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7 結婚式に参列します

 晴天に恵まれて春の温かい日差しに包まれた週末、今日は土の神子次席の(こずえ)の結婚式が執り行われる。お相手は幼馴染みの神官だそうだ。


 神子の結婚は挙式自体は普通の村人達と同じ神殿内のチャペルで行われるが、野外劇場にて村人達へ結婚の報告とお披露目を行うのが異なる点である。お披露目を終えたら普段神子達が会議などを行う精霊の間で立食パーティーが行われる。


 旭も同じ神子として結婚式とお披露目、そして立食パーティーに参列する事になっている。結婚式の服装は冠婚葬祭だから民族衣装を着るかと思いきや、新郎新婦以外は白い服を着てはいけない為、白を基調としている民族衣装は完全NGで、参列者は下ろしたての少し他所行きの服を着るのが決まりとなっている。


 近年は服装の一部が新品なら問題無いという暗黙の了解が罷り通る様になったので、男性はネクタイやポケットチーフ、女性はストッキングやスカーフなどといった小物を新品にして参列するパターンが殆どだった。


 しかし神子の結婚式は格式が上がり、ドレスコードがフォーマルになるので、用意する小物でも中々な金額になるし、女性陣は見栄の張り合いから毎回新しいドレスを用意していた。


 旭も今日の為にエメラルドグリーンのドレスを新調していた。もっとも結婚適齢期の神子は少なく、結婚式は3年に1度あるか無いかなので、たまの贅沢として奮発した。


「あー、めんどくさ」


 そんなめでたい日に旭の兄はソファにどっかりと腰掛けて脚を組み、あくびをしてつまらなそうにしていた。ちゃんとしていたら誰もが足を止めて見惚れるくらいの美丈夫なのに、やる気のない表情が彼の本質である粗暴さを醸し出していた。


「ちょっとお兄ちゃん、面倒臭いとか言ったら失礼でしょうが!」


「まだ式場じゃないんだからいいだろう?こっちは貴重な休日を潰して参列してるんだよ」


 確かに式までまだ時間があるので兄妹達は風の神子の間で待機しているが、それでも旭は兄の態度は横柄だと感じていた。


「そういえばお義姉ちゃん達は参列しないの?」


「梢さんから打診はあったけど断った。毎回神子の結婚式に家族揃って参列したら衣装代で金がいくらあっても足りなくなる」


「えー、お兄ちゃんちって貧乏なの?」


 兄は代行とはいえ神子の仕事は行っているし、本業の大工や冒険者ギルドの依頼をこなして稼いでいるし、妻も働いているので生活に困っている様には旭は思えなかった。


「失礼な奴だな。生活に困ってないけど、クオンとセツナを学校に出してやらないといけないからお前みたいに無駄遣いが出来ないんだよ」


「風の神子奨学基金を利用すればいいじゃん」


「それは最終手段だ。先々代が残した奨学基金の事業を出来るだけ長く続ける為にも、自分の子供の学費は自分でなんとかするつもりだ」


 以前からこの奨学基金の事業には兄と先々代の風の神子との間に何やら深い絆の様なものを感じていた旭は、自分も力になろうと今代の風の神子として責任感を覚えた。


「はあ、それにしても結婚式かあ…私もあと3年もしたらサクちゃんとするのかなー?ねえ、お兄ちゃんとお義姉ちゃんの結婚式てどんなだったの?」


 そういえば兄も結婚式を挙げていたはずだと思い旭が尋ねると、トキワは渋い顔をした。どうやら話したくないらしい。


「お前も参列してただろう?」


「小さかったから全然覚えてないよ!ていうかいつ結婚したの?プロポーズの言葉は?ハネムーンはどこ?」


「さあな」


 はぐらかす兄に旭は頬を膨らませて不機嫌を露わにした。そして以前母が兄が夫婦での婚礼写真の焼き増しを用意してくれなかったと恨み節を吐いていたのを思い出した。確かに実家には神殿が発売した婚礼衣装を着た兄単独のブロマイドしか無かったので、益々兄の私生活に謎を感じたのだった。


