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83 教える事で学べる事もあります

 その日、兄の出した課題は思わぬ物だった。


「今日はセツナに魔術を教えるように」


「あーちゃんよろしくね!」


 父親に抱っこされた状態で無邪気にお願いする甥っ子に癒されながらも突然の事に旭は戸惑いを隠せなかった。


「えー、せっちゃんは私よりパパが教えてくれた方が嬉しいよね?」


「きょうはあーちゃんがいい!」


 屈託のない笑顔でお願いされてしまったら旭も引き受けるしかなかった。


「うーん、可愛いせっちゃんのお願いなら仕方ないか」


「やったー!」


 どうやったらあの損得しか考えない兄からこんな天使の様な甥っ子達が生まれるのか…旭は生命の神秘を感じながら早速セツナに魔術を教える事にした。


「とは言ったものの…何から教えればいいのやら」


 何せ人に教えるのは初めてで旭は兄に助けを請う様に視線を向けると面白い物を見る様に笑われた。


「自分が教わった時の事をよく思い出せばいい」


 兄の助言に旭は自分が習った時の事を思い出してみた。


「お兄ちゃんに初めて教わったのは精霊礼拝の儀だった気がするけど…それは魔術に入りますかな?」


 セツナに精霊礼拝の儀を教えるという事は風の神子をさせられる可能性があるので確認すると、兄はしばし考えてからセツナに目線を合わせた。


「セツナはお父さんや旭みたいに風の神子をやってみたいか?」


「かぜのみこってかぜのせいれいさんとおはなしするんだよね?ぼくやってみたい!」


 他にも仕事はあるのだが大体そんなものだろう。セツナが了承したので旭は精霊礼拝を教える事にして、心構えを伝えてから古代語の呪文を自分に続けてセツナに唱えさせた。


 すると周囲に柔らかい風が吹いて精霊達が現れた。ちなみに精霊の姿が見えるのはそれぞれの属性の銀髪持ちレベルの魔力の人間しか見えない。つまり銀髪持ちでない神子は声は聞こえるものの姿は視認できないのだ。


 風の精霊達は興味津々にセツナの周りを舞って笑っている。旭の知る彼らはロクな情報を提供しないので幼い甥っ子に何を吹き込むのか、今更ながら内心ヒヤヒヤしていると、義姉とクオンはおやつにパンケーキを焼いてメイプルシロップとバターをたっぷりつけて食べているなどと余計な事を報告してきた。


「ぼくもパンケーキたべたい!かえる!おうちかえるー!」


 やはりというべきか、セツナは欲しがってしまった。旭でさえ聞いただけで涎が出そうだったので咎める事は出来ない。兄は精霊達を睨んでからご機嫌を取ろうとセツナの頭を撫でた。


「お母さんの事だからセツナの分も用意してくれてるよ」


「ほかほかがたべたいー!」


 確かに出来立てのパンケーキにメイプルシロップとバターを乗せるのが至高である。旭が思わず頷けば助長させるなと言わんばかりに兄に睨まれて肩をすくめた。


「これが終わったら食堂の料理長に作ってもらおう」


「お兄ちゃんそれナイスアイデア!私も食べたい!」


 兄の提示した妥協案に旭は即座に手を挙げて賛同するもセツナは膨れっ面のままだ。


「やだ!おかあさんのつくったパンケーキがいい!」


 母親の手作りにこだわるセツナは益々意固地になった。クオン同様彼もマザコンの気質がありそうだ。


「俺だって食べたいよ…」


 駄々をこねるセツナに兄は小声で本音を呟き嘆息する。正直な話自分も義姉のパンケーキが食べたいが、とにかく今日は無理な話である。今度遊びに来たら作ってもらおうと思いながらも、どうしたらセツナが納得するのかも考えるが旭には解決策が浮かばない。


「セツナは強くなりたいんだろう?」


「…うん、おとうさんみたいにつよくなりたい!」


 父親に問い掛けられてセツナは頷く。同じ風属性だからか、セツナは父親に強い憧れを抱いているようだ。旭も兄の戦闘能力には憧れているので気持ちは分からないでもなかった。


「じゃあ特訓頑張ろう」


「うん!」


 なんとかセツナに義姉特製の焼きたてパンケーキを諦めさせて特訓は再開となった。


「ちなみにせっちゃんはパパにどんな魔術を教えて貰ってるの?」


 同じ内容を重複させるのもつまらないだろうと旭が問い掛ければ、セツナは誇らしげに胸を張った。


「ぼく、かぜをだせるよ!」


 風を出すのは極々基本の魔術である。旭の場合幼稚園で習ったのだが、力をコントロール出来ず園庭の大木を伐採してしまったなと苦い思い出に顔を顰める。よく考えたら事前に兄に習えばあんな悲劇は起こらなかった気もするが、当時兄はたった1人の風の神子として多忙を極めていたから難しい話だったのかもしれない。


「よし、じゃあ出来るだけ優しい風をこのハンカチに当ててみて」


 ポケットから取り出したハンカチを使って旭はセツナの力量を試す事にした。


「わかった」


 セツナは深呼吸をしてから右手をかざし風を発生させた。すると旭の指示通り優しく微弱な風がハンカチを翻させた。


「おーすごい!せっちゃん天才じゃん!」


 自分がセツナの年頃はこんなに上手くコントロール出来なかったので、旭は心の底から称えた。自分達の様な銀髪持ちは魔力が無尽蔵に溢れている為、強い力は出せても弱い力を出すのは難しいのである。


