89 慰めてあげるそうです
「第何回か忘れたけど、男だらけのなんたら会!」
トキワの第一声に彼の自室に呼び出されたアラタは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「あの一体何なんですか?さっくんとマイちゃん…ヒナタさんまでいるみたいだけど」
「最近やってなかったからたまには俺の方で開催するのも悪くないと思ったんだよ。新メンバーも加えて!さーて、何飲む?サクヤはジュースな」
サイドテーブルに置いていたワインのボトルを手ににっこりしたトキワにアラタは力無く笑った。
「もしかして気を遣ってくれてます?大丈夫ですよ。俺最近は双子の事で頭がいっぱいですから」
「ヒナちゃんてもうお酒飲める年齢だっけ?」
「一応飲んじゃダメな年齢だよ」
「じゃあ今日はジュースだね。マイトさんは飲んでいいんだよね?」
「はい、本日は昼から非番ですので」
陰鬱なアラタを無視してトキワはマイトのグラスに白ワインを注いで、ヒナタとサクヤにはリンゴジュースを注いであげた。
「もしかして何でもいいから酒が飲みたいだけですか?」
マイトに白ワインを注いでもらっているトキワにアラタが問い掛けると、グラスを渡された。
「そんなとこ。良い酒が手に入ったからね」
「はあ…」
酒は嗜む程度だが、こうして同世代だけで集まって飲むのは初めてかもしれないと、マイトに白ワインを注いでもらいながらアラタは次第に態度を軟化させた。
「じゃあ…アラタの結婚破談を祝ってでいいか。かんぱーい!」
早速傷口に塩を塗り込む発言をされてアラタは怒る元気も出ないままグラスを掲げて一気にワインを飲み干した。
「あ、これ美味しい…」
スッキリとした味わいと甘い香りが飲みやすくてアラタは気を良くした。つまみに用意されていたチーズとも相性抜群でいくらでも飲めそうだった。
「ヒナちゃんて彼女いるの?」
叔父として気になるのか、単なる好奇心か恋人の有無について尋ねるトキワにヒナタはヘラヘラと手を振った。
「こないだ別れた。中々長続きしないんだよねー」
父親譲りのすっきりとした鼻筋と涼しげな目元は女性達にさぞやモテるだろうと思っていたが、苦労しているようだとサクヤは意外性を感じた。
「神官ヒナタはこれまでに何人と交際してきたのだ?」
興味本位でサクヤが尋ねるとヒナタは記憶を辿る様に指を折って過去の恋人の数を数え始めた。
「15…いや、18人かな?1時間で別れたのもいるから覚えきれませんね。一応同時進行はしてません」
有能な部下の意外過ぎる恋愛事情にサクヤは旭以外の女性に恋愛感情を持った事が無いが、それが普通なのか異常なのか分からなくなってしまった。
「変な所が親に似ちゃったね。あの人達もお互い出会うまで取っ替え引っ替えだったらしいよ」
両親をよく知るトキワの言葉にヒナタはなんとなくそんな気はしていたと溜息を吐く。
「ま、次に期待します。可愛い子がいたら紹介してね。出来れば胸が大きい子がいいな」
失恋してもへこたれない前向きなヒナタにアラタは感心しつつ、自分は毎回傷つき過ぎのようだと自嘲してお代わりのワインをマイトに注いでもらう。
「その…神官ヒナタは交際して来た女性達と閨を共にして来たのか?」
「うーん、共にした子もいるし、しなかった子もいますね」
恥ずかしそうに顔を赤くして問いかけるサクヤに対してヒナタはあっけらかんと答える。
「サクヤは旭とはキス以上の事はまだなんだよな?」
興味がある様子だったので、トキワが今後相談しやすいようにと思い問い掛ければ、サクヤは静かに頷いた。
「恐らくだが、風の神子は閨事に関する知識を未だ持ち合わせていないが故、婚姻を交わすまでは接吻以上の行為は控えたいと考えている」
アラタに借りた本や蘇った歴代の闇の神子達の記憶がキッカケでそれなりに知識がついたサクヤだが、旭は相変わらず少女向けの恋愛小説の世界の住人だ。そんな純真無垢な所がまた可愛いくて穢したくないサクヤは大人になるまでそれを楽しむのもありだと考えていた。
「妹を大事に思ってくれてありがとうな。色々しんどい時もあるかもしれないけど、あと少しだけあいつのバカに付き合ってやってくれ」
てっきり意気地が無いとか男なら攻めろとか言われると思っていた許嫁の兄から返ってきた優しい言葉にサクヤは嬉しくなった。
「アラタもさ、最初はお泊まりだとか浮かれてたけど、あのビッチに本気になって…大切だったから結婚するまで手を出さなかったんだろ?」
破談になったとはいえ静をビッチ呼ばわりするトキワに苦笑いしつつ、アラタは素直に頷いた。もう未練は無いし気持ちは伝わらなかったし、彼女に愛は無かったかもしれないけれど、本気の恋だったのは間違いなかった。
「しかし土の神子の元婚約者…長いからビッチて呼びますね。かなりの男を誑し込んでいましたよね。俺も声掛けられました。あ、勿論ヤってませんよ?人のものには手を出さない主義なんで」
まさかヒナタも静の被害に遭っているとは思わずサクヤは驚きに目を丸くした。するとマイトも遠慮がちに手を挙げた。
