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88 新年早々に珍客です

 新年となり、世が明けて旭は紫に叩き起こされて重たい瞼を擦り、大きく伸びをして体を起こした。


「随分と夜更かししたようですね。闇の神子と何してたんですか?」


「恋人同士がする事と言ったら1つだけでしょー?」


 鼻の下を伸ばしてだらしない表情をする美少女に紫は残念な気持ちになりながら正月恒例の精霊王謁見の儀の準備を始めた。白を基調とした式典用のローブを着て、朝食の傍に紫に辿々しく髪の毛をまとめてもらい、化粧を施してもらったら、風の神子代表が身につけるマントを纏い準備を済ませた。


 1年ぶりに会う精霊王は元気だろうか。奔放で明るい精霊王の事だから達者だろう。紫も同様に考えているのか、実家に帰る様なものだからか特に緊張した様子もなく本来の精霊の姿に戻って精霊界への扉を召喚して旭を誘った。


「旭、紫、久しぶり。ささ、可愛いお顔を見せて」


 相変わらず明るい精霊王に旭と紫は苦笑しつつ頭を上げた。


「闇の神子とはラブラブみたいだね。良きかな良きかな。結婚は来年になるんだよね?」


「はい、今年は結婚式に向けて色々準備する事になりそうです」


「そうか、君達の結婚を風の精霊達も祝福する事だろう」


 風の精霊達の祝福といえば去年同級生達と演じた劇を思い出した旭がこの現象の真偽を尋ねると、精霊王は頷いた。


「一番最初に花びらを飛ばしたのは3代目の風の神子が結婚式を挙げた時、紫が祝福したのが始まりだ」


 まさか起源が紫だとは意外だと驚き旭は教えてくれても良かったのにと隣の側近に目で訴えるが、無視されてしまった。


「私の知る限り本物の風の精霊達が祝福したのは最初を含めて5回程度かな」


 つまり残りは全部仕込みという訳だ。これが奇跡に近いと言われている由縁だろう。


「さて、今回は雑談だけじゃないよ。他の精霊王達と話し合いの結果、君達神子に同じ預言を授ける事になりました」


 預言なんて旭が神子になってからは初めてである。大体自然災害についての注意喚起は精霊礼拝で教えてくれる程度だ。出来れば明るい預言を願いながら旭は耳を澄ました。


「戦いの時は近い…各々力を磨き来るべき日に備えよ」


 不吉な預言に旭の顔が凍りつく。いくら水鏡族が戦民族と言われているとはいえ争いは避けたいものである。


「ま、君達なら何とかなるよ!頑張って!」


 楽天的な精霊王に少しだけ元気付けられて謁見の儀は終了となった。風の神子の間に戻ると、兄家族と両親が既に到着していた。


「どうした旭?」


 いつもと様子が違うと見抜いた父に旭は素直に言うべきか悩むも、新年の昼食会まで黙っているのが得策だと判断してなんでもないと誤魔化して、母と肩を並べて座る義姉に視線を向けて話題を変える事にした。


「双子ちゃん達には昼食会の後に会うんだっけ?」


「うん、螢と椿ちゃんと棗ちゃんの初対面だよ。楽しみ!」


 梢とリクトとの間に生まれた双子の娘は椿と棗と名付けられた。見分けが付かない位そっくりで、間違い防止のために足に印を付けているそうだ。とても可愛くて旭も暇があれば会いに行って愛ている。


 昼食会の時間となり旭は兄と共に精霊の間に移動した。いつもならサクヤが迎えに来るのだが、今年は精霊王謁見の儀が立て込んでいる様子で暦が呼びに来た。


 精霊の間に入ると既に集結していた神子達は深刻そうな表情を浮かべていた。彼らもまた預言を授かっているようだ。しばらくしてサクヤが入室して神子が揃ったので昼食会が開始となった。


「皆さん一先ずはあけましておめでとう。こうして新年を迎えられるのも皆さんのおかげです。じゃあ早速お昼ご飯を頂きながら本題に入りましょう」


 とりあえず挨拶をしてから光の神子は机の前の弁当箱を開けて不敵に微笑んだ。旭もそれに倣い蓋を開けるが食欲はイマイチわかない。


「各属性の神子代表達は先程精霊王から預言を頂きましたよね?」


「…はい、『戦いの時は近い…各々力を磨き来るべき日に備えよ』と炎の精霊王が仰っていました」


 話を振られた暦が代表して精霊王からの預言を告げた。今ここで初めて聞いた次席以降の神子達は動揺を隠せない様子だ。


「一体何と戦うのかしらね?」


 雀の意見は尤もだ。戦いと言っても敵がハッキリしていないと準備のしようがない。魔物、動物、自然災害、流行病…人間の可能性だってある。


「力を磨くというならば、魔物か人だろうね。もっと具体的に教えてくれればいいのに、精霊王達ってケチだね」


 教えてくれているだけでもありがたいのに不平を言うトキワに光の神子は確かにそうだと戯けてから弁当のミートボールを頬張った。


「私達に出来る事は水鏡族の戦士としての鍛錬と食糧や生活品の備蓄の充実くらいかしらね。あとは村の自警団とも提携して戦力の拡充に努めることも大事ね」


「光の神子の仰る事はもっともですが、この預言を神官達や村人達に公表するおつもりですか?」


 ミナトの問い掛けに数名の神子達は頷いた。不吉な預言を公表して村人達を不安に陥れるのは神殿として正しい判断だと思えない様だ。


「ええ、正月休みが明けたら早々に公表するわ。後手に回って後悔するより、前もって警戒する方がいいに決まっているわ。大丈夫よ、一応私達は戦民族なのだから」


 自信に満ちた表情で公表を判断する光の神子に以降反対の声は無く、その後昼食会は戦いに向けての意見交換がなされていった。


「これじゃあ私とサクちゃんの結婚式の準備が出来なくなっちゃうね…」


 戦いに備える事に集中しだしたら、きっと結婚式どころではなくなる。肩を落とす旭を励まそうとサクヤは声を掛けようとするも、言葉が見つからずにいた。


「失礼します!」


 突如ドアが開かれ、紫が姿を現した。普段の飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、緊迫した様子だった。


