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82 義姉はお人好し過ぎます

「るーちゃん、可愛いなあ」


 夏に生まれた姪っ子の寝顔に旭は顔をふにゃふにゃとさせながら乳母車を押す義姉の隣を歩いた。


 今日は炎の神子の間に封印されている水晶とのご対面だ。大体の子供なら変現の儀まで家の中で保管しているが、ここまで強い炎属性の場合は持ち主と水晶が近くにいるだけで家の中が暑くなるらしく母もそうだったと言っていた事を旭は思い出した。


 その為制御出来るようになるまでは炎の神子の間で封印するという。これは歴代の炎の神子代表である旭の母と叔母も同様だったそうだ。


「それにしても今日もフリフリだね…るーちゃんがフリルとレースとリボンに埋もれかけてるよ」


 兄夫婦にとって初めての女の子だからか、螢の身の回りの物はフリルとレースに溢れていて、色味はピンク系統がメインのザ・女の子だった。


「これね、うちの親戚が女の子が生まれたのがよっぽど嬉しかったみたいで、特に姉夫婦がはっちゃけちゃって可愛い物を見かける度に買って来るの」


 彼女の姉夫婦は旭も多少の面識はある。柔らかい雰囲気で妹の義妹は自分の妹と優しくしてくれる妻と、先日狩りの護衛をしてくれた旭の兄の剣の師匠で涼しい目元が印象的な夫。彼らはサクヤの直属の神官を務めるヒナタの両親だ。


「お姉ちゃんの所も私の所も子供は男の子だけだったからね。妹の所は来年生まれるんだけど性別は分からないし」


「そうなんだ!おめでとう!妹さん達にも伝えて」


 去年牧場体験で世話になった義姉の妹夫婦を思い出しながら旭は祝福した。


「ありがとう、これも元反神殿組織の人達のお陰かな?」


「え、どういう事⁉︎」


「ほら、アラタ様が人手不足の農家に元反神殿組織を無償で奉仕させたじゃない?うちの妹の所にも3人来てくれたんだけど、お陰で経営も上手くいってお給料を出してあげれるようになって妹達も生活に余裕が出来て子供に前向きになれたみたい」


「そうだったんだー…いや、でもお義姉ちゃんに酷い事した奴らなのによく妹さんの所に働かせる事できたね」


 自分だったら身内の近くに置きたくない。旭の考えが伝わった命はくすくすと笑い出した。


「私も最初聞いた時は心配だったけど、あの人が牛乳買ってくるとか言いながらしょっちゅう様子見に行ってくれたみたい。そのお陰なのか、元々反省していたのか本当よく働いてくれて妹達も感謝してたよ」


 その様子を想像するだけで旭は憎い相手だが、元反神殿組織の男達を不憫に思ってしまった。きっとさぞや威圧感のある買い物客だっただろう。


「お義姉ちゃんは反神殿組織のおじさん達を恨んでないの?」


「別に。ちゃんと更生してるみたいだから気にしてないよ。怖い目に遭ったけど私も螢も無事だったわけだし、寧ろあの人が散々痛めつけちゃって申し訳ないくらい」


 これを元反神殿組織の者達が聞いたらきっと涙を流して義姉を女神と称えるかもしれない。旭は自分で想像しておきながら笑いが込み上げそうになってしまった。


 その後炎の神子の間で封印されたままの水晶と眠ったままの螢を対面させてからバルコニーでお茶をしようと話していると、前方から旭が今最も義姉と会わせたくないと言っても過言ではないアラタの婚約者の静が歩いて来ていた。


「うげぇ…」


 苦手な人間との一本道での遭遇に思わず蛙が潰れた様な呻き声を上げてしまう。引き返すと不自然だしここは会釈だけして素通りしようと旭は決めると、全自分の中の高貴で近寄り難そうな雰囲気を引っぱり出し身に纏ってから静と擦れ違おうとした。

 

