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81 頼もしい護衛達です

 秋も深まり今年も水鏡族の弓使い達による狩りが行われる。去年狩り帰りに反神殿組織の人間達に襲われた事から今年から旭の参加は中止した方が良いのではと周囲から心配されていた。


 しかし狩りで起きたトラブルではないし、反神殿組織は滅んでいるので問題ないから修行の一環として参加する様に兄から言われて、旭は渋々参加する事となった。いつも一緒の義姉は産後で激しい運動や戦闘は禁物らしく、今回は不参加なので旭のテンションは下がる一方だ。


 それでもいつもの帰りの喫茶店は去年の悲劇を払拭する為にも寄っていいと許可を貰っているので、それだけを楽しみに頑張ろうと旭は自分に言い聞かせた。



「じゃあ…行ってきます」


 生気のない声で旭は見送りに来てくれた兄家族とサクヤに挨拶をした。


「いってらっしゃい。成果を期待しているよ。帰って来たら話を聞かせてね」


 ぎゅっと優しく抱きしめてくれる義姉に旭は元気付けられてコクリと頷いた。


「風の神子よ、必ずや生還するのだぞ」


「戦地に赴くわけじゃないんだけどなあ…でも分かった」


 次いで大袈裟に心配するサクヤに抱き着いて苦笑すれば、気持ちが柔らかくなる。


「それじゃあ愚妹のお守りをよろしくお願いします。言う事聞かなかったらブン殴っていいんで」


「いや、こんなに可愛い子を殴れねえよ」


 おくるみに包まれてすやすやと眠る姪っ子を抱いた兄が不穏な指示をしている相手は彼の剣の師匠、レイトだ。今回身辺警護の為に義姉が特別に依頼してくれたのだ。


 年齢は40歳と聞いていたが、見た目は若くAランクの冒険者だからか隙のない立ち姿と鍛え抜かれた体は旭の目から見ても歴戦の戦士なのは明らかだった。セツナはレイトが大好きなのか抱っこされてご機嫌である。


「神官ヒナタよ、我が許嫁の護衛を頼んだぞ」


「かしこまりました」

 

 更に心配だったのかサクヤが直属の神官であるヒナタに護衛を命じていた。ヒナタはレイトと親子なのでとても雰囲気が似ていて、正直後ろ姿だと呼び間違えてしまいそうだった。


「マイトさん、やりにくいかもしれないけど今年もよろしくです」


「承知しました」


 この親子に加えていつも通りマイトが護衛につく。彼も神官の中では指折りの実力者なので、今年は強者の護衛が3人という異様な状況下での狩りとなる。恐らく今後もそうなるであろう。


