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97 反抗期は終わりのようです

「遅い!」


 自分としては精一杯の速さで繰り出した一撃を最も容易く躱すトキワにサクヤは悔しさに歯を食いしばり、大剣を振る。


 武闘会で負けて以来、サクヤはトキワが神殿に来る度に手合わせを申し出て修行をしていた。あまりのしつこさに辟易としたトキワが金を取ると提案しても、大人しく払い、サクヤはひたすらに力を求めていた。


 剣が混じり、押し合う形になると、腕力の差で確実に負ける。それでもサクヤは挑み、全ての力を相棒である大剣に注いだ。


 その瞬間、トキワの剣が宙を舞い地面に落ちた。まさかの展開にサクヤは戸惑いを覚えたが、勝ちは勝ちだ。こんなに早く師を越える日が来るとは思わなかったが、湧き上がる達成感に体が震えた。


 しかし、目の前でトキワが倒れていたので、サクヤは慌てて様子を窺う。外傷は無い様子だが、意識が無く眠っているようだった。


「風の神子代行!」


 ひとまず診療所へ連れて行こうと担ぎ上げようとするも、筋肉質だからか、見た目以上に重たい師匠を1人で抱えることが出来ず、サクヤは近くにいる神官に手を借りようと辺りを見回した。


「一体どういう事だ?」


 訓練場で修行をしていた神官達も、トキワ同様意識を失って倒れていた。


 異様な光景にサクヤは寒気を感じながらも、大剣を漆黒のピアスの形に戻して、身軽になってからディアボロスを召喚した。


 状況が分かっていないディアボロスはいつものように甘えた鳴き声で、サクヤの周りをクルクルと回った。その愛らしさに少しだけ元気づけられると、神殿内で自分以外に起きている人間を探す事にした。


 まずは一番安否が気になる旭がいるであろう風の神子の間へ向かった。


「風の神子!」


 息を荒げて風の神子の間のドアを開けると、紫が事務仕事をしていた。旭の姿は見えない。


「おや、闇の神子。やはり無事でしたか」


 迎え入れた紫はディアボロスと呑気にハイタッチをした。やはりという事はこの状況を把握しているようだ。


「御察しの通り風の神子は眠っています。代行もそうなったのでしょう?」


 問い掛けに頷いて、サクヤは旭の無事を確認させてもらう為、彼女の自室に入った。


「やだよ…どうして…」


 ベッドで横たわり魘されている許嫁にサクヤは顔を曇らせる。悪夢を見ているのは明らかだ。汗ばんでいる旭の額を手近にあったタオルで拭い、サクヤは静かに部屋を出た。


「神官紫は諸悪の根源を知っているのか?」


「確証はありませんが、魔物の仕業ですね。しかもかなりの力を持っている。何せ光の神子の結界をすり抜けて能力を発揮していますからね」


「精霊には通用しないようだが、何故我は平気なのだろうか?」


「光と闇属性は他属性より、状態異常の耐性が強いんですよ」


「なるほど、そうであったか。つまり我と…養母も起きているという事か」


「そうなります。早速光の神子と合流しましょう」


 自分の生い立ちを知ってから、養母と会話も減って会うのが気不味いが、旭達を助ける為に意地を張っている場合では無い。サクヤはディアボロスと紫と共に光の神子の間へ向かった。


「あら早かったわね」


 緊急事態だというのに、光の神子はドレッサーに座ってのんびりと白銀の髪の毛をブラッシングしていた。咎めようとしたが、ドレッサーの鏡に映る光景にサクヤは口を噤んだ。


「これは私と契約している光の精霊が村の様子を偵察してくれているものよ」


 サクヤと紫はドレッサーに歩み寄り、鏡に映った多くの人々が眠りについている様子に唖然とした。


「光の神子の契約している精霊は鳥型でしたね。どうやら村全体に被害が及んでいるようですね」


「ええ、もし悪の根源が神殿の外にいたらおしまいよね…」


 精霊と契約を交わしている神子は神殿から出る事が出来ない。一時的に契約の証を預かってくれる同属性の神子がいるのなら話は別だが、光の神子と闇の神子は唯一無二の存在の為、不可能である。