「あの、もしかして…トキワ様の奥様でいらっしゃいますか?」


 取り繕ったすまし顔も虚しく、静は神子である旭を無視して命に対して食い付くように話しかけて来た。遂に出会ってはいけない2人が出会ってしまったと嘆きつつ、旭は事を荒立てないよう大人しくするしかなかった。


「失礼ですがどなたですか?」


 面識が無い相手だからと警戒する命に静は泣きそうな顔になるが、初対面だからかと気付き慌てて頭を下げた。


「ごめんなさい!てっきりトキワ様から聞いていると思っていました!私、アラタ様の婚約者の静と申します。トキワ様には日頃から良くして頂いております」


 兄が静に良くしている様子なんて一度も見た事ないし、真偽はどうあれ妻に言う事ではない気がした旭は顔を顰めた。


「アラタ様の…そうだったんですね、失礼しました。初めまして私は命と申します。僭越ながら風の神子代行の妻を務めております」


 姿勢良く頭を下げてお辞儀をする義姉に旭はこの空気だと静も交えてティータイムになると危惧した。


「あの、私…ずっと命さんのファンだったんです!結婚式凄く素敵でした!」


 熱烈な静のラブコールに命は面食らいつつも、次第に顔を赤くして照れていた。これは仲良くなってしまうフラグなのかと旭の心は穏やかではない。


「それはありがとうございます…でもあれはもう随分昔の話だし…今はこんなくたびれていて申し訳ないです」


「全然そんな事ありません!私なんて命さんの1つ年上ですから!」


「ありがとうございます…」


 謙遜する命に対して静は鼻息荒く首をブンブンと振りながら食い下がる。年上だと知った命はこれ以上遜ると、静を貶す事になりそうなので大人しくお礼を言った。


「わあ、赤ちゃん…可愛いですね!抱っこしてもいいですか?」


 次にターゲットを螢に移して乳母車にしがみつく静に「嫌です」と旭の頭の中で真っ先に言葉が出たが、なんとか口を出さなかった。


「ごめんなさい、寝てるみたいだから今度またの機会に抱っこしてやって下さい」


 言われてみれば螢は神殿に来てからずっと眠っていた。義姉が曰く神殿に着く頃に寝てしまったらしい。正統な理由で断っているのにも関わらず、静は悲劇のヒロインの様に落ち込み、ふらりと立ち上がった。


「きゃっ…」


 立ち上がった際にバランスを崩した静が乳母車の方に倒れ込んで来たので、命は咄嗟に乳母車を後ろに引いて我が子を守った。その結果静は転倒して床に体を打ちつけてしまった。


「静さんっ!」


 背後から声が聞こえて振り返ると、血相を変えた様子のアラタが急ぎ静に駆け寄った。これはもしかしなくても修羅場なのではないかと旭は嫌な予感で体が震えた。


「一体どうしてこんな事に⁉︎」


「私がいけないんです…気安く赤ちゃんに触れようとして、命さんを怒らせてしまったから…」


「はあっ⁉︎」


 弱々しくアラタに支えられた静の言い分に旭は思わず声を荒げてしまった。義姉は決して彼女に対して怒ってはいなかったし、転けたのは自業自得である。しかもあのまま義姉が乳母車を後ろに引かなければ姪が巻き添えを食らって怪我をしていたかもしれない。


 旭が反論しようとすると、義姉が制して深々と静に頭を下げた。


「ごめんなさい。怒っていたつもりはないけれど、結果的に静さんを傷付けてしまいました…」


「そんな!お義姉ちゃんは悪くないよ!るーちゃんを守っただけだもん!」


 まさか非を認めると思わなかった旭は義姉を必死に擁護した。


「ありがとう旭ちゃん、でも静さんが傷付いたのは事実だし、私が誤解させたのが悪いんだよ」


 義姉は猫の様なつり目が仇となり、初対面の相手から機嫌が悪いとか怒っていると思われる事が偶にあると言われているが、静からもそう受け止められたのだろう。旭は悔しさで涙が溢れそうだったが、ここで泣いたら義姉を困らせるだけだと自分に言い聞かせた。