「セツナ、レイト伯父さんはお仕事なんだからもう離れろ」


「はーい!おじさん、ヒナちゃんマイトさん、おしごとがんばってね!」


「ああ、帰ったら遊ぼうな」


 いつもならクオンの言う事を聞かず、嫌だとひと騒ぎすると思われていたが、セツナは大人しくレイトから降りて笑顔で手を振った。


「偉いねせっちゃん」


「えへへ、ぼくおにいちゃんだから!」


 どうやら妹が生まれて兄となった事で聞き分けが良くなった様だ。旭は甥っ子の成長に感心しながら高身長の護衛達に埋もれつつ馬車へと向かった。


「風の神子、お手をどうぞ」


「ありがとうございます」


 ヒナタに手を差し伸べられて旭は馬車に乗り込んでレイトが後に続く。マイトは馭者を務める。準備が整った所で出発となり、馬車は神殿から離れて行った。


「………」


 馬車の中は旭とレイト、そしてヒナタと珍しいメンバーしかいない。兄の姻族とはいえ、気さくに話せる間柄じゃないので旭は人見知りをしてしまい黙り込んでしまった。


「なあヒナタ、風の神子はうちのカイリと同い年だったよな?」

「うん、そうだよ」


 直接旭に話すと萎縮されると判断したレイトは息子に問いかける。ヒナタが父の問いに一つ頷くと、再び沈黙が走る。


「あ、あの…お兄ちゃ…兄はいつ頃レイトさんに弟子入りされたんですか?」


 沈黙に耐えられず旭は勇気を出して共通の話題となる兄の名を出した。これなら多少は会話が弾むだろう。


「トキワが俺に弟子入りしたのは…あいつが10歳の時だ。奇遇にも同じ両手剣使いで風属性だったから声を掛けた」


「父さん、風の神子にタメ口は失礼だよ」


「いえ、お気になさらずに。兄の師匠は私の師匠同然ですから」


 寧ろ親子ほど離れている大人に敬語を使われるのが苦手だからと父親を咎めるヒナタに念押しして、旭は笑顔を貼り付けた。


「じゃあお言葉に甘えて…あとは義妹にちょっかいを出しているガキがいるらしいから、今の内に潰しておこうかと思って声を掛けたのがもう一つの理由かな」


 若い芽は摘み取るというやつだろうか、しかし現在兄が義姉と結婚しているという事は、潰される事なく修行して剣の腕を磨いたようだ。


「すみません、魔物が出たので停車します」


 小窓が開き、マイトから魔物出現の報を耳にしたレイトとヒナタは戦士の顔をして馬車から出て行った。旭は小窓から外の様子を窺うと、オオツノヒグマの鋭い爪がマイトの槍の柄を掠めていた。彼の力量なら討伐出来るだろうと楽観視しながら馬を守るための結界を展開しようと集中した。


「え…」


 しかし結界を張るよりも早くオオツノヒグマは霧散したので、旭は思わず目を擦ってもう一度魔物がいた場所を見たが、全く状況が分からなかった。


「マイトさん、今何が起きたの?」


「…私がオオツノヒグマの攻撃を抑えている隙にレイトさんがオオツノヒグマを蹴り飛ばして、ヒナタさんが片手剣を投げて的確に魔核を貫いて粉砕したようです」


 解説を聞いても旭は理解出来なかった。体長2mを越えるオオツノヒグマを蹴り飛ばすなんて常人ではまず無理だし、事前に場所を知っていても分厚い脂肪に阻まれているであろう魔核を確実に貫くなんて、自分には絶対出来ないと思った。


「ヒナタ、腕を上げたな」


「まあね」


 何事も無かったかの様に馬車に戻ってきた父子に旭はこの世界には凄い人が沢山いるのだなと舌を巻いた。


 狩場に到着し、今度はレイトに馬車から下ろしてもらった。何となく父に抱き上げて貰った感覚に似ていて思わず「ありがとうパパ」と喉から出そうになったのを引っ込めて、毎年恒例の平伏す弓使い達と挨拶を交わしてから狩りの開始となった。


「今年は命の代わりに俺が一緒に狩りを行う」


「はーい、よろしくお願いしますカケル先生」


 ハーフアップにした灰髪が印象的な美形の弓使いカケルは命の幼馴染みで弓使いの訓練所に勤務している。旭は以前までは女性教官に指導して貰っていたが、結婚を機に家庭に入ってしまい訓練所の中で一番馴染みがあるという理由から3年前から月に1度、彼が神殿に来て指導している。


「うーん、これは所謂逆ハーレム状態だな」


 最近の恋愛小説の流行である様々な美男子に囲まれて学園生活を送る貴族令嬢の話を思い出しながら、旭は護衛達を一瞥した。


「ま、私の本命はいつだってサクちゃんですけどねー帰ったらイチャイチャしようっと!」


 狩りが開始となったので旭は独り言を止めて、右耳に輝くターコイズグリーンの水晶に触れて弓を象った。


「よし!今年こそは獲物ゲットだ!」


「頑張って下さい、風の神子」


 マイトの声援に気を良くした旭は早速木陰に隠れていたウサギを発見して矢を射ったが、外してしまった。幸先悪いスタートに旭は溜息を吐いた。


「以前より矢の動きに速さが出ていた。頑張っているんだな」


「えへへ、ありがとうございます」


 逃げたウサギを仕留めたカケルが弓の腕前を評してくれた。普段憎まれ口を叩き合っているが、褒める所はちゃんと褒めてくれるいい教官だと思いつつ旭は気を取り直し次の獲物を探した。


