第五話 『はじめてのでーとぱーとわん』
※だいぶ開きましたが、久々に更新しました。
久々に書きましたので、何卒お手柔らかにお願い申し上げます。
※2022/11/14 一部言い回しを修正しました。
――今は放課後。やうやう遠くなりゆく正門。
サイコパス学園から出たすぐの大通りを俺達は仲良く歩いていた。
桜並木が堂々たる様子で立ち並び、力尽きた桜の花びらが、コンクリートで構築された道路のあちこちに散らばっている。
学校と言う名の牢獄から解放された囚人達は、友人もしくは恋人達とニコニコ顔で闊歩していた。
そんなリア充達を横目に見ながら、俺は自分の置かれた状況を自分の頭の中で改めて整理することにした。
まず俺は親に言われるがまま、急に転校することになった。この理由については現在も不明。訳も分からないまま転校した初日に、ピエロさんに目を付けられて、そのまま円野宮家のご令嬢まで紹介されてしまった。しかも学園周辺を案内すると提案してきてくれたので、お外に出ることになった。――まぁこんなところだろうか。
うん。確かに今この状況だ。まさか、道化師さんと円野宮のご令嬢様にお外に連れ出される日が来るとは思っていなかった。明日にはニュースでも放送されるのではないだろうか。
これで俺も有名人の仲間入り。先祖代々の墓参りにも胸を張って行けるだろう。
――いやいやいや! ちょっと待ってください!
確かに、確かにですよ。二人とも綺麗な顔立ちをしているから、外野から見れば羨ましいかもしれない。
しかし、しかしですよお兄さん。うち一人は十二歳、もう一人は二十二歳。これはもう色々アウトじゃないですか。放送されるとしても、間違いなく深夜枠ですよね。
「あれ? 久山さん、険しい顔をして一体どうされたんですか?」
ん~? と右側から覗き込むようにして顔を近づけてくる羅無多さん。幼い顔立ちは確かに愛らしいが、どこか悪意ようなものを感じるのは、気のせいだと思いたい。
「ちょっと、また羅無多に色目使って! いい加減にしないと君を国から追放するよ!」
鬼神の如き形相で、左方から罵声を浴びせてくる雁麻嬢。整った顔立ちがものの見事に崩れ去り、折角の別嬪が台無しになってしまっている。
……まぁ、いくら円野宮のご息女様であっても、俺を国外追放などできるはずがない。ここはファンタジーの世界ではなく、日本国と言うリアルの世界なのだ。
にもかかわらず、こんな中世ヨーロッパのようなことを言い出す彼女は、とんでもない妄想癖の持ち主と呼ばざるをえないだろう。
「あの……雁麻さん? どのようにして俺を国から追放されるおつもりなのでしょうか?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「そんなもの、君をスペースシャトルに放り込めば一瞬で片が付く話だよ!」
想像を遥かに超える方法を提示され、俺は呆気に取られてしまう。
それ、最早国外と言うか宇宙に放り出してますよね? 宇宙で生きていくための手段とか、全く知らないんですが。
「フフフ。思ったより物理的な方法で追い出すんですね。もっとメルヘンチックなことを言い出すのかと思ってましたよ」
茫然自失の俺を尻目に、羅無多さんが遠回しに雁麻姉さんをけなす。
「当然だよ。こういうのはリアリティが大事だからね。そもそも僕が、頭の中でお花畑を育てているような人に見えるかい?」
そして雁麻さんは、そんなけなし言葉をものともせず、さも当然のように答える。けなされていることが伝わってないのだろう。これには脱帽せざるをえない。
しかしあれですよね、雁麻お嬢様。貴方は自分の頭の中でお花を普通に育ててますよね?
