から目障りだった。
僕が十歳になり婚約の顔合わせの時に王家の申し出を断ろうとしたところも、僕に対して遜らないところも、澄ました顔も、王妃教育を真面目に受けるところも、全部気に入らなかった。そんなことをしたら僕が「息抜き」と言ってさぼれないだろう!
婚約を白紙にするために無理難題を出して困らせたかったのに、さらっとこなすのも嫌だった。僕を頼ろうとしない女の子らしくない態度も腹立たしかった。
弱々しくて守ってあげたいと思うような子がいい。僕がいないと潰れてしまうような──そう、ソレーヌのような子がまさに理想だ。儚げで、庇護欲を掻き立てる。身分や立場なんて関係ない。
今後一生添い遂げるのなら好いたもの同士がいい。悲しいことにソレーヌともここ数日会えていない。
それにエステルも最初から婚約破棄を望んでいた。だから、婚約破棄をしたというのに──。
今は王族居住区域の《戒めの塔》に半ば監禁されている。部屋も狭くせいぜい二十平方メートルで、今までの半分以下の広さだ。ベッドとソファと机が一緒にあるなどあり得ない。浴室とトイレが隣室にあり、内側から出入りは不可能。外側から鍵が掛けられているという罪人のような扱い。
ソファに座っていても苛立ちは収まらずテーブルを小刻みに指でトントンと叩く。
「まったく度し難い」
「殿下、堪えてください。それでなくともエステル様との婚約破棄を卒業パーティー会場で行ったことはもちろん、その結果エステル様を事故死に追い込んだ責任を考えれば王太子の任を解かれてもおかしくないのですよ」
「うるさい!」
従者のロミオはまくし立てるので、テーブルを叩いて黙らせた。
今更言われなくても分かっている。
父上と宰相の前で書面にして自分の行ったことを読まされ、くどくど説教されて滅入っているのだ、蒸し返されるだけでも腹が立つ。
公爵家に対して礼節を欠いた言動を行ったこと。
男爵令嬢への嫌がらせの主犯がエステル嬢だという確たる証拠もないのに公衆の面前で誹謗中傷を行ったこと。
婚約者でありながらエステルのエスコートを今まで拒否して代理に押し付けた等々。
最後に公爵令嬢を事故死とはいえ、追い詰めたこと。
(あの女、最期まで僕に迷惑をかけやがって!)
パーティー会場での断罪行為に関して、他の貴族から批判的な意見ばかりで陰口が叩かれている。ソレーヌに「卒業パーティーで見せしめにすべきです」と押し切られてしまった部分はあるが、僕自身増長しつつあった公爵家を牽制するためにも必要だと判断した。
それが蓋を開ければ何もかもが悪い方向に向かっている。
本来ならソレーヌと一緒に春休みを満喫している間、エステルには雑務を押し付けるつもりだったのに──どこで計画が狂ったのか。
(もう少しエステルに気を使っていれば? いや、あんな素っ気ない女をなぜ僕がフォローしなければならない!?)
思い出すだけで苛立ちが増した。ふと部屋の時計が目に入り、十五時過ぎだと気づく。──ああ、ここ数日こんなところに閉じ込められて忘れていたが、アレを食べれば少しは気持ちが晴れるだろう。
「ロミオ」
「はい。……どうされました?」
「料理長に言ってフレンチフライとジンジャエァールを持ってくるように伝えろ」
あの病みつきになる食感とうま味、あとから来る塩味。そして喉越しの爽やかなシュワシュワでエールとはまた違った甘味と味わい。なによりあの細長く熱々のフレンチフライに合う。
以前は「毎日食べたい」とリクエストしたところ、カロリーだとか量が云々で五日に一度と決められてしまったのだ。そう諫言したのはエステルというのだから更に鬱陶しく思った。
昔からそうだ。僕に対して口うるさい。あんな美味しい物をなぜ制限を掛けなければならないのか、まったくもってわからない。
僕がソファの背もたれに寄りかかりロミオの返事を待っていたが、一向に言葉が返ってこなかった。不審に思い視線を向けると目を合わせようとしない。
「ロミオ?」
「あー、ええっと、ですね。非常に言いづらいのですが──もうフレンチフライやジンジャエァールをお出しすることができないそうです」
「なんでだ!?」
今までの中で一番腹立たしい言葉に目を見開きロミオを睨んだ。ロミオは両肩をビクリとさせ、身をすくめる。
「料理長が拒絶しているのか? それとも食材の在庫を切らしたのか?」
「その食材を提供してくださったのがエステル様でして……調理方法を新しい料理長には伝えていなかったらしく……」
「はああああああああああああああああ!?」
発狂し、血管がブチ切れるかと思った。怒りの矛先をロミオに向け、胸倉を掴みかかった。
アレが食べられない。それだけで激昂するには十分な理由だった。
「ふざけるな、ふざけるな! はあああぁ、なんでここでもあの女が出てくるんだああああ!」
「あの……殿下」
「なんだ!?」
「覚えておられないのですか?」
「なにがだぁ!」
「去年、『公爵令嬢なら料理の一つぐらいできるだろう?』と殿下が無理難題をエステル様に押し付けたではないですか」
「そんなことあったか?」
「ありました。そこで出したのがフレンチフライやジンジャエァールです。エステル様が最初に作ってお出しした際に『毎日用意しろ』と命令し、エステル様は体に悪いからと日数を空けることをお伝えしたところ──大激怒され、『顔も見たくない』と言い出して『料理と飲み物だけ提供しろ』とおっしゃったではないですか」
「は? 僕……が?」
「はい」
まったく思い出せない。無理難題なら今まで数えきれないほどしてきたのだ一つ一つ覚えていられるか。
「……そしてエステル様が風邪を引いてご要望のものを用意できなかった際に憤慨し、レシピを料理長に渡したものの出来上がった料理をお出ししたところ、お気に召さずレシピを暖炉の火に投げ捨て、当時の料理長をクビにしたのもお忘れですか」
そんなことが──あったような気がする。
ああ、そうだ。美味かったのが腹立たしくて、ムカついた。
だからしょうがなく『毎日作ってこい』と要求して、あの女が文句を言ったのだ。
エステルの癖に僕の希望を断ったのが悪い。そう腹立たしくて、感情の赴くままに癇癪を起した。それがここにきて自分に返ってくるとは──。
怒りから一瞬で絶望に叩きつけられた気分だ。足に力が入らず、その場に崩れ落ちる。
ありえない。あの極上の逸品をもう味わえない。ただその事実に戦慄した。
もう知らなかった頃には戻れないというのに──。
「あ、あ、嘘だ。あれが食べられない……だと、あああああああああああああああああああああ!」
お読みいただきありがとうございました(◍´ꇴ`◍)殿下視点でした。
フライドポテトって美味しいですよね( *´艸`)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は19時過ぎに更新予定です。
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