 再びウサギを見つけた旭は意識を集中させた。


 この1年間鍛錬も頑張ったし、あの勇者の仲間である弓の名手テリーにもアドバイスを貰った。大丈夫、自分はやれる。


 想いを込めて放たれた風の矢は真っ直ぐにウサギを捉えて見事に命中した。


「やった…初めて狩れた!」


 狩りを始めて早5年、ようやく獲物を狩る事が出来た旭は喜び跳ね上がった。


「おめでとうございます!風の神子」


 祝福するマイトの声は歓喜に満ちていた。毎年狩りに付き合ってくれていたから感動もひとしおなのだろう。


「気を抜くな。まだ狩りは終わってないぞ」


 それに対してカケルは厳しい言葉を掛け、狩ったウサギを取ってくるよう指示した。血が苦手な旭は顔を顰めつつも、こちらの都合で殺めたウサギに謝罪と死を無駄にしないと誓いながら屈んで持ち上げようとしたが、突如魔物の気配を感じ取り慌てて顔を上げると木の形をした魔物、イビルウッドが旭に襲い掛かってきた。


「うっそー⁉︎」


 悲鳴を上げ、パニック状態になった旭は逃げようとするも足を絡ませて上手く立ち上がれず、万事休すと目を強く瞑った。しかし中々痛みは起きず、寧ろイビルウッドの呻き声が森に響き渡ったので旭が恐る恐る目を開けた。


「嘘…」


 旭の目の前にはマイトが庇う様に仁王立ちしていて、その隙間から見えたイビルウットは複雑に伸びていた枝は切り落とされ、太い胴体部である幹は縦に一刀両断されていた。しかも枝や幹には大量の矢が刺さっている。


「風の神子、大丈夫ですか?」


 身を呈して守ってくれたマイトに旭は何度も頷き、差し伸べられた手を取りよろよろと立ち上がり、今一度イビルウッドがいたらしき場所を見るが、魔核を破壊されたのか跡形も無く消滅していた。


「よし、次行くぞ」


 何事もなかったかのようにカケルは移動を始めた。レイトとヒナタもついさっきまで凶悪な魔物を倒したとは思えない位落ち着いていたので、旭は夢でも見ていたのかと思わず頬をつねった。

 

 その後はまぐれだったのか、旭の成果はウサギ1匹だけった。今まで0匹だったので、進歩と言えば進歩だ。


「まあ、初めて獲物を射止める事が出来て良かったな。来年も頑張れよ」


 カケルら弓使い達に見送られてから旭はようやく本日のメインイベントである喫茶店へと移動した。1人で食べるのは寂しいのでレイトにお願いして同席してもらう事にした。


 1年振りの店主夫妻達は嬉しそうに旭を出迎えてくれて、とっておきのパンケーキを振舞って貰い、大満足してから神殿へと戻った。


「ただいま!サクちゃん!」


 馬車の乗降口で出迎えてくれたサクヤに旭は勢いよく抱き着いた。


「よくぞ無事に戻ってきた」


 温かいサクヤの声に旭は目を細めて彼の背中に回した腕の力を強める。


「これも全部最強の護衛達のお陰だよ」


 自分だけではこうして今サクヤと再会する事は叶わなかった。旭はマイト達の方へ向き直り深々と頭を下げた。


「今日1日本当にありがとうございました!」


「我からも礼を言う。許嫁の護衛、誠に感謝する」


 少年少女、ましてや神子に感謝されてマイトとヒナタは神官として当然の事だと謙遜する。


「俺は嫁に義妹の義妹は妹同然だから必ず守れと言われただけだ」


 遅れて出迎えに来て駆け寄って来たセツナを抱き上げながらレイトは照れ臭そうに言い訳をした。


 そして日も暮れて来たので兄家族とレイト、そしてヒナタは義姉の実家で夕飯を食べると言って帰って行った。


 旭はサクヤと夕食を共にして初めて狩りが成功した事、パンケーキが美味しかった事、オオツノヒグマとイビルウッドを倒した護衛達の武勇伝を興奮気味に話せば、サクヤは今度レイトに手合わせを頼みたいと新たな挑戦に目を輝かせた。

登場人物メモ

レイト

40歳 髪色 灰 目の色 赤 風と水属性

 ヒナタの父。ギルドランクAの手練れ。村の自警団に勤めていて、休みの日はギルドの依頼を受けて小銭を稼ぐ。

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