「私も…代行の奥様と仲直りがしたいと泣きつかれました」
「は?俺は逆に妻と仲良しになったって気持ち悪い位笑顔で報告しに来たけど?」
「奥様は何と?」
「どうせ嘘だと思ったから言ってないし、喧嘩したとも聞いてない。もし事実なら俺に言ったらややこしくなると思ったんだろうね」
その件ならサクヤは旭が静が義姉を陥れたと憤慨しながら報告して来たので知っていた。しかしここで口にすると、最悪トキワが静に復讐する可能性もあると予想して大人しくキノコのマリネを食べたら美味しかったので絶賛した。
彼らの発言により、静は八方美人に神殿内外の男達に声を掛けていた事が発覚した。よくここまでアラタは気付かなかったものだと思ったが、恋は盲目というし、もし旭がそうだと周りから言われてもサクヤは信じられる気がしなかった。
「何はともあれ結婚式で関係が明らかになった4人の他にも兄弟がいそうだな…それだけ床上手…いや、魅力的なビッチだったのでしょう」
だからアラタが惚れたのも仕方ないという視線を向けるヒナタにフォローになっていないと先輩神官として突っ込むべきかマイトは悩みながらも放任する事にした。
「ははは…まあ今回の件で懲りたのでしばらく婚活はお休みしようと思います。後継者も双子が生まれたから焦らなくてよくなったし…」
双子達の属性はどちらも土で灰色の髪の毛に一筋の銀髪が生えているからか魔力量が多く、神子としての資質は充分にあった。梢は今後も子供を産みたいと考えているし、アラタの長年の悩みは解消されたのだ。
「だったらそろそろ向き合うべき人物がいるんじゃない?」
トキワの指摘にアラタは胸をドキッとさせて、視線を落とした。彼が向き合うべき人物…それはサクヤもマイトも気付いていたし、ヒナタも予想がついていた。
「すうちゃんの事ですよね…傷つけちゃいけないと思ってハッキリ言って来なかったけど、ちゃんと気持ちを伝えます」
「何と伝えるのだ?」
菫はサクヤにとっても親友だ。中途半端な事を言って傷付けるなら許せないので、事前に彼の想いを確認してみる。
「…俺はすうちゃんを幸せにしてやれるような男じゃないから、すうちゃんの気持ちに応える事は出来ない。そう伝えるよ」
悪者になったつもりでいるアラタの想いに一同は蔑んだ視線を向けた。
「恋する乙女にあんな恥かかせておきながら責任も取らないで逃げるんだ?」
低い声で凄むトキワにアラタは恐怖に体を退け反らせる。他のメンバーの目も厳しいままだ。
「花嫁でもないのに白いドレスを身に纏い、厚顔にも花嫁のベールを持って堂々とすれば、たとえそれが神子だとしても今頃常識知らずの奇人変人だと村人達から後ろ指を差されているであろう」
サクヤの解説にアラタの背中は丸まっていく。結婚式で菫の白ドレス姿を見た時は心臓が止まりそうになった事を今でもよく覚えている。そんな自分に役目を終えた彼女はいつもの様に両頬にえくぼを浮かべて去って行ったので、祝っているのか、呪っているのか分からなかった。
「でも責任を取るにしても何をすれば…」
「話を聞いてやれよ。菫ちゃんが言いたい事全部聞いて向き合えばいい」
トキワの言葉にサクヤも同意見だったので頷いた。あそこまで露骨に菫がアピールしていたのに見て見ぬフリをして期待だけさせたアラタには責任がある。
「分かりました。心の準備をしてから近い内に話し合います」
「頑張って下さい。応援しています」
「マイちゃん…」
マイトからの激励に酒に酔っているからかアラタは感激に抱き着いた。戸惑いながらもマイトは押し返さず大人しくされるがままでいた。
「それで土の神子は氷の神子三席の事は女としてアリなんですか?」
「え…それは…どういう意味で言ってるのかな…?」
「ヤれるかヤれないかの意味です」
率直な質問をするヒナタにアラタは目が点になってしまった。サクヤもその問いを自分と旭に当てはめようとしたが、今はその時でないと首を振って打ち消した。
「それは…今まで考えた事もなかった。手を出したら犯罪だし」
「年齢とか取っ払って考えたらどうですか?ちなみに俺はパスかなー?細い子は論外」
話しやすい様にするためだろうが、菫を侮辱されてアラタはヒナタに苛立ちを覚えた。だがその気持ちがきっと自分の答えかもしれない。
「その辺にしといてあげようか。いくら私的な場でもアラタも神子の立場が危うくなる様な発言は出来ないだろうし。ま、結論は心の中にしまっておきなよ」
アラタが菫への感情を口にする前にトキワが制止して、酒もつまみも尽きたのでそのまま宴は終わりとなった。
「皆さん今日は俺の為にありがとうございました。今度はまた俺がおもてなししますね」
赤ら顔でアラタは感謝の気持ちを伝えた。お土産に持たされたトキワの妻子が作ったクッキーは後で妹夫婦と食べようと決めて土の神子の間へと千鳥足で戻った。
しかし酔っ払いは娘達に近づくなと梢にクッキーだけ取り上げられて追い出されてしまった。仕方なくアラタはふらふらと酔い覚ましがてら散歩しながら、菫の事を考えていた。