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68 許嫁と出会えた奇跡に感謝します

 水鏡族の村最寄りの港町から出ている汽車を乗り継いで約1週間かけて移動した先に学園都市がある。そこには様々な学校や研究機関が存在するという。


 そんな学園都市で研究に明け暮れる天文学者が発表したところによると、今夜100年に1度の流星群が空に降り注ぐと2ヶ月程前発表されて情報が新聞に掲載された。


 村からでも流星群は見えるのだろうかと旭が心配すると、サクヤが精霊達が見えると保証していると頼もしい言葉をくれた。旭にとっては偉い学者よりもサクヤや精霊達の方が信頼度が高かった。


「あの…マイトさんは誰と流星群を見る予定なんですか?」


 ここ1週間村では流星群をどこで誰と見るかという話題で盛り上がっていた。当日になってもその話題は健在のようで、環にお願いしていたシャンプーを旭が取りに行ったら、少し頬を赤く染めた環が護衛につけていたマイトに遠慮がちに尋ねた。


「今夜は巡回警備なので1人で見る事になりそうです。本来は夜に仕事は無かったんですが、同僚に頼まれて交代しました」


「相変わらずマイトさんはお人好しだね。お義姉ちゃんといい勝負だわ」


 そんな義姉はお腹の子供に支障が出ない程度に自宅の外で寝転んで家族みんなで見ると言ってた事を思い出しつつ、旭はガッカリしている環に近寄り「差し入れでもしたら」とそっと耳打ちすると希望を取り戻し目を輝かせたので、年上に対して言うのも失礼かもしれないが可愛いと思ってしまった。


 環の研究室を後にした旭は夜に備えて寝る事にした。マイトも夜勤なので休息を取る様に命じた。


「というわけで夕方まで起こさないでね」


「かしこまりました」


 お気に入りの赤いギンガムチェックのネグリジェに着替えた旭は紫に念を押してから、ベッドに潜り込みあまり眠くないが目を閉じて流星群を待ち望んだ。



 ***



「風の神子、起きてください。もう夜ですよ」


 紫に揺り起こされて旭は上体を起こして涎を拭った。サイドテーブルの時計を見るともう夜の7時になっていたので慌てて飛び起きてネグリジェを脱いだ。


「なんでもっと早く起こしてくれなかったのー⁉︎」


「もう3回も起こしましたよ」


 やれやれと呆れながら紫は床に散らかったネグリジェを拾い上げてから溜息をついた。旭はクローゼットから今日の為に用意していた白いワンピースを取り出して袖を通す。

 

「髪型どうしよう?雫さん帰っちゃったよね?」


「ええ、家族と流星群を見るとの事でしたから定時で帰しました。というわけで私のゴッドハンドで可愛くして差し上げましょう」


 ブラシ片手に紫は旭をドレッサー前に座らせて、ゆるふわな三つ編みをして白いリボンで結んだ。


「いっちょあがり、これなら闇の神子もメロメロですよ」


 髪結の腕前を自画自賛する紫の言う通りなかなか可愛く仕上がったと旭は満足してお礼を言うと、去年サクヤがプレゼントしてくれたペンダントを着けてから部屋を出た。


「あ、夕方の礼拝してない!」


 神子の務めである精霊礼拝を怠るなんて神子失格だと顔を青くさせて慌てて神子の羽織を肩にかけて祭壇に向かい礼拝を始めた。その間に紫は夕飯にとサンドイッチとオレンジジュースを用意した。


 風の精霊達に散々揶揄われてから旭はサンドイッチをかじりオレンジジュースを流し込む。白いワンピースを着ているので汚さぬ様気を付けつつも、いつもの倍の速度で咀嚼した。

 

 食後は身嗜みの最終チェックを行った。一世一代のプロポーズなのだから人生で一番可愛い自分でいたいと旭のやる気は漲る。


「あ、そうだ!」


 再び自室に戻り旭はドレッサーの引き出しから新品の口紅を手にした。これは義姉が誕生日プレゼントにとくれた物だ。サクヤとのデートにつけるといいと言われた事を思い出して旭はドキドキと胸を焦がしながら鏡と睨めっこをして、唇を淡いピンク色に染めた。