「そんな…私、酷い誤解して…」


 対照的にポロポロと涙を流す静をアラタは守る様に抱きしめて、責める様な目で命を睨んだ。とんだお門違いだと旭も負けじと睨むが、相手にされない。

 

「私こそ…育児疲れでイライラしてて結婚前で輝いている静さんが羨ましくて当たっちゃったんだと思う。本当にごめんなさい」


 悪役に徹する義姉にさえ旭は段々怒りを覚えてきた。あれはどう見ても静が一方的に悪かったし、静の言い分を完全に信じるアラタにも腹が立った。


「だから結婚式にも出席して貰えないんですか⁉︎私、命さんとは神子の花嫁同士仲良くしたいと思っていたのに…」


 新しい口論の火種を投下する静に旭は勘弁してくれと頭を抱えたが、なんとか悲鳴を上げるのは耐えた。義姉は困惑した表情を浮かべていたので、兄の独断で欠席になっていたのだろう。


「それは我が家の方針で神子の冠婚葬祭は親戚以外は夫1人で参加する事になっているんです。去年挙式された梢様の結婚式もそうでしたよ?」


 同意を求める様に義姉がこちらに視線を向けたので、旭は何度も頷いた。


「そんな…何とかならないんですか⁉︎」


 静が悲劇のヒロインの様に嘆くと、ここで螢が起きて泣き出したので、命は抱き上げて様子を見る。恐らくお腹が空いたのだろう。


「あーよしよし…ええっと、結婚式の出欠の件は夫に任せているのでそちらに言ってもらえますか?すみません娘がお腹を空かせているので失礼します。この度はまことに申し訳ありませんでした。旭ちゃんお部屋貸してくれる?」


「うん、任せて!」


 あちらに反論させる隙を与えずに旭は無人の乳母車の引き手を握り、義姉と阿吽の呼吸でそそくさとその場から離れて風の神子の間へと退却した。




「もう!何で謝ったの⁉︎お義姉ちゃんは絶対悪くないのに!」


 プンスカと旭は螢に授乳をさせる義姉を叱責する。あそこで静を断罪出来たらアラタも目が覚めたかもしれなかったと思うと悔しい気持ちでいっぱいだった。


「旭ちゃん…ありがとう」


 そう言って隣に座る義妹に手を伸ばして命は愛おしげに何度も頭を撫でた。


「それにしても静さん酷過ぎる!」


 思い返すだけでも静の言動にはらわたが煮え繰り返ると旭が口を尖らせた。


「多分だけど、静さんはマリッジブルーなんじゃないかな?」


「マリッジブルー?確か結婚目前に色々悩んで落ち込んだり、ヒステリーになる恋愛小説でよく出て来るやつだよね」


「うん、静さんもやっぱり神子と結婚するとなると色々ナーバスになってるんじゃないかな?」


 元々静はああだと思いつつも、よく考えたら初対面の頃からマリッジブルーが始まっていたのかもしれない。そう考えたら彼女の被害妄想気味な言動にも合致がいった。


「なるほどね…ちなみにお義姉ちゃんもマリッジブルーになったの?」


「うん、それで気晴らしに村を出てギルドの依頼を受けて過ごしてたら遭難しちゃって…あのままあの人に見つけて貰えなかったら、今ここにいなかったよ」


 もし義姉が発見されず帰らぬ人となっていたら、兄は今頃独身で、可愛い甥っ子達が存在しなかったかもしれないと想像しただけで旭は寒気がした。


「旭ちゃんもマリッジブルーになったら家出だけはしない方がいいよ」


「あはは、肝に銘じておきます…」


 自分は精霊との契約で神殿から出られないし、サクヤとの結婚に一切の迷いは無いから大丈夫だと言いたい所だが、それだってマリッジブルーにかかるとどうなるか分からない。旭は未来の自分に忠告する為に後でタイムカプセルでも用意しようと決意してからお腹いっぱいで満足げな姪っ子に心を癒されて先程の怒りを収めた。

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