休暇は終わる
俺はゲキ。しがないチート取締官だ。
チート取締官はあらゆる次元世界に発生するチートたち(外れスキル、転生、引退、転移etc.)が圧倒的な暴力を見せつけて、それによる恐怖心でその世界を理不尽にコントロールするのを(できるだけ)穏便にとりしまっている。
だが、今はそんな殺伐とした任務とは無縁の時間を過ごしていた。
というのもひと仕事終えての休暇を楽しんでいたのだ。
前回は『外れスキル』相手の仕事だったが無事任務を終えて、『外れスキルを駆使して世界を支配して目についた美少女全てをを孕ましてハーレムエンドを迎える』はずだった元『外れスキル』のチト太郎君は無事に『普通の剣聖として活躍し小国の姫と結婚してそこそこの人生』を送るルートに入っている。
このようなチートという凶悪犯に立ち向かうチート取締官は激務だが、きちんと休暇はとれるのだ。
今回は田舎の港町の安宿に滞在して趣味の釣りを楽しんでいる。
俺はわりと田舎に来るのが好きだ。のんびりと釣りをしているとチートなんかを相手にする事で人間不信におちいりそうなすさんだ心が澄んでいくようなのだ。
もっとも、ここに来てからの釣果はよくなく一昨日、昨日とボウズだったが今日こそは大物が釣れそうな気がしている。
宿のおっさんも「明日は潮の流れがいいから気っと釣れるよ」と言っていた。
さあ、今日もたっぷり休暇の続きを楽しむぞ~。
(ゲキ、ちょっといいかしら?)
チート監視官であるチコからの急な通信魔法に俺は嫌な予感が抑えれられない。
(ありがたいねえ。休暇にまでチコちゃんの声が聴けるなんて・・・)
(・・・そんなに嫌そうな声を出さないでよ。仕事よ)
(あー、あー、きこえなーい)
(そんな子供みたいなマネしないでよ。ちょっと今回の相手は並みのチート取締官では手に余りそうなのよ)
(で、どんなやつなんだ?)
(今度のチートは元魔王よ)
(元魔王?ということは転生?それとも引退か?)
(・・・転生の方よ)
チコがため息をつきながら言うが、俺の方がため息をつきたいよ。なんで休暇だって言うのにそんな厄介な相手を俺にもってくるかね。
(転生かよ。面倒だな)
(しかも、覚醒済み)
(はあああ?最悪のパターンじゃないか)
(そう言わないでよ。休暇中のゲキには悪いと思うけど、他の特級チート取締官たちも手一杯なのよ。最近のチートの増加具合は半端ないんだから)
引退した魔王なら案外こちらの提案を受け入れてくれて下手にチート化しないこともあるが、転生の奴はたいてい説得に応じてくれない。
引退した魔王の中には結構本気で静かな生活を送りたいと思っている奴がいるから、こちらが上手く話しをもっていって、厄介ごとに巻き込まれないようにうまく誘導してやれば案外素直に従ってくれる事もある。
中には『なんちゃって引退』で「やれやれ、面倒ごとには関わりなくないんだがな」とか言いながらわざわざ自分から面倒ごとに首を突っ込んで「な、なんて奴だ、これほどの魔力は見たこともない!し、信じられない!」とか周りの者たちに賞賛されてイイ気分になるのを目的に『引退』している奴もいるが、ちゃんとした引退魔王なら善良な一市民の枠を出ないで立派に生活している元魔王もたくさんいるのだ。
むしろ勇者の方が『引退』してもやっかいな奴が多いがそれはまた別の話だ。
しかし、転生の方は魔王であってもそうはいかないケースが多い。
転生の場合はそれまでの生き方に悔いを残しているので、たちが悪い。
レベルや才能MAXの状態、つまりチート状態で転生してまでしたい事があるから転生するのだ。
無意識にチートになったチートと違って完全に狙ってるからめちゃくちゃ性格ねじ曲がってるよなあ。だいたい転生したから見た目は同じくらい年齢だからと言って魔王からしたら数千歳年下の子供に欲情するようなロリコンが大多数だしな。
(・・・愚痴と偏見なら後で聞くから、とにかく今回の件はゲキに任せるわよ?)
相変わらずこっちの考えてる事が筒抜けだな。この通信魔法。作成者の性格がよくわかる。
(怒らないわよ?ゲキと漫才やっている暇はないんだから)
そう言ってるが声が怒りで震えている。チコは相変わらず沸点が低い。
(お・こ・ら・な・い・わよ?)
・・・うん。これくらいしておこう。明確な殺意を感じる。
(ところでチコ君、資料は準備できているかな?)
(もちろんよ。なんだかんだ言ってもゲキならやってくれると思ったわ。早速転送魔法で送るからね)
こうして俺の短い休暇は終わることになったのだった。