 時間になったので兄妹はチャペルへと向かった。既に参列者が集まっていて、10分もしない内に結婚式が始まった。旭は兄とサクヤの間で新郎新婦の登場を待った。サクヤの服装は流石に今日はドレスコードに則ったスーツ姿だったが、シャツもスーツも全て黒で統一されていて、ネクタイとポケットチーフは臙脂色で普段着ている奇抜なファッションと色合いが同じだった。


「サクちゃんカッコいい…」


「フッ、風の神子も可憐な装いだ」


 だとしても盛装のサクヤは中々男らしくて、旭がうっとりと見惚れていていると、新郎の入場となった。真っ白な水鏡族の伝統的な婚礼衣装に身を包んだ長身で筋肉質な体格の男性は土の神子代表のアラタの側近を務めていたので、旭は見覚えがあった。


 そして新婦が入場となった。エスコートをしているのは新婦の兄であるアラタだった。兄妹達の父は他界している事からの人選の様だ。


 新婦の花嫁衣装も新郎と同じく伝統的な婚礼衣装姿で、首の詰まった長袖のスレンダーラインのドレスには民族衣装であしらわれる意匠が銀の糸で各所刺繍されていてとても美しく、旭は自分も早くサクヤと結婚式を挙げたいと羨望の眼差しを向けた。


 式の進行は水の神子代表のミナトが執り行っている。神子の結婚式は大体彼が担当しているらしい。新郎新婦は誓いの言葉を交わした後に融合分裂の儀式へと移った。


 融合分裂とは言葉通り水鏡族が生まれた時に持っている新郎新婦の水晶を1つの水晶に融合した後に2つに分裂させる儀式で、これにより夫婦は互いの居場所と生死が判る様になる。更に魔力が高い方の配偶者の影響を受けて魔力が高くなったり、属性が使えるようになったりと良いことばかりらしい。


 ちなみに水鏡族の水晶について研究している水の神子次席によると、銀髪持ちは魔力が強すぎるので、配偶者の属性の影響は受けないらしい。よって旭はサクヤと融合分裂をしても闇属性は使えないし、サクヤも風属性が使える様にはならないらしい。


「きれい…」


 まだまだ水鏡族は謎が多いのだなと旭はぼんやり考えながら神々しく輝く新郎新婦の水晶を眺めて融合分裂の儀を見守った。


 無事融合分裂が済むと、次は誓いの口付けで締めとなる。旭は自分がするわけじゃないのに胸をドキドキさせながら新郎新婦の口付けを食い入る様に見守った。


「旭、顔!」


 あまりにも間の抜けた顔をしていた為、旭は兄から耳を引っ張られ小声で注意されたので、急ぎ表情を整えた。


 結婚式が終わると参列者達はチャペルの外に出てフラワーシャワーの準備へと移る。そして旭達は出てきた新郎新婦に花びらを祝福の言葉と共に投げた。旭の仕事はそれだけではなく、こっそり風を操り花びらを舞い上がらせて新郎新婦を包み込ませた。これは本来、気まぐれな風の精霊の仕業と云われる現象で、門出を祝福された新郎新婦は一生添い遂げるというジンクスがあるらしい。


 しかし実際そんな事が起きる訳もなく、こうして風魔術の使い手がこっそり演出するのが定番となっている。更にいうと風属性の人間達は精霊たち同様気まぐれなので実行する者はあまりいないらしい。

 演出は大好評で、新郎新婦と参列者達から歓声が上がり盛り上がったので旭は胸を撫で下ろした。


「素敵な結婚式だったね?」


 神子達はお披露目にも参列する為、野外劇場に向かう道中に旭はサクヤに結婚式の感想を求めた。


「全くを以て同意する。結婚式というものは何度参列しても幸せな気持ちになるものだ」


 闇の力に目覚めたとか言っていても、サクヤの人の幸せを喜ぶ気持ちが変わらない様子に旭は嬉しくなり、サクヤの手を握って歩き出した。


 野外劇場でのお披露目には多くの村人達が集まっていた。新郎新婦が姿を現すと劇場全体が祝福の言葉で溢れた。土の神子次席である梢が報告のスピーチを始めると耳を傾ける為に劇場は静まり返った。拡声魔術が施されているので、梢の声は2階にある神子専用の席からもはっきり聞こえて、2人の馴れ初めや想い、そして村人達への感謝の気持ちを口にしていた。


