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77 親友が道を踏み外しそうです

 サクヤと旭の婚約破棄騒動は撤回という形で収まり、また穏やかな日常へと戻っていた。


先日は遂にサクヤの念願だった進学塾が神殿の空き部屋にて開校された。生徒の募集定員20名だったが、集まったのは7名と少なめだったが、まだまだ知名度と実績が無いから仕方ないとサクヤは気にしない事にした。


 生徒達の授業態度は真面目だと講師も評価していたので、今から結果が楽しみだと語る許嫁に旭は頼もしさを感じた。


 おやつ時になったので旭は菫とティータイムを楽しむ為に彼女の部屋に行ったら留守だったので、氷の神子の間へ向かった。


「菫ー!お茶しよう」


 氷の神子の間に旭が顔を出すと、ヒヤリとした空気に身震いがした。どうやら部屋の主の機嫌が悪いらしい。


「旭か、よく来た。お茶でも飲んで行きなさい」


 黙々と氷魔石を精製している菫の代わりに出迎えたのは氷の女王、(あられ)だ。銀髪のストレートヘアに長いまつ毛が縁取る気の強そうな瞳は圧倒的な美しさを誇っていて、思わず平伏しそうになる。菫の叔母なだけあってどことなく雰囲気が似ている。


 勧められるままに旭は質の良いベロア生地のソファに沈んでアイスブルーのティーカップに注がれる紅茶を見つめた。お菓子はふわふわの蒸しケーキだ。


「なんか皆さん忙しそうですね」


 霰を始め次席の(かすみ)と菫と氷の神子が勢揃いしていて、更に神官達も慌ただしい。部屋にはレースやチュール、シルクやリボンがあちこちで舞っている。


「どっかのバカップルの所為で大忙しなの。約3ヶ月で婚礼衣装を作れとかバカの極みだ」


 麗しい顔を歪めて愚痴りながらも素早い手つきで刺繍をする霰に旭は舌を巻いた。どっかのバカップルとは12月に挙式を発表したアラタと静の事だろう。基本的に神子の婚礼衣装は霰が手掛ける事になっている。去年行われた梢の婚礼衣装も彼女が制作していて、その美しさに村中の若い娘達は虜になった。


「しかも花嫁衣装の注文が多い事ったら…大人しく私に任せれば完璧なドレスが作れるというのに…クソっ!」


 ここでも静の評判は悪そうだ。旭は愚痴を聞く側に回る事にした。


「あの体型ならAラインが一番美しく見えるのに、どっかのバカの嫁が着ていたマーメイドラインが良いとか言い出しやがって…」


「そのバカってうちの兄ですか?」


「ああ、あれは相当のバカだ。あいつらの婚礼衣装は私が手掛けると決めていてデザインまで考えていたのに、村の衣装屋でオーダーしやがって…しかも私が考えていたデザインとほぼ互角…いや、それ以上の出来!思い出すだけで腹が立つ!」


 怒りを刺繍にぶつける霰に旭は冷や汗をかきながら兄が迷惑かけたと心の中で謝った。


「氷の神子はあの店のデザイナーとは犬猿の仲なんですよ」


 年配の神官が霰をまるで子供扱いする様に笑いながらドレスに着けるバラの花飾りを手早く作り上げていく。村人御用達の衣装屋は神殿から徒歩3分程の距離の東の集落にあって、実家への帰り道にある。


 通り過ぎる度にショーウィンドウに釘付けになり、サクヤとの結婚式はここに頼もうと漠然と考えていたが、この様子だと霰に頼んだ方が平和だろう。そもそも彼女の手掛けるブランド、スノウホワイトは大好きなので文句は一切なく寧ろ嬉しい。


「私とサクちゃんの結婚式の時は霰さんにお願いしますからね」


「任せて、ただし挙式1年前に依頼しなさい」


「はーい」


 ここで旭は自分達はいつ結婚式を挙げるのか考えてなかった事に気がついた。出来る事ならば自分が結婚出来る16歳の誕生日に挙げたいと考えているが、サクヤの意見も聞かなければならない。今度会ったら聞いてみようと思いつつ蒸しケーキにフォークを入れると、魔石作りを終えた菫がクタクタの様子で隣に座って来た。