「いざ出陣!」


「はいはい御武運を」


 これで完璧だ。旭は意気揚々とサクヤとの待ち合わせ場所へ小走りで向かった。



「サクちゃんお待たせー!」


 なんとか待ち合わせ時間内に辿り着いた旭は先に到着していたサクヤのスーツ姿に胸をときめかせた。最後に見たスーツ姿は約1年前の土の神子次席である梢の結婚式以来だ。あの時よりも大人っぽくなったサクヤに旭は胸の高まりを抑えきれずにいた。


「…綺麗だ」


 零れ落ちたサクヤの一言に旭は空を見上げると、既に満点の星が煌めいていた。


「本当だ!遅刻しそうで走って来たから気付かなかったー!」


「否、星空じゃない……風の神子、そなたに言ったのだ」


 まさか自分を綺麗だと言ってくれたと思わなかった旭は瞬く間に顔を紅潮させた。自分で自分を美少女だと信じているし、周囲も言っているので容姿には自信があるので賞賛の言葉には慣れている方だが、大好きなサクヤからの言葉は最高の栄誉だった。


「ありがとう、サクちゃんもスーツ姿すごくカッコいいよ。本当に大好き!」


 いつも挨拶の様に口にしている大好きだが、いつだって本気で言っている。サクヤにもそれは伝わっていて照れた顔をするのが旭には堪らなかった。


「我もそなたの事を…その…好ましく思っている」


 しかも最近は不器用だけど素直にそちらの気持ちも伝えてくれるので旭は至福に顔を綻ばせると、サクヤの腕にしがみついた。


「あ、早速流れ星だ!」


 夜空を指差し旭は一瞬で消えた流れ星に高揚した。盛り上がったのは旭だけじゃない。近くの野外劇場で観測している神殿関係者達からも歓声が湧いた。


「うーん、今日は外で2人きりになれそうな場所は見つからなさそうだね」


「仕方ない。滅多に見られない流星群だからな」


 一番の観測スポットであろう塔の屋上にも先客が多そうだ。折角の夜だから出来る限り2人きりで過ごしたい旭は頭を悩ませた。


「あ、そうだ!今こそ修行の効果を見せる時!」


 ここ半年で実力をつけた旭は飛行魔術をマスターしていたので、空から流星群を見る事にした。以前兄の提案でサクヤにお姫様抱っこをしてもらった状態で飛ぶ訓練も実践済みなので確かな自信があった。


 ちなみに何故お姫様抱っこなのかと尋ねた所、一緒にいると精神的に落ち着く存在と密着している方が魔力が安定するからだそうだ。


「なるほど、空なら誰の邪魔も入らないな」


 言葉の意図を理解したサクヤは名案だと手を叩く。そして万が一落ちた場合の保険としてディアボロスを近くに待機させる事にした。


「というわけで、サクちゃん抱っこして」


「相分かった」


 両手を伸ばしてお姫様抱っこをせがむ許嫁にサクヤは臨むところだと一つ笑って見せて、旭の片腕を首に回して腰と膝を支えてから抱き上げた。以前は筋力がなくて直ぐに腕が震えて落としそうになっていたが、ここ最近の筋力トレーニングと体の成長が実を結び、今の所問題は無さそうだ。


 すっかり逞しくなった許嫁に旭はうっとりと顔を蕩けさせて彼の胸に頬擦りをしたかったが、本来の目的を思い出し魔力を集中させ、自分達の周りに風を纏わせ、徐々に地面から浮かせ高度を上げた。


 訓練時に兄と確認はしてあるが、精霊と契約を交わしている神子は塔からおよそ10mの高さまでしか登れず、それ以上は結界のようなものに阻まれる。なので結界のギリギリの高さまで上がり、そこで観測する事にした。


