第二話 『そうそうたるめんばーぱーとわん』
※2022/04/21 羅無多の格好を一部変更しました。何卒宜しくお願い申し上げます。wo
※2022/05/06 ゆう様が羅無多のイラストを描いてくださいましたので、末尾に載せさせていただきます。
昼休み。俺は一人で今日起こってしまった出来事を反芻していた。
――やってしまった。本当にやってしまった。転校初日に、完全に取り返しのつかないことをやってしまった。
もうだめだ。これはもうだめだ。このありさまでは、俺は一生お嫁には行けないだろう。
これから先、俺はどうやってこの高校生活を乗り切れば良いのだろう。全く分からない。ああ、神よ。我を救いたまえ。
「やぁこんにちは久山さん。災難でしたね。まさか自己紹介で舌を嚙んだがために、薔薇族の称号を与えられてしまうなんて」
頭を抱えて机に伏している俺の頭に、鈴を転がしたような綺麗な声が振りかけられる。
突然の呼びかけに驚いて前を向くと、そこには教壇から教室内を見下ろした時に見かけた、例のピエロが立っていた。
そのピエロは、平均的な男子高校生……いや、女子高生から見ても明らかに身長が低い。小学生とかの背丈と良い勝負だろう。この学校に迷い込んできたのだろうか?
「初めまして。私は不二崎羅無多と申します。以後お見知りおきを」
そう言って羅無多と言う名の道化師は、俺に向かって仰々しく一礼して見せた。心のこもった洗練された動きを見て、俺は一瞬見惚れてしまう。
確かに改めてみると、羅無多の顔立ちは悪くない。男の子とも、女の子ともとれるような中性的な顔立ちだ。鼻筋も通っているところを見ると、将来的には中々の美形に成長しそうな気がする。
それに、羅無多の道化師としての服装は、ある種の奇抜なファッションと言えなくもない。
黒いシルクハットの帽子に加え、顔に薄く道化師メイクを施している。両手には白い手袋を装着しており、両足には各々黒と白のニーソックスを履いていた。
確かに街中を歩けば、一人や二人くらいはこう言う身なりの人はいるかもしれない。ただし、学校に着てくるのは少しおかしいとは思う。――いや、だいぶおかしいだろ。
「ありがとう。よろしく頼むよ。ちなみに羅無多は何歳なんだ? なんかすごく幼く見えるけど?」
「フフフ。久山さん、良いところに気が付きましたね。私、実は飛び級してるんです。このクラスでは最年少。なんと今、ぴちぴちの十二歳なんですよ。若いでしょう?」
どこか自慢げに語る羅無多さん。
さすがに十二歳は想定外すぎる。飛び級していることも凄いが、この人の年齢も驚きだ。同年代の人間もいないし、寂しくないのだろうか。
「そうなんだ。それは確かに凄いな。ところで……失礼なんだけど、羅無多って、男なの? 女なの?」
そう。初めて会った時の違和感。それがこの道化師さんの性別が分からないというところ。正直、見た感じでは服装次第でどちらにも化けそうだと思う。
俺の質問を聞いた羅無多は一瞬小首を傾げたが、すぐにニヤリといじわるな笑みを浮かべた。
なんか企んでそうな悪い顔だな、おい。思いっきり顔に書いてあるぞ。
「そうですね。それでは試してみます? 今この場で、私とキスをしてドキドキしたら――分かるんじゃないですか?」
どこか意味ありげな表情を顔に張り付け、唇に右手の人差し指を立てながら、ぐいっと顔を近づけてくるピエロ。先ほどまで手の届かない距離にあったその芸術的な顔が、今は俺の目と鼻の先まで迫っていた。
しかし、こいつ本当に綺麗な容貌をしているな。唇は花弁のように赤くて艶っぽいし、まつ毛も長い。それぞれのパーツが、顔の上で黄金比で配置されている。これなら、男でも女でもまぁ良い――な訳にいくかい!
「ちょっと待て! 年齢的に俺とお前とでは色々アウトだ! 取り合えず一旦落ち着け! なっ?」
至近距離まで近づいてきた羅無多の肩を掴むと、俺はそのまま後方へと押しやった。
危ない、危ない。危うく一線を越えてしまうところだった。すんでのところで俺の理性が働いたようだ。
良くやった俺の理性。明日は、お前の好きなカレーライスだ。妄想の中で好きなだけ食べると良い。
「フフフ。冗談ですよ。久山さんがカッコイイので、少しからかってみただけです。まぁでも……既成事実の一つくらい作っても面白かったかもしれないですね」
ドキドキしている俺とは対照的に、やつはどこかとぼけたような言い方で悪魔のような表情を浮かべた。いや、むしろ悪魔そのものだったと言っても過言ではない。
こいつ本当に十二歳か? 年齢ごまかしてるんじゃなかろうか?
いや、ほんと。何を考えているか全く分からないよ、この人。誰かおいらを助けてくんろ。
すると、そんな俺の心の内を汲み取ったのか、俺を救う神のベルが教室中に鳴り響いた。
ここに来て、ようやく昨日やった神頼みと念仏の効果が出始めたようだ。発揮されるのが随分遅いような気がするが、結果オーライと言えるだろう。
「おっと――。これは残念ですね。もう少し久山君で遊びたかったんですが、時間切れのようです。また放課後、久山君で遊ばせてくださいね」
そんなことを呟きながら、軽やかな足取りで自分の席に戻って行く天使のような悪魔。別れ際、ご丁寧にウインクまでつける始末だ。
完全に羅無多の掌の上で踊らされている。まさか、十七歳の俺が十二歳に踊らされる日が来るとは思わなかった。
俺はこれから先、一体どうなってしまうんだろうな。
そんなことを頭に思い浮かべながら、俺は次の教科の準備を進めた――。
ゆう様が羅無多のイラストを作成してくださいました!
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