竜族の複製
空を見ると、ここは直接の外では無く硝子で覆われているのが分かる。
人の背丈の3倍程の大きな植物や、手のひら程の小さな花まで様々だ。
植物園、のようだ。
但し硝子が一部割れていたり古びた手すりが、ここが廃墟であることを知らせる。
植物達もかつては綺麗に育っていただろうが、今は自由奔放に伸びてしまっている。
「じゃあ、瑠璃って呼ぶね。瑠璃はここの地下に閉じ込められていたんだ。実験施設、だったみたいだね。僕達もここに来たのは1ヶ月前の話だから…詳しくは分からないけど。どのくらいの事、覚えてる?自分の住んでた場所とか」
竜族の仲間と住んでいた村は、竜族が追われるようになってからはどうなったのかは分からないが、閉じ込められていたこの施設すら、荒れた有り様なのにもう残ってはいないだろう。
「多分、故郷はもう無いと思う」
「そっか…それなら、僕達としばらく過ごす? 身体を動かすのもままならないでしょ。僕達実はちょっと堂々とは暮らせない身ではあるんだけど、瑠璃が良ければ」
確かに、身体は閉じ込められていたせいで僅かに身じろぎできる程度しか動けそうにない。
起き上がるのも、まだ困難かもしれない。
「一緒に居たい」
それに、天と離れる訳にはいかない。
返事に天は微笑む。
「良かった…じゃあ、ちょっと着替え持ってくるから待ってて。丁度この前、服を見つけたんだ。着てる服だいぶ劣化してるみたいだから」
自分の着ている服を見ると酷い有り様だった。
劣化しすぎて、動くだけで布が砂のように崩れそう。
完全に解けてなかっただけマシだ。本当によかった。
経った年月が普通じゃないから、劣化具合も普通じゃない。
竜族の寿命を考えれば普通なのだが、人間の寿命から見れば不自然だろう。
違和感を覚えられたかもしれない。
だけど、天は微塵もそんな様子を出さない。
「この場所、泉が暖かくて温水プールみたいなんだ。石鹸もあったから、持ってくるね。ご飯は今丁度仲間が狩りに行ってる所だから、ちょっと待ってて」
天は私の身体を横たえ直すと、隣の建物に繋がる廊下へ向かう。
「ありがとう…」
その背を見送りながら、私ははた、と思う。
そう言えば、私は動けないのにどうやって身体を洗えばいいのだろう。
洗うどころか、水を飲むことさえ介助がいる。
前はどうやっていたっけ。
竜と見た一部しか、思い出せないから全然分からないけど…これは。
「お待たせ」
天が戻ってくる。
タオルは二枚、ある。
やっぱりそうだよね!
「あの、私…」
なんて言ったらいいだろう。
洗わないで?
いやいや、流石にない。
自分でやる?
不可能。
天が私を抱き上げる。
天の胸の鼓動が近い。
泉の前に来るといよいよ覚悟を決めるしかなくなる。
「後ろから、できるだけ見ないようにするから…ごめんね」
好きな人に、身体を洗われるって拷問だと思う…。
しかも、恋人同士でもないのに。
だけど、逃げ場なんかない。
一度天は木に私の背中を預けると、自身の上着を脱ぐ。
思ったより筋肉のある白い身体を見ないように目を背けたが、その時天の背中に人間では有り得ないものを見て視線を戻してしまった。
「僕の背中気味悪いよね…嫌なもの見せちゃったね」
背中には、白い鱗が生えていた。
それは、竜の身体を覆うものと同じ。
虹の輝きを僅かに纏う。
何故天の背中に鱗があるのか、私は思い出した。
天は軍の実験で生み出された、竜族のクローンなのだ。
竜の本体のように色素が薄いのがより竜に近い者だとして、軍は理想を追い求めた。
だが、完全なクローンを軍は創れなかった。
世界の狭間に繋がれず、半不死でもない。竜の本体の姿も持っていない。
身体能力の向上はあるが、竜族とは似て異なる存在だった。
天は、軍から逃げてきたのだった。
今は外にいるだろう二人と一緒に。
「全然、気味悪くなんかない。…寧ろ綺麗というか」
天が一瞬目を見張り、笑み崩れる。
鮮やかな変化だった。
「そんな事言われたの初めてだ…。良かった、瑠璃に嫌われなくて」
「嫌いになんか…!…なるハズないっていうか」
モゴモゴと俯くしかなくなる。
「じゃあ、今からする事も嫌わないでくれると嬉しい」
期待するように切なく微笑まれても返事に凄く困る!
「嫌いにはならないけど、簡単にでいいから」
「そう言う訳にもいかないでしょ?」
もう身体が動けたら、本当に良かったのに!
中途半端な不死性を恨むよ。