66 神殿改革をするそうです
毎月恒例の会議にて旭は兄と共に奨学基金の報告を行った。現在新しく奨学基金を利用するのは7名の若者達だ。進学先は教育学校や医療学校、調理学校など様々である。風の神子奨学基金は卒業後村で一定期間働く場合は返済不要で、退学や村で働かない場合は半額返済というルールになっている。
先々代の風の神子が始めてから10年以上経つが、今の所事業は順調で、殆どの若者達が知識を身に付けて故郷に帰り多方面で活躍していて、各集落に診療所が1つずつ増やせたり、子供達の学力向上などいい方向に向かっていた。
勿論良い所ばかりではない、退学して別の仕事を始めたり、結婚したりして故郷に戻らない者もいるし、中には賭け事にハマって行方不明の若者もいる。こればかりはどうしようもなくて、行方不明者の奨学金返済については契約時の保証人に払わせる事になっている。
今後も契約内容に改善が必要だと結論を述べてから報告は終了だ。旭は安堵のため息を吐いて椅子に座った。
次に氷の神子代表霰が以前話していたファミリー向けブランドの立ち上げをした事を報告して、出来上がったイメージポスターを発表した。結局モデルになったのは水の神子次席の一族達で、美形揃いのモデル達が動きやすくとも洗練されたデザインの衣服に身を包んでいて素晴らしく絵になっていた。
他の神子達から春野菜の収穫状況や最新の魔道具の開発進行度、ブロマイドの売れ行きなど様々な報告が行われた。
サクヤは学習塾の進行において講師のなり手が見つかった事を報告した。水鏡族と懇意にしているアンドレアナム伯爵の仲介で直接挨拶に伺えないサクヤに代わり、お試しで闇の神子の神官になったヒナタが手紙を持って学園都市に直接依頼しにいったそうだ。
今後雇用計画や資金調達に教材や資材など調整があるが、この調子だと今年中には塾は開校出来そうで、計画が良い方に向かっているみたいで旭は自分の事のように嬉しくなった。
一通り報告が終わり進行役の神官から他に意見などはないか問われた所でアラタが挙手をした。既に農業関係の報告は終わっていたが言い忘れでもあったのだろうかと一同は注目した。
「私事ですがこの度結婚が決まりました」
アラタの結婚報告に個人的に静の事が苦手だし、菫を応援していたので、旭は酷く動揺してしまった。隣の兄からは「あーあ」と嘆息が漏れた。他の神子達も喜びよりも戸惑いの表情を浮かべる者が多い事から歓迎されてないのが伺える。
しかしそんな周囲に気づかない幸せオーラ満載のアラタは1人目を輝かせていた。
「おめでとう土の神子、今から結婚式が楽しみだわ」
そんな中で光の神子は歓迎ムードなので今後反論する者は出て来なさそうだと推測された。アラタも光の神子の後ろ盾を得て有頂天である。
「ありがとうございます!それで提案なんですが、神殿の外で働く神子の家族も神殿で暮らせる様にしませんか?」
このまま結婚したら静とは別居婚になるアラタは結婚式までに神殿の決まりを変えて同居生活を目指すようだ。果たして上手くいくのだろうか。お手並み拝見だと旭は行く末を窺うことにした。
「結論から言いますね。却下します」
結婚は歓迎だった光の神子も静との同居は反対のようだ。出鼻を挫かれたアラタは不満げに口をへの字にする。
「今まで通り数日間の宿泊やお相手の産休時の滞在は許可しますから、その範囲で夫婦生活を営みなさい」
「納得いきません、何故愛し合う夫婦を引き裂くような制度なんですか?これじゃあ跡継ぎを作るのもままならない!」
言われてみれば折角愛を誓い合って結婚したのに離れて暮らすのは寂しい気がした。旭はもしサクヤとの結婚生活が別居だったら耐えられないだろう。
「トキワさ…風の神子代行も代表時代は奥さんと別居生活でしたから俺の気持ち、分かりますよね⁉︎」
結婚生活において先輩であるトキワを味方につけようとアラタは同意を得ようとした。しかしトキワは首を縦には振らなかった。
「お前だけ特別扱いは出来ないぞ。平等にする為に今から神子全員が家族と神殿で暮らしていいとなったら、部屋は足りるか?配偶者1人くらいなら自分の部屋に住まわせる事が出来るけれど、子供や親兄弟、祖父母とか言い出したらキリがない。家族の単位は人それぞれだ」
「だったら宿舎を増築するとか…」
「結界の構造上敷地は広げられないし、高層に増改築するには莫大な費用が掛かるけど…土の神子が出すの?」
正論を説くトキワにアラタはぐうの音も出なかった。静と一緒に暮らしたい気持ちが逸って周りの事が見えていなかったと猛省した。
「どうしても彼女と一緒に暮らしたいなら俺みたいに神殿を出ればいい。土の神子は次席と三席がいるんだからすぐにでも実行出来る」
「…神殿を出たら俺は神子でいられなくなる」
代行という身分が認められるのは光と闇属性以外で次席以降が存在しない場合だけなので、アラタは神殿を出たらただの村人に成り下がる。
「でも彼女と一緒に暮らせるよ?ま、結婚式まで時間があるんだし、自分にとって何が一番大事なのかよーく考えたら?」
トキワの警告にアラタは押し黙ったので、この議題はお流れとなり、会議は終了した。神子達が退室する中で旭はとぼとぼ歩くアラタの背中を見て以前静と交わした会話を思い出した。
「そういえば静さんがお義姉ちゃんと神子の嫁同士友達になりたいんだって」
伝えるだけ伝えたという実績を作り責任逃れを試みる旭に兄は心底嫌そうな顔をした。
「駄目だ。絶対会わせるな」
予想通りの返答をもらって内心ホッとしつつ、旭は後で断る理由を考える事にした。
「お兄ちゃんはアラタさんの結婚に反対なんだね」
「別に好きな人と結婚したければすればいい。ただこっちに迷惑を掛けないで欲しい。それだけだ」
「この調子じゃ結婚は既定路線だよね…菫には悪いけどドレスの準備しなきゃなー」
恐らく菫はアラタの結婚を知っているはずだ。今日は会議に顔を出していなかったが、昨日会った時は元気そうだった。その様子からアラタに見切りをつけたのか、まだ諦めてないだけなのかはよく分からない。
家に帰る兄を見送った後、売店におやつを買いに行こうとした道中で旭はバラ園でアラタが静と逢引している様子が目に止まった。
我ながら趣味が悪いと自嘲しつつ、旭は魔術で気配を消してこちらに声が届く様に集音魔術も掛けて2人の動向を探った。
「ごめん静さん、今の俺の力じゃ一緒に住む為には神殿を出て神子を辞める以外道はない」
「アラタ様…」
「でも、もし君が望むならば俺は神子を辞めるつもりだ」
どうやらアラタにとって神子としての立場よりも静が大事のようだ。そこまで本気で愛しているとは意外だと思いつつ旭は菫の返事を待った。
「…私は平気です。寂しいと言えば嘘になりますが、土の神子であるアラタ様を求めている村人は沢山いるのです。そして私もその村人の1人です」
「静さん…」
いじらしい静にアラタは堪らず彼女を抱きしめた。完全に2人の世界に浸っている様だ。静は旭が思っているよりもずっと芯が強い女性なのかもしれない。彼女の言葉からは神子としてアラタを公私共に支える覚悟を感じた。
少し静を見直した旭は今度顔を合わせた時はもう少しだけ優しくしてあげようと思いつつその場を離れ、目的のおやつを買いに売店に向かった。