「お疲れ菫」


「うーん、ありがとう…ああ、もう魔力が無い…」


 魔力切れによる頭痛に顔を顰めつつ、菫は魔力が込められたハーブティーを飲んでほっと息をついた。


「この忙しさがあの女の所為だと思うとイライラしちゃう」


「ははは、でもアラタさんの所為でもあるよ?」


「全くだ。要の頼みじゃなかったら断っていた」


 刺繍糸をハサミで切ってから針をピンクッションに刺した霰はやれやれと肩をすくめて、アラタの姉である幼馴染みで親友の要を思い出して苦笑した。


「要が突然嫁ぐ事になって既製品のドレスをアレンジした婚礼衣装しか用意できなかった事を悔いていたら、あいつに代わりに弟と妹達の婚礼衣装を頼むと言われた。だから去年の梢達は勿論、今回のアラタとその相手の衣装も引き受けたわけだ」


「素敵な友情ですね…私達もそんな仲になれるといいな」


 旭が同意を求めたら菫も微笑して頷いたので、嬉しさで頬が緩んだ。彼女しか同性の親しい友達はいないので尚更だ。


 この後アラタと静が採寸に来るという事らしく邪魔だからと旭は菫と一緒に追い出されたので、旭の部屋でティータイムの仕切り直しをする事にした。


「そうそう、私サクちゃんと2度目のキスをしたんだよー!」


 思えば報告してなかったと思いつつ、旭は惚気た。前回同様菫がはいはい良かったねと返してくれると思っていたが、黙って俯いたままだ。魔力が少なくなって体調が悪いからだろうと気にする事なく旭は持ち帰った蒸しパンを口に運んだ。


「…黙っていたけど、私も流星群の夜にアラタさんとキスをしたの」


 ポツリと告げた菫の言葉に旭は目玉が飛び出そうになった。あの日以来2人一緒にいるのをしばしば見かけていたが、キスを交わした間柄のような空気はまるでなかったので己の耳を疑った。


「え?ええ!どういうこと⁉︎だってアラタさんには静さんが…」


「分かっているけど、止められなかった。キスをした後何事もなかった様に振る舞ったらあっちも夢だと思ったのか、いつも通りの態度のまま…でもいいの」


 何がいいのか分からない。旭は動揺を隠せなかった。アラタもアラタだ。不意を突かれたかもしれなくてもなあなあな態度を取るなんて信じられなかった。


「私、アラタさんの愛人になる」


「あ…愛人⁉︎」


 まさか菫がアラタの愛人に立候補するとは考えられなかった旭は驚きの連続だし、愛する人の1番になれなくてもいいという菫の決意を応援する気には到底出来なかった。


「あの女とは別居生活なんだから神殿での生活は私が支えるわ」


「でもいくら菫が愛人になりたくても、アラタさんが受け入れると思う?」


 あれでもアラタは子供には手を出さない大人のはずだ。キスも菫から仕掛けたものだろう。しかも静に惚れ込んでいるから愛人を持つつもりはないと旭は推測している。


「アラタさんの欲求不満に付け込むわ。それでもダメならキスした事をみんなにバラして騒ぎにするつもり」


 例えアラタを傷付けてでも一緒になりたい菫の決意は到底応援出来ない。場合によっては光の神子に報告しようかと旭は思案したが、愛人推進派の彼女に言ったら菫の思う壺だと頭を抱えた。


「愛人になったらアラタさんと融合分裂は出来ないし、結婚式も挙げられないんだよ?それでもいいの?」


 それはお茶会やパジャマパーティーでよく語る話題だった。融合分裂をしたら水晶はどんな色に変わるのか、結婚式ではどんな花嫁衣装を着たいかなどとよく目を輝かせて話していた。


「いいの、例え体だけの関係になっても…アラタさんと繋がっていたいの」


 どこか自分に酔いしれた様子の菫に旭はかける言葉が見つからず、残りの蒸しパンを口に放り込んで時間を稼いだ。


「悪いけど愛人になるのは応援は出来ない。でも菫とはこれからも友達だよ」

 

 正直な気持ちを菫に伝えれば「分かっている」と返事が返って来た。本当に分かっているのか些か疑問だが、解決策が見当たらない以上何も出来ない。


「ありがとう旭、あなたはちゃんとサクヤと幸せな結婚をしてね。こないだみたいな婚約破棄騒動は無しよ」


「いやでもあれのおかげでサクちゃんと2度目のキスが出来たからなあ…なんてね、うん絶対サクちゃんの手を離したりしないよ」


 せめて自分達は彼女の望む通り幸せになって安心させよう。今自分に出来る事はそれしかない。それにしても12月のアラタと静の結婚式は一体どうなるのやら…旭は憂いながらも菫と一緒にどんな服を着るか相談したら、本来花嫁にしか許されない白いドレスを着ると言い出したので慌てて止めるのであった。

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