「その場合は風の神子代行を無理矢理起こしちゃいましょう」


「確かに我なら可能だが…互いに精神的負担が大きいが故、本当に最終手段だ」


 何より師匠に自分の成長を見て貰いたい。サクヤは事態の解決に燃えた。


「しかし光の神子の結界をすり抜けるレベルとなると、一筋縄では行きそうにないですね」


 通常の結界だと、上位の魔物の侵入を許すが、光の神子の結界は魔物に対して強い効果を発揮するので、神殿を襲撃したとしても、門前広場までしか進めず、建物に危害は及ばない筈だ。


「その点はごめんなさい、私の力の衰えが原因なのよ。流石に年に勝てないわね」


 例え魔力が無尽蔵でも、魔術を維持する体力がなければ発動に支障が出る。サクヤは養母の老いと苦労を知り、反抗的になっている自分を恥じた。そして彼女の亡き後、代わりに結界を張るのは自分であると意識した。


「あ、犯人見つかったそうですよ」


 いつの間にか仲間の風の精霊達から情報収集をしていた紫が吉報を告げる。果たして敵の正体は…そしてどこにいるのか。


「やはり夢魔の仕業の様です。馬型の魔物だからか、厩に身を隠していたそうです」


「ナイトメアか…初めて戦う事になるな」


 自分の魔術と剣の腕がどこまで通用するか…サクヤが不安になっていると、光の神子がそっと肩を叩いてきた。


「あなたならやれるわ。大丈夫、私もフォローする」


 力強い養母の言葉にサクヤは蟠りが解けた気がした。そもそも自分は今の人生に満足している。血の繋がった家族がそばにいなくても、ここには愛する人達がたくさんいる。それも全部養母のお陰だ。ただ手段が人として曲がっているので、抵抗があって受け入れられなかったのだ。


「ありがとう、養母よ」


 少しだけ大人になった今だから、サクヤは素直に感謝の言葉が言えた。そんな息子の成長に、光の神子は嬉しそうに表情を和らげた。



 気配を消してサクヤが偵察をする。確かに厩に見慣れない黒い馬がいた。魔物だと言われないと普通の馬である。近くに倒れていた厩当番の神官を紫に軽量化魔術を掛けてもらい、安全な場所へと移動させる。


「ご存知とは思いますが、私達精霊は戦闘は不向きですので陰ながら応援していますね」


 ディアボロスを抱っこした紫は厩から距離を取った。サクヤはまず馬達が暴れない様に魔術で眠らせた。ここで問題が発生する。幻獣のディエゴに魔術が効かなかったのだ。


「逃げろ!」


 魔術を使った事で、魔物にはこちらに気付かれているので、サクヤはディエゴに注意を呼び掛ける事しか出来なかった。彼に被害が及ぶ前に魔物を倒すしかない。サクヤは鷹の形をした影で魔物に攻撃して怯ませた。


 魔物は状態異常攻撃に長けているようだが、戦闘は苦手らしい。思いの外打たれ弱く、よろめいて身の安全を優先したのか、逃げようとしたので、サクヤが追跡しようとしたら、ディエゴが乗れと鼻を鳴らし、目配せをしたので、背中に乗り追いかけた。


「この悪夢を終わりとさせる!我に従い悪しき存在を貫け!ダークスピア!」


 昂る気持ちを仰々しい詠唱に込めて、サクヤは魔物目掛けて、魔術で発生させた黒い槍状の物を投げつけた。槍は見事命中し、魔物は行動不能となった。


 サクヤはディエゴから降りて魔物に近寄ると、剣を手にして魔核を探す。魔核は喉の部分にあり、破壊すると魔物は黒い霧となり崩れ去り消えた。


 これで皆が目を覚ます筈だ。サクヤはディエゴにお礼を言って共に厩に戻った。


「よくやったわ、流石私の息子ね」


 我が子がやり遂げたのを察した光の神子は誇らしげにサクヤの頭を撫でた。まるで子供扱いだとは思いながらもサクヤは昔よく頭を撫でてもらっていた事を思い出し、懐かしさに目を細めた。



