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74 許嫁が母親と再会します

「サクヤ、あなたの生みの親が会いたいと言っているわ」


 それは養父母からサクヤに久しぶりに一緒に朝食でもどうかと誘われて和やかに過ごしていた。しかし養母の切り出した話題にサクヤはデザートのリンゴを口に運ぶ手を止めた。


「とはいっても母親だけなんだけどね。あなたの活躍ぶりを聞いて会いたくなったそうよ」


 これは確かな情報なのか、サクヤには分かりかねた。何せ養母が生みの親について切り出したのは初めてだ。


「フフフ、疑っているようね。でも本当よ。あなたさえ良ければ今週末に面会の場を設けるけど…どうする?」


「養母が本当だと言うのなら本当だろうが…」


 サクヤには普段見えない場所に生まれつき特徴的な痣がある。生みの母親は恐らくそれを言い当てたのだろう。しかし現段階では母親に会いたいような会いたくないような複雑な気分だった。


「私達に気遣う事はない。自分のルーツを知る良い機会だ。会ってみたらどうだ?」


 育ての親である養父母や神官達に遠慮しているように見えたのか、養父は優しい声でサクヤを諭した。


養父(ちち)がそう言うなら会ってみようと思う…だが心の準備をする為にも母親について知っている事を教えて欲しい」


 事情を何も知らないで会ってからいちいち驚いたり、逆に相手を傷付ける発言をしてしまう可能性もある。サクヤの申し出に光の神子は了承すると、自分が知る限りの彼の母親についての情報を話すことにした。


「そうね、彼女の名前は瞳、水鏡族の女性で現在35歳。住まいは西の集落よ」


 まさかそんな近くにいたと思わなかったサクヤは戸惑いを隠せずにいた。もしかしたら自分の事も時折様子を見に来ていたのかもしれない。


「現在夫と2人の子供と5人で暮らしていて、子供は男と女1人ずつ。あなたの弟と妹ね」


 自分に兄弟がいる可能性は無きにもあらずと考えていたが、実際そうだと知るとサクヤはどうして自分だけ捨てられたのか、疑問が生じた。それを瞬時に読み取った光の神子は話を続ける。


「いずれ知る事だから包み隠さず言うけれど、彼女は当時未婚で、親の借金を返す為に港町で体を売っていた。あなたはその時出来た子供なんですって。因みに今の家族にはあなたの存在を隠しているそうよ」


 まるで愛を感じられない己の出生にサクヤはやはりという気持ちと、どこかでやむを得ない事情があって止むなく捨てたのだと諦められない気持ちがあった。


「ところで養母は何故そこまで我の生みの親について知っているのだ?我は神殿に捨てられていたのではないか?」


「流石に気付いたわね。ええ、あなたは神殿に捨てられたんじゃない。私があなたの母親から買ったの」


 悪びれた様子もなく真実を告げた養母にサクヤは裏切られたような気持ちになり、今までの価値観がひっくり返りそうになった。


「あなたの母親は当初からあなたが生まれたら裏社会の人間に売って借金の足しにするつもりだったみたい。水鏡族は高く売れるからね。だけど生まれた子供は銀髪持ちで更には闇属性だった。そこであなたの母親は私に借金の全額返済と引き換えに闇の神子のサクヤを差し出すと交渉を持ち掛けたのよ」


 つまり自分は1人の人間としてではなく、借金返済の道具として生まれたという事だ。あんまりだとサクヤは自らを憐れみ絶望感を覚えた。


「私は二つ返事で彼女に借金返済に必要な金額に当面の生活費を上乗せしてあなたを貰い受けた。闇の神子は神殿にとって必要な人間ですからね。他の誰かに奪われるなんて是が非でもさせたくなかった」

 

 もし裏社会の人間に買われていたら、今頃自分は想像出来ない程に不遇な目に遭っていただろう。そう考えたら養母に買われて幸運だったと分かっているのにサクヤの心は澱んでいく。


「養母は…我が闇の神子でなければ引き取らなかったのか?」


 問い掛けに対して顔色を変えないまま頷いた養母にサクヤの身体中の血が凍りついたような気分になった。


「銀髪持ちなら神子としての価値があるから引き取ったかもしれないわ。でも普通の赤ん坊だったら断っているわね。だから自分が闇の神子として生まれた事に感謝なさい」


 積み重なった奇跡と偶然が今の自分を作り出してきた事は分かっていても、サクヤは養母が別人に見えて目を背けて拒絶した。


 重たい空気のまま朝食は終わり、養父母が出て行った後、サクヤはひとりになりたくて自室に篭った。自分は望まぬ妊娠で生まれ、その後売られるという世間一般的な子供のように愛に包まれた出生ではなかった。その事実がサクヤの心を冷やして行った。


 週末の面会は引き受ける事にしたが、生みの母親は自分にどんな言葉を掛けてくれるのか…贖罪か、それとも感謝か…会いたいということは悪い感情は抱いていない筈だと思いたかった。


 考えてもどうにもならない。今はこの件について忘れようと決めると、サクヤは生徒への募集事項の作成に集中する事にした。



 ***



 そして約束の週末が訪れた。悩んだ挙句サクヤは1人で母親に会う事にした。一対一の方が向こうも本音が言いやすいだろうと見込んでだ。


 ありのままの自分を見せようか、それとも神子の姿で接するべきかこれもまた悩んだが、神子として活躍しているサクヤに会いたいみたいなので要望に応える事にして、愛用の眼帯や手袋、アクセサリーは外しておいた。


