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78 きっと最初で最後です 前編

昨日の事ですが、活動報告にSS更新してます。

「お兄ちゃんちょっと太ったんじゃない?お腹出てるよ。そんなんじゃお義姉ちゃんに嫌われるんじゃない?」


 戦闘訓練の指導に来た兄に対して冗談を言ってみたら、兄が慌てた様子でお腹周りに触れて確認していたので旭は堪らず吹き出してしまった。


「よし、今日はまず腹筋を鍛えよう。翌日の筋肉痛を覚悟しろ」


「ごめんなさい嘘です!お兄様の腹筋はバッキバキです!」


「いや、心なしか太った気がする。これじゃあ旭の言う通り嫌われるかもしれない」


 本気なのか、それとも冗談への報復なのか、急遽兄が課した筋トレに旭は悲鳴を上げた。しかしやらないともっと厳しい目に遭うだろうと予測して、渋々とトレーニングの内容を確認してからマイトに時間計測を頼めば、旭達の地獄の腹筋メニューがスタートした。


「巻き込んじゃってごめんね、サクちゃん」


「否、我もいつか腹筋を割りたいと思っていたから好都合だ」


「そうなんだ。まあ、私はサクちゃんが健康ならどんな体型でも愛するよ」


 余裕がある内はサクヤと会話をしつつ、これで腹筋が割れたら恥ずかしいと思いながら足を浮かした状態を保っていたが、次のクロスクランチでは考え事をする余裕が無くなり、プランクになると姿勢が保てず何度も伏した。


「はあ…次はランニングするぞ…」


「ぜぇ、ぜぇ…無理…死ぬ…」


 体力おばけで有名な兄でさえ息が上がるようなトレーニングの後に走れなんて到底無理で、旭とサクヤは共に地面に這いつくばったまま動けずにいた。


「旭、ちょっといいかな?あ、トキワもいたんだね」


「パパ…」


 平日の昼間なのに珍しく父が顔を出した。いつもなら抱き着いて熱烈な歓迎をしたい所だが、旭は動く事が出来ず辛うじて顔だけ上げた。


「じつは旭に会いたい子達がいるんたけど…今は無理そうだね」


「うん…無理。支度が整うまで…待ってもらえるなら会うけど…」


 神子としての品格を保つ為にも汗と土に塗れたこの姿で人と会うわけにはいかない。そもそも今は満身創痍だった。


「分かった。じゃあ中庭のバラ園で待つ様に伝えておくよ。じゃあ私は仕事があるから」


「はぁい…パパ、おしご…と…頑張っ…て」


「いってらっしゃい、孫への小遣い稼ぎ頑張って」


 どうやら旭に依頼人を合わせる為に仕事を抜け出していたらしい。もう少し一緒にいたい気持ちもあったが仕方ない。息も絶え絶えに旭は兄と共に父を見送った。


 それにしても自分に会いたい人間とは一体誰なのか?首を傾げながらも、これで地獄のトレーニングから逃げられると感謝してゆっくり立ち上がり、マイトに支えて貰いながら早速ランニングを始めた兄とサクヤを横目に風の神子の間へと向かい、雫達に手伝って貰いながら身なりを整えた。


 体の疲労と戦いながらマイトと待ち合わせ場所に向かうと、ガボゼに旭と同じ年頃の少年少女がいた。近づくにつれて彼らは実家の隣の家に住んでいるヒロトと、旭が登校したら何かとお世話してくれる巴と響だという事に気づいた。


 本来旭は神殿で勉強しているので集落の学校に行く必要は無いのだが、同級生との交流も大事だという両親と兄の教育方針から顔見せ程度に年に1、2回ではあるが東の集落の学校に登校していた。


「旭ちゃん久しぶり」


「元気だった?」


「巴ちゃん、響ちゃん、ついでにヒロト…久しぶり。どうしたの?」


 ヒロト達がわざわざ神殿に来たのが初めてだったので、旭が問い掛ければ何か言いたげな表情のままこちらを見ていたが、意を決したのか代表して巴が口を開いた。


「あのね、旭ちゃんに今度の精霊祭で私達が出る劇に出演して欲しいの!」


「ふぁっ⁉︎」


 同級生からの突然の申し出に旭は目を白黒とさせた。演技なんてした事ないし、今年の精霊祭は旭の実家がある東集落が主催なのは知っていたが、開催まであと2週間で演技が仕上がる気がしなかった。