 ***



 無事村人達は目を覚ましたが、大きな問題が残ってしまった。


「一家惨殺。凌辱。ダメ。絶対…」


「ストップ!婚約破棄…」


 虚ろな表情で、意識を取り戻した風の神子の兄妹は揃って不穏なワードを口にして呻き声を上げた。どうやら魔物に眠らされている間、その人にとって最も精神に支障をもたらす悪夢を見せられていた様だ。


「ああ、早く帰ってみんなの無事を確認したいのに、もし正夢だったらと思うと怖くて出来ない…」


 すっかり憔悴しているトキワに敵の恐ろしさを思い知らされた。サクヤが兄妹達に精神的苦痛を和らげる魔術を施せば、一先ず落ち着いた様子で、トキワは直様家族の元へ帰っていった。

 

「この調子だと他の村人達も同様の精神状態なのかもしれませんね」


 悪夢の後遺症について危惧する紫に旭も何度も頷き同意する。となると、自分がどうにかするしかない。村全体に効果をもたらすほど大掛かりな魔術を展開した事が無いので、サクヤは不安になる。しかし神子として村の平穏の為にもと奮い立ち、旭に視線を向けた。


「風の神子よ、我に力を貸してくれ」


「いいよ」


 内容も聞かずに快諾するのは、きっとこれまでの信頼関係のお陰だろう。サクヤは彼女に頼もしさと愛しさを感じつつ、作戦を説明する事にした。


「我を村を一望出来るほどの高い場所まで連れて行って欲しい。そこで我は村全体に先程の魔術を展開させて、村人達の苦痛を和らげるつもりだ」


「待って、それってサクちゃんに負担が掛かるんじゃないの?村人全員に心を操る事になるんだよね?」


「否、心を操るわけではない。どちらかというと、毎年会合で行なっている施術に近い。その場合は我の精神に異常をきたす事は無い」


「本当に?」


「本当かどうかは…やってみないと分からない」


 何せやった事が無いから。心配かけたくないが嘘をつく事は出来なかった。これからする事は旭と力を合わせなければならない。


「分かった。もしもサクちゃんの心がしんどくなったら、その時はそばにいるからね」


「それは百人力だな」



 心強い旭の言葉に励まされ、2人で外に出て、サクヤにしっかりと横抱きされた旭は精神を統一させて空高く飛び上がった。


「ここが限界値だよ。サクちゃん、あとはよろしく!」


「相分かった」


 不安な気持ちはあったが、腕の中の温もりを感じれば、ひとりじゃないと強くなれた。サクヤは大きく深呼吸をして集中し、精神安定の魔術を村全体に発動させた。


 どうか村人達が悪夢から解放されます様に…


 大丈夫だやれる。サクヤは村人全員に魔術が行き渡る様に願いを込める。額からは汗が出て体が震えるが、旭の存在に助けられて、踏ん張りを利かせた。


 どれくらいの時間が経っただろうか。呼吸を乱したサクヤを旭は心配げに見つめていた。励ましの言葉をかけて集中力を切らしてはいけないので、ただただ浮遊魔術を維持して傍にいる事しか出来ない自分に歯痒さを感じた。

 

「終わったよ、ありがとう」


 疲労で素の口調でお礼をして、サクヤは達成感に息を大きく吐いた。


「お疲れ様、頑張ったね。こちらこそ村を救ってくれてありがとう」


 大役を終えた許嫁を労い、旭は徐々に高度を落として地上へ降りた。



 ***


 今回の魔物の襲撃に関しては、神殿は回覧板のお知らせを通して説明して、解決に貢献したサクヤを大々的に報じた。神殿内でもサクヤは神子や神官達から称賛され、しばらくむず痒い日々を過ごしていたが、改めて村を守る神子としての自覚が芽生えたのだった。

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