 神官に案内されて待ち合わせに指定した部屋の前へと着いた。ここが正念場だ。


「サクヤ様、どんな事があっても私達はあなたの味方ですからね」


 持ち場に戻るよう伝えた所、直轄の高齢女性の神官が勇気づけて来た。サクヤは静かに頷くとノックして中から聞こえた女性の声に緊張しながらドアを開けた。


「あ…」


 一目見ただけで彼女が自分の母親だと分かったサクヤは思わず声が漏れてしまった。それ位彼女はサクヤと瓜二つだった。


 青白い肌と少し隈が目立つ三白眼の赤い瞳、異なる点と言えば性別と髪の色、そして属性だろうか。肩甲骨位の長さの灰色の髪は雑に1つに束ねられている。背は村の女性の平均的な高さで、水の神子三席の環と同じ位だった。右耳に輝くピアスは紺色に水色が混ざっている…結婚して水晶の融合分裂を行なっているのだろう…よって水属性と氷属性だろう。


 最初に一瞬だけ目が合ったが、その後は捨てた負い目からか母親は俯いてしまった。サクヤは一先ず彼女と向かい合う形でソファに腰を下ろした。


「…お久しぶりです。と、言った所でしょうか?」


 皮肉に聞こえてしまったかもしれないと思いつつも、自分から話さないと向こうも話さないと思ったサクヤは軽い挨拶から始めた。


「……この度は御目通り頂き誠に有難う御座います」


 こちらが他人行儀で接したからか母親も神子に接する村人の態度で返して来た。もっと親しげにすれば良かったかとサクヤは後悔しつつも、事前に考えておいた話題を切り出そうとしたが、緊張で何も浮かばなくなってしまった。


「光の神子から聞いたかもしれませんが、あなた様には父親の違う9歳の弟と7歳の妹がいます」


 そう言って母親がカバンから取り出して机の上に置いたのは家族写真だった。弟と妹はどちらかというと父親似のようだ。そして当然サクヤはそこにいない。


「2人とも元気いっぱい食べ盛りで将来は2人とも学校の先生になりたいと申しております」


 我が子の成長の喜びを口にしているように見えるがサクヤにはそれ以外の意図を読み取った。


「となると、お金がいくらあっても足りないのでは?」


「ええ、まあ…」


 金という単語に母親の目が一瞬光ったのをサクヤは見逃さなかった。いっそ清々しいと感心しつつも、今回自分に会いに来た理由を察した。


「…血を分けた弟妹の為に力になりたいのは山々ですが、私が販売している魔石は需要が少なく、お恥ずかしながら彼らの生活や進学を支援出来るほどの財産を持ち合わせておりません」


「左様ですか…」


 援助を断ったサクヤに対して母親は極端に落胆した表情を浮かべていた。しかしこれは事実でもある。普段与えられている給与もこれからは塾の運営に私財を投じる事にもなるし、今後新しい種類の闇魔石が販売される可能性も低いので収入が増える見込みは無い。


 神殿で暮らせば衣食住の保証があるので生きていけるが、今身一つで神殿を出れば、たちまち財産は尽きてどこかで住み込みで雇ってもらい汗水垂らして必死に働かないと生活はできないだろう。


「進学については風の神子奨学基金を利用されるといいでしょう」


「………」


 奨学基金といえども場合によっては借金になる。当てが外れた母親はしばし黙り込んでから用意されたお茶を啜って場を保った。この様子だと次に会う時も金の無心だろうとサクヤは酷く冷静な目で製造元を一瞥した。


「1つだけ…質問があります」


「何でしょう?」


「私の父親はどんな方でしょうか?」


 養母によると、母親が体を売った際に出来た子供だと言われたが、それでも何かしら心当たりがあるかもしれない。サクヤは自分のルーツを知る為の興味本意で問い掛けた。


「…ご存知かと思いますが、私は以前不特定多数の男性と関係を持っていましたので確実に誰とは言えません。ただ、私はいつも避妊の魔術を施して仕事をしていました。それなのに…」


 語尾を途切らせる母親にサクヤは心底自分は望まれて生まれて来なかったのかと痛感した。


「もしかしたら、あなた様の父親は意図的に私の魔術を破れる程の実力者なのかもしれません…申し訳ありませんがこれ以上は分かりかねます」


「承知しました。辛い話をさせてしまい申し訳ありません」


 まるで屈辱だと言いたげに膝の上で拳を握り俯く母親にサクヤは謝罪して、これで面会は終了しようと腰を上げた。


「あの…風の神子から援助して頂く事は出来ないでしょうか?いずれ夫婦になる間柄なら、資産も共用となりましょう」


 こちらから金を取れないなら旭から取ろうとする母親にサクヤは目の前が真っ暗になった。


「申し訳ありません、出過ぎた発言でした」


 動揺を隠しきれないサクヤに母親も失言を自覚して前言撤回した。


「…務めがありますので失礼します。皆様の今後のご多幸をお祈りします」


 神子としての品格を辛うじて保ち、社交辞令の言葉を並べて、サクヤはこの異質な空間から逃げ出すと走り出し、人払をしてから闇の神子の間の自室のベッドに飛び込んだ。

 

登場人物メモ

35歳 髪色 灰 目の色 赤 水と氷属性

サクヤの実母。西の集落で夫と2人の子供と暮らしている。三白眼が印象的。

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