「緊急事態です!魔物の群れが正門広場に出現しました。現在門番と風の神子のご両親が交戦中です!」


 紫の報告で一同に動揺が広がる。まさか預言初日から戦いが起きるなんて考えもしなかったのだ。


「環っ!」


 報告を聞くや否や環はミナトに呼び声を無視して紫と入れ替わる様に精霊の間を飛び出して行った。恐らく戦闘に参加するつもりだろうが、彼女の何がそこまで駆り立てるのか分からず旭は首を傾げたが、ある事実に気がついた。


 今日一日門番を担当している神官の1人はマイトだった。それを知っていた環は頭で考えるより先に体が動いてしまったようだ。


「どうやら新年の挨拶に来たようね。それとも正月休みで戦力が手薄なのを狙ったのかしら?とにかく、応戦しましょう。この中から5名…環が出たから4名、討伐に名乗り出てちょうだい」


 魔物が攻め入っている事態にも関わらず、光の神子は安穏と指示をする。早速旭とサクヤは挙手をする。両親とマイト、大事な人の危機に駆けつけたいのだ。


「旭とサクヤは駄目。大人しくしてなさい」


 速攻で却下されて旭はもどかしさで机の下で地団駄を踏む。そうなると頼れるのは兄だと思い隣を見やれば、のんびりと弁当を食べていた。


 結局名乗り出たのは暦とミナトとアラタ、そして菫だった。各自急ぎ戦闘準備をする為に次々と精霊の間を後にする。


「早速力を磨くいい機会が出来て良かったじゃん。まあ門番も手練れだし、うちの父さんと母さんがいるから援軍が到着する頃には魔物も炭になってるんじゃない?」


 まるでこの状況を楽しむ様にトキワは皮肉り、今度は旭の弁当にまで手を出し始めた。


「とりあえず魔物が出現した経緯を教えて」


「はい、風の神子のご両親と代行の奥さんとお子さん達が門前広場で雪遊びしていた所、突然魔物が現れまして門番とご両親が魔物の相手をして、その隙に奥さんはお子さん達を連れて風の神子の間に避難して来たそうです」


 もし少しでも判断が遅れたら義姉や甥っ子達に被害が及んでいたかもしれないと思うと、旭は背筋が凍りついた。兄もフォークを持った手が止まり動揺している。


「ちなみに…お子さん達を避難させた後、奥さんはご両親達を援護をする為に広場に向かいました」


「それを早く言え!」


 妻が危険な状況にあると分かるなりトキワは手の平を返し、非難の声を上げて忽然と姿を消した。


 百戦錬磨の兄が行けば戦闘もじきに終わるだろう。後は負傷者が出ない事を旭は心から願い指を組んだ。



 ***



 魔物は無事討伐された。魔物は下位の魔犬の群れと中位のオオツノヒグマが5体、グレントカゲが7体、そして、上位種のミノタウロスとイビルウッドが攻め入って来たそうだ。


「魔犬の群れとオオツノヒグマは楓さんが焼き尽くしてくれたんだよ。かっこよかったなあ」


 風の神子の間にて手当をしてもらいながら先程まで戦場にいたとは思えない位甘い顔で妻の勇姿を語るトキオに旭は呆れながらも両親の無事に安堵した。


「だが私とトキオさん、門番2人まで炎属性で流石にグレントカゲ相手には苦戦してしまった。まあそこは駆けつけてくれた嫁のお陰でどうにかなった。無数の水の矢をグレントカゲに食らわせて登場した時は女神かと思ったぞ」


 一方で嫁自慢をする楓は怪我はないが、真新しかった赤い長袖ワンピースが破けていたし煤けていた。


「いやいや、環様のお陰ですよ。私は久々の戦闘で動きを封じる程度しか出来なかったし、環様が魔術で次々とグレントカゲの炎を消失させてくれたお陰で乗り切れました」


 片袖が剥ぎ取られたシャツの上から夫の上着を羽織った命はトキオの怪我の応急処置をしながら謙遜して環を称えた。


「私はただ無我夢中で…それにミノタウロスとイビルウッドには手も足も出ませんでした。そのせいでマイトさんが…」


 涙を目に溜める環の背中を楓が無言で撫でる。ミノタウロスの攻撃から環を庇ったマイトは大怪我を負って現在光の神子から治療を受けている。


 更に木に擬態していたイビルウッドが楓を狙ったが命が庇い捕われてしまった。捕食する為にシャツの袖を剥ぎ取られてしまったが、真空波で全ての枝を切り裂き何とか危機を脱したタイミングでトキオが門番と共に焼き払った。


 残されたミノタウロスは鎧を身に纏っていたせいで炎や武器が通りにくく、苦戦を強いられていた所でトキワが到着して鎧の僅かな隙間を狙って真空波で切り裂き討伐して殲滅完了となったそうだ。


「これが戦いの始まりで終わりであればいいが…そうはいかないだろうな」


 沈痛な表情で唸るサクヤに旭は不安に眉根を顰める。折角最高の年明けを迎えたのに新年早々最悪である。一体何故神殿は襲撃されたのか。思い当たる節が見つからない旭は魔物達を憎み、サクヤとの結婚の為に精霊王達の予言の通り力を磨き戦いに勝利する事を決意した。



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