 短いスピーチを終えると再び大歓声が湧き上がり、その中で梢は夫の頬に優しく口付けたので更に盛り上がった。


「私もいつかサクちゃんとするのかな…」


 歓声にかき消される程の小さな声で旭は呟くと、人差し指で自分の唇にそっと触れてから隣にいるサクヤの形のいい唇をチラリと見た。お披露目の新郎新婦の様に頬に口付けた事はあるけれども、唇同士のキスはまだだった。


「どうかしたか?」


「ううん、何でもないよ!」


 視線に気付いたサクヤがこちらを見たので、旭は顔を赤くして慌てて手を振って誤魔化した。


 お披露目が終わると、精霊の間で立食形式の結婚パーティーが行われた。全員揃った所で乾杯をして各々料理やお酒、談笑を楽しんでいた。


「お兄ちゃんがっつき過ぎだよ。お行儀悪い」


 歓談を疎かにして黙々と料理を口にしている兄に旭は苦言を呈した。


「今夜は夕飯が出ないからその分も食べないといけないんだよ」


 妹の説教にトキワは口に含んでいた料理を飲み込み、不機嫌に反論して口を尖らせていると、前方からアラタとボーイッシュな銀色のショートヘアの女性がやって来た。


「やっほートキワ、元気だった?」


「要さんか、久しぶり。すっかりおばさんになったね」


「うるさい!」


 要と呼ばれたショートへアの女性はアラタの姉で先代の土の神子だ。彼女は村を訪れた異国の刀使いと恋に落ちて結婚した後、神子を辞めて夫の国で暮らしている。今回は妹の結婚式の為に遠路はるばる里帰りしたようだ。


「奥さんは?捨てられたの?」


「連れて来てないだけ。そっちこそ性格悪いのバレて返品されたの?」


「違うし!一緒に来てるよ!」


 憎まれ口を叩き合う兄と要…どうやら旧知の仲のようだと思いつつ旭はアラタに視線を向けると、苦笑いを浮かべていた。


「この子はもしかして妹ちゃん?大きくなったね!」


 続いて要は旭に注目すると、目を丸くして時の流れを痛感した。まさか自分を知っているとは思わなかった旭は戸惑いを隠せなかった。


「で、こっちはもしかしてサクヤ⁉︎うわー!」


 そして旭の隣にいたサクヤの成長に要は声を上げた。サクヤは彼女の事をなんとなく覚えていたので特に動じた様子は無かった。


「いやー、時の流れは恐ろしい!どうりで梢も結婚するわけだ!アラタは相変わらずだけど」


「いや俺ももうすぐ結婚するし!」


「相手は?」


「ぐぬぬ…」


 いつもマイペースで飄々としているアラタも姉には勝てないらしい。旭は思わず声を出して笑ってしまった。


 パーティーも終盤となりブーケトスが行われた。ブーケなんかなくてもサクヤと結婚出来る旭は遠くから見学した。花嫁が高らかに投げたブーケを手にしたのは、なんとアラタだった。まさかの男性にブーケを狙っていた女性達から大ブーイングが起きた。


「俺だって結婚したいんだよー!」


 ブーイングに対してアラタが切実な思いを叫ぶと、会場一体から爆笑が起きて結婚パーティーは最後まで賑やかな雰囲気のまま終わりを迎えた。


「私達の結婚式もこんな感じに賑やかになるといいね」


「そうだな」


 パーティーが終わりを会場を後にする際、幸せな空気に当てられた旭はサクヤにしなだれかかると、そう遠くない未来に胸をときめかせるのだった。


登場人物メモ

アラタ

25歳 土の神子代表 髪色 灰 目の色 赤 土属性

 一見チャラいが、村の農業について真面目に考えている。神子としての責任感も強い。絶賛婚活中。

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