「今まで誘ってこなかったのに…何で?」


「それは…旭ちゃんは精霊祭は神子の務めがあるから邪魔しちゃいけないって思ってたから…でも今年はみんなでする最後の精霊祭だから!旭ちゃんも一緒がいいと思ったの」


 4年に1度の主催だから次に東の集落が担当する時には旭達は18歳と学校を卒業しているのでバラバラで参加する事となる。だからこそ最後の思い出作りに旭を仲間に入れたいようだ。


「ちなみに何やるの?私は何の役?」


「演目は『気まぐれな風の精霊』で旭ちゃんには最後に結婚式を祝福する風の精霊役をお願いしたいの」


 気まぐれな風の精霊とは村で言い伝えられている昔話の1つで、ある日風の精霊はいたずらで少女の帽子を風で飛ばした。その時帽子を拾った少年と少女が恋に落ちたのをキッカケに風の精霊達は2人の恋を気まぐれに応援するという話だ。


「これが台本だよ。とりあえず読んでみて」


 響に手渡された台本をパラパラとめくり、旭は自分が割り当てられているシーンに目を通した。セリフは一言だけで、恐らく忙しい旭に配慮して作られたと思われる。


 なお、風の精霊役は旭以外にも数名いて、場面ごとに違う様で、全員なにかしら出演する劇の様だ。


「お誘いは嬉しいけど、精霊祭当日は神子としての務めがあるから参加は難しいかも…」


 精霊祭は1日中劇場観賞を行うのか決まりである。兄に頼めば出番の時だけ交代する事も可能ではあるが、劇の練習はめんどくさいし、兄に借りを作りたくないし、何より年に数回しか会わない同級生達に思い入れがあまりないので旭は難色を示した。


「そっか、ごめんね無理言っちゃって…」


 申し訳なさそうにしている巴と響に良心が多少痛んだが、1日中サクヤと一緒にいられる貴重な日でもあるので旭は折れる事はなかった。


「へっ!お高くまとまりやがって。こっちが仲間に入れてやるって言ってるんだから大人しく言うこと聞けよ!神子の務めなんて1日中鼻ほじりながら高みの見物してるだけだろ?」


「はあっ⁉︎」


 攻撃的なヒロトの挑発に旭は日頃村人達の為に精霊に祈りを捧げているのに何て仕打ちだと頭に血が上って声を荒げた。


「あんたが言い出しっぺの癖にその言い方は無いでしょう?本当男はいつまで経ってもガキでねー」


「ばっ…!」


 巴の言葉を遮る様にヒロトは顔を赤くして大声を出した。


「ああ、そういうこと?ごめんねヒロト、あなたの気持ちは嬉しいけれど、私には大好きな婚約者がいるから」


「違うっ!お前の事なんてこれっぽっちも好きじゃねぇよ!」


 耳まで赤くなっているヒロトに旭は優越感を感じつつも、劇に参加する気にはなれなかった。


「話は聞かせてもらった」


 背後から耳馴染みのある声が聞こえて、旭は嫌な予感がしながら振り向くと、兄がよそ行きの顔をして立っていた。先程まで運動していた影響か、肌が蒸気して汗で濡れた髪から溢れるそこはかとない色気に巴と響は見惚れてしまっていた。


「盗聴魔め…」


「何か言ったか?」


「いいえ、何も…」


 兄に八つ当たりをしても後が怖い。しかしこの状況、確実に自分にとって不利な展開になるのが予想出来て旭は嫌な汗がどっと噴き出るのを感じた。


「妹の為に色々考えてくれてありがとう、是非仲間に入れてあげて欲しい」


「で、でも…旭ちゃんには神子としての務めが…」


 旭の都合を心配する響に兄は村人の憧れを具現化させた様な美しい微笑みを浮かべた。


「大丈夫、風の神子は妹に代わって私が務めるから。みんなで楽しい思い出を作ってください」


 最上級の外面で話を進める兄に予想が的中した旭は空を仰いだ。ヒロト達はトキワの美貌に当てられてすっかり夢見心地の様子だ。


 これにより旭が劇に参加する事は決定となり、翌日から練習に取り掛かる事となった。

登場人物メモ


巴 ともえ

14歳 髪の色 灰 目の色 赤 氷属性

旭の同級生。面倒見が良い。


響 ひびき

14歳 髪の色灰 目の色 赤 水属性

旭の同級生。優しい子。巴と幼馴染

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