「おっと。私としたことが……。貴方の頭の中は、お花畑ではなく銀河でしたね。無限の可能性が広がっていて、本当に羨ましい限りです」
おいおい、いくら雁麻さんであってもこれが嫌味であることは伝わるだろう。
「おお! 羅無多凄い! 実は今、円野宮グループでは宇宙事業への展開を始めようとしていたんだ! まだ新聞にも載ってないのに、良く分かったね! まさに宇宙には無限の可能性が広がっているんだ!」
雁麻さんが尊敬の眼差しを羅無多に向け、嬉々とした面持ちで高らかに語る。
予想の遥か斜め上からの回答に対して、天才の羅無多さんでさえも目を点にしてしまっている。
そしてニュースにもなっていない身内の機密情報を、さも当たり前のようにペラペラしゃべる円野宮お嬢様。
ダ……ダメだ、こいつ。すぐになんとかしないと――。
「そ、そうなのですね。それは確かに凄いですね。しかし雁麻、そう言った重要な情報は、あまり口外しない方が身のためですよ」
必死に頭を使って言葉を紡ぎ出し、雁麻にフォローを入れる羅無多。
雁麻さんよりも精神が成熟している羅無多でさえも、少し顔が引きつっている。
「そうなんだ! 勉強になるね! じゃあ次からは紙に書いて君らに配るようにするよ! これなら問題ないよね!?」
もしかしたら、自分はファンタジーに出てくる賢者なのかもしれないと言わんばかりの顔で、俺達に提案してくる二十二歳。
羅無多先生に至っては、回答があまりにも想定外過ぎて解が見つからないのか、頭を抱えてうずくまってしまった。
俺も雁麻さんも、そんなピエロさんの奇行を見て足を止める。
――正直なところ、俺も何を言ってあげれば良いのか全く分からない。こう言った時にかけてあげる言葉が見つからない。
「そ……そうだね。ま、まぁ何かする前に俺達に事前に相談してくれても良いよ。大したことはできないけれど、貴方の心のケアはできると思う」
「ん~。君に相談する前に、まずは羅無多に相談するかな。僕のことを一番良く理解してくれているのは羅無多だから。ね?」
ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべ、ナチュラルに羅無多さんにウィンクを投げる雁麻お姉様。
それを受けて、頭を抱え込んでいた道化師さんが徐に顔を上げる。
えっ? そうだっけ? と言う文字が顔に貼り付いているように見えるのは、恐らく……いや、絶対に気のせいだ。
「ところで話は変わるんだけど、今から僕達ってどこに行こうとしてるんだっけ?」
「え……えっとですね。まずは無山公園、次に童卦商店街へ行って、そのまま休憩と言う名目で、新設のカフェへ連れ込もうかと思ってます」
雁麻さんの一言で自分のペースを取り戻した羅無多さんは、ゆったりとした動作で腰を上げつつ、新幹線並みの頭の回転速度で言葉を並び立てる。
最後の一言は、どこか卑猥なワードのように聞こえたが、聞き間違いに違いない。
「カフェって、あの商店街に新設されたカフェだよね! 良いよねカフェ! 僕もあのカフェ前から行ってみたいと思ってたんだ! やっぱり羅無多は抜け目がないね!」
「フフフ――。こう見えて私は甘いものには目がないんですよ!」
二人とも目を輝かせながら、俺を一人置いてきぼりにして雑談に花を咲かせている。
あれ、俺がいる意味なくないか?
「あ、でもカフェは気になる人と行きたかったので、久山さんと行けてとても嬉しいですよ」
一人アウェイな状況の俺に対し、どこか小悪魔な表情を向ける羅無多。
羅無多の一言を聞くなり、穏やかな顔をしていた雁麻から表情がスッと消えた。
「――久山君。本当に残念だよ。君とは良い友達になれると思ったのにね。短い間だったけど楽しかったよ。さよならだね」
猛禽類の眼を携え、なおかつ氷のように冷たい声を出す円野宮様。その瞳の向こうに感情の色は見えない。
彼女は俺をここで始末するつもりなのだろう。このままでは、明日には東京湾に浮かぶことになるかもしれない。
「あれ? どうしたんですか、二人とも? 無山公園に行きましょうよ!」
さっきまでの悩んでいたのが嘘のように、高いテンションで俺達の間に入ってくる羅無多さん。
羅無多さんの無邪気な姿を見るや否や、あからさまな舌打ちをする暗殺者の女性。
「君も命拾いしたね。だけどせいぜい夜道には気を付けた方が良いよ」
俺を鋭い眼光で一瞥すると、アサシンは次の瞬間には円野宮家のご令嬢へと戻っていた。
そして何事もなかったように、幼いピエロさんに笑顔を向ける。
――全く、この二人と一緒にいると、命がいくつあっても足りないな。
そんなことを思いながら、俺は二人と一緒に歩を進めるのだった――。