「到着っと、凄い!障害物がないから見渡す限り星空だ!」


 何人たりとも邪魔が入らない2人だけの世界に旭は感嘆の溜息を吐いて、ルビーの様な赤い瞳に星空を収めて煌めいた。そんな宝石よりも美しい瞳をサクヤはこっそり盗み見れば旭のことで心がいっぱいになった。


「すごーい!また流れ星だ!」


 流石流星群といったところか、いつもなら一晩中空を眺めても見つけられないのに30分で30個も流れていった。


 ある程度気が済んだ旭とサクヤは地上に戻り、お互い無言でチャペルを目指した。鍵はサクヤが事前に借りていたらしくスラックスのポケットから取り出し中に入る。灯りをつけるとステンドグラスが神々しく輝いていた。


 2人で祭壇の前まで歩くと、まるで結婚式の様な緊張感が漂った。そして向かい合ってしばし見つめ合った後にサクヤは意を決して旭の前に跪いて懐から指輪ケースを開けて差し出した。


「幼い我はそれで養母(はは)が喜ぶならばとそなたを許嫁として迎えた…」


 流石の旭もサクヤの考えに早い段階で薄々気付いていた。だからこそ必死に許嫁としてではなく、1人の女の子として愛してもらえる様必死だった。


「だが、長年共に愉快な毎日を過ごす中で我にとってそなたは特別な存在になっていって…誰にも渡したくないと思う様になった。もし養母に婚約を解消しろと言われても抗うだろう」


 まだ求婚の段階になっていないが、旭は感激で胸がいっぱいになって涙で目が潤んできた。


「だからこそ今改めて言わせてもらう。風の神子よ、時が来たら我と婚姻の契りを交わして欲しい!そして共に人生を歩んでいこう!」


 待ち望んでいたサクヤのプロポーズに旭は目から次々と涙を零して何度も頷いた。そして返事をすべく鼻を啜ってからしゃがんでサクヤと視線を合わせた。


「喜んで!ずっと、ずっと一緒にいてね!」


 星空に負けないくらいの眩しい笑顔を浮かべた旭はそのままサクヤに勢いよく抱きついた。倒れそうになりながらもサクヤは踏ん張って旭の背中に手を回して力強く抱きしめた。


 こうして名実ともに婚約者となった2人はしばらく抱き合った後、名残惜しげに離れて旭は婚約指輪を嵌めてもらった。リングに石が埋め込んであってシンプルだが、メインの石であるブラックダイヤモンドを引き立てた上品で飽きの来ないデザインだった。


「よく似合っている」


「凄く素敵!ありがとうサクちゃん、大事にするね!」


 指輪を嵌めた手を掲げてご満悦の様子で目を細めながらも、欲が出てきた旭はじっとサクヤを見つめた後、そっと目を閉じてダメ元でキスを待ってみた。


 バクバクと波打つ心臓の音が体中を支配していたが、次第に調子に乗り過ぎたと冷静なった旭は諦めようと目を開けた。


「なんか眠くなってきちゃっ……」


 誤魔化しの言葉を言い終える間もなく、両肩を掴まれると旭の淡いピンク色の唇はサクヤの唇によって塞がれた。待ち望んでいたけれど予想外の事態に目を見開いたが、甘い感覚にうっとりしてまた目を閉じた。


「ぷはっ…!」


 しかしながら初めての事で呼吸の仕方が分からず、旭は酸欠になってしまい、ムードの欠片もなく口付けを中断させて大きく息を吸い込んだ。サクヤも同様で肩で息をしていた。


「キスって想像してたより難しいんだね」


「これは次までに肺活量を鍛えなくてはならないな」


「そうだね!私も頑張る!」


 次という言葉に嬉しさと恥ずかしさを覚えつつも、これでサクヤと身も心も結ばれたと旭は人生最良の日だと幸せを噛み締めながら手を繋いでチャペルを出てから星空にサクヤと出会えた奇跡に感謝した。

 





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