「お兄ちゃんて案外魔術教えるの上手だよね。私もお兄ちゃんに教えて貰ってから上達しだした気がするし」


「俺の魔術の師匠が教えるの上手かったからかもね」


「魔術の師匠ってやっぱりレイトさんなの?」


「いや、あの人は感覚で魔術を使う人だったから違う。魔力のコントロールを教えてくれたのは義姉で、残りの魔術は先々代の風の神子が教えてくれた」


 兄の義姉というのは旭にとって義姉の姉である。あまり会った事がないが優しい笑顔が印象的な女性であった。属性は風ではなかったはずだが、魔力のコントロールなら関係ないようだ。先々代の風の神子については旭が幼い頃に亡くなったので記憶はない。


「神子のじいちゃんは俺が会った時には頭が真っ白髪だったから気付かなかったけど、銀髪持ちだったみたいで高魔力の魔術を色々使えてくれたんだよ」


「そうだったんだ」


 写真で見た先々代はどこにでもいそうな老人だったので実力者なのは意外だった。


「ねえ、今度先々代の風の神子について教えてよ」


 先々代の人となりに興味を持った旭に対して兄は面倒臭そうに掌を見せた。


「めんどくさいから紫さんに聞いて。俺より付き合い長かったから」


「ええー、まあ確かにそうか」


 紫は歴代の風の神子に仕えているので兄の言う通りだった。今度暇な時に思い出話を聞こうと決めて旭はセツナに他の風魔術を伝授する事にした。


「じゃあ真空波を教えるね。まずは見本を」


 マイトに的を用意して貰ってから旭は意識を集中させた。


「魔力を指先に込めて的を真っ直ぐ見て…鋭いナイフみたいな風をイメージして当てる!」


 発生させた真空波は的へと一直線に向かい切り裂いた。なんとか命中させてお手本としての面目を保つ事が出来て旭はホッとささやかな胸を撫で下ろした。


「さ、せっちゃんやってみて?」


 セツナは大きく頷いて右手の指先に魔力を集中させて的を見据えた。


「えいっ!」


 掛け声と共に発動したセツナの真空波は残念ながら的に当てる事が出来ず、後方の壁に大きな傷をつけた。


「…旭、結界張り忘れたな?」


「お兄ちゃんが張ってくれてると思ってたの!」


 責任の押し付け合いをする神子兄妹にマイトは胃の痛みを感じながら頭の中で始末書を作成させていた。


「ごめんなさい…」


「せっちゃんは全然悪くないよ!」


 しょんぼりと謝り目に涙を浮かべるセツナに旭は慌てて駆け寄り首を振った。トキワも同様だ。


「初めてにしては上等だったよ。セツナは大きくなったらお父さんよりすごい風魔術の使い手になるぞ」


「ほんと⁉︎じゃあぼくもっとがんばるね!」


 涙目の我が子の頭を愛おしげに撫で、滅多に耳にしない優しい声色で褒める兄の姿に旭はこっそり親バカめと毒づきながら、悲劇を繰り返さない様に結界を張ってもう一度セツナに実践させることにした。



 結局セツナは7回目の挑戦で真空波を大きくして的に当てるという荒技で目標を達成させて、ご褒美にと食堂の料理長に頼んでドーナツを揚げて貰った。パンケーキじゃなくていいのかと尋ねると、帰って母親の手作りを食べるからいらないらしい。完全に舌がパンケーキを欲していた旭はもどかしさを感じたが、ドーナツの揚がる甘い匂いでドーナツに切り替わった。


「はあ、頭使った後の甘い物って最高!魔術を教えるのって大変なんだね」


 あら熱の取れた堅揚げドーナツをサクリと頬張り、旭は初めての経験に息を吐いた。


「今後もよろしく頼むよ」


 早くも2個目のドーナツに手を伸ばす兄に依頼されて旭は快く頷いた。


「りょーかい、これからはどうやってせっちゃんに教えたらいいか意識ながら魔術を使っていかないとな」


 勿論戦闘時は考える余裕はないだろうけれどと、旭はミルクたっぷりのカフェオレを啜り、まんまるとした父親譲りの目を輝かせて小さな両手でドーナツを齧るセツナを一瞥した。


「せっちゃんて見れば見るほどちっちゃいお兄ちゃんだよね。自分に似てるとやっぱ可愛いものなの?」


 もしそうならナルシストの様な気もするが、聞いてみたものの子供の前で可愛くないなんて言わないだろうなと思いつつ旭は兄の返事を待った。

 

「俺に似ようが似まいがクオンもセツナも螢も可愛いよ。肝心なのは俺の子供を誰が産んだかだ」


 つまり兄は義姉との愛の結晶だから可愛いと言いたいのだろう。まさか惚気を聞かされる事になると思わなかった旭は今度こっそり義姉にバラしてやろうと企みつつ、もしサクヤが自分との間に子供が出来たらどんな父親になるのか妄想する。


 我が子にディアボロスのような物騒な名前を付けたり、闇の眷属とか言い出したら何としても止めなくてはならないと決意している内にドーナツが無くなり、本日のティータイムは終了となった。

 


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