65 作戦を練るらしいです
神殿には戦闘民族らしく武芸や魔術の訓練を行う場所や食堂や共同風呂など様々な施設がある。主な使用者は神子と神官達だが、一部分は村人達にも開放されている場所もある。その1つが図書館だ。
その図書館を管理しているのは炎の神子達だ。初代炎の神子が勤勉で書物を愛していたらしく、溜まった蔵書を公開するにあたり図書館を作ったのが始まりらしい。
例に漏れず現在館長を務める炎の神子代表の暦も本の虫で、暇さえあれば読書をするし更には自らペンを執り物語を紡いでいた。今も「そよ風のシンデレラ」の最新刊の原稿を館長室で執筆している。
「ふう、最近はミコトちゃん側の取材も出来る様になってからリアリティが増している気がするわ」
書き上がった原稿を暦は自画自賛して時計に視線を移すと、ティータイムに丁度いい時間だったので席を立ちお茶を淹れることにした。
紙ナプキンに包んだスコーンを手のひらに乗せて魔術で温めていると、ドアをノックする音が聞こえたので返事をすると相手は義弟のサクヤだった。
よく図書館に訪れてジャンル問わず様々な本を借りていく姿をよく見かけていたが、こうして館長室を尋ねる事は数える程しかないので暦は珍しいものだと思いつつ部屋に招いた。
「どうしたのサクヤ、探している本でもあるのかしら?」
「否、今日は炎の神子に助言を求めに来た」
「私に?いいわよ。折角だから一緒にお茶しながら聞きましょう。さあ座って」
「かたじけない」
ソファに座る様に勧めてから暦は棚から追加のティーカップと皿を用意して、スコーンももう1つ温めた。
「じつは来月の流星群の夜に風の神子にプロポーズをする事になった」
「あらまあ」
早速の本題に暦は感嘆の声を上げた。サクヤと旭は許嫁同士だからプロポーズの必要は無いはずだが、それでもするという事は相思相愛だということだ。そう思うと暦の中のコーネリア・ファイアが小躍りをした。
「だがどんなプロポーズをするべきか悩んでいる。よって人生の先輩方に経験談やアドバイスを授かっている所だ」
「例えば誰に聞いたのかしら?」
「まずは養母と養父に聞いてみた。プロポーズは養母からで、燃え盛る炎の中で『私を最後の女にしなさい』と言ったらしい」
「母らしいわよね」
「我もそう思う」
伊達に水鏡族の筆頭に名を連ねる存在ではないなと思いつつも、勝気な光の神子のプロポーズにサクヤはヒントを得ることが出来なかった。
「次に風の神子代行に聞いた所、忘れたと言われた」
「それ絶対覚えてるわよ。きっと2人だけの思い出にしたいんでしょうね」
「なるほど、そういう考え方もあるのか」
ならば失敗は許されないとサクヤは責任感で体を緊張させた。
「ねえ、ミナトさんには聞かなかったの?」
「勿論聴取した。夜の図書館で求婚したと言っていた」
「そうなのよ。私が蔵書整理をしていたらミナトさんが死にそうな顔をして『暦さんが誰かのものになるなんて堪えられない』て言ったの」
「風の神子の母が炎の神子は東の集落の刺繍職人と結婚すると水の神子に告げたらしいが、それは背中を押す為の狂言だったしいな」
「全く…結果的には良かったけど、姉さんたらもう少しいいやり方があったと思うのよね」
とはいえ人の機微に疎いミナトの背中を押してくれた姉に暦は感謝しかなかった。
「ところで取材を重ねる中で我はある事に気がついた。それは養母達のプロポーズのくだりがコーネリア・ファイア先生の著作に描かれたシーンと似ているという事実にだ!」
まるで名探偵が犯人を言い当てる様にサクヤは暦に指を差し、告げた。
「バレてしまっては仕方がないわね…そうよ、その通り。コーネリア・ファイアの作品は実在したカップルをもとに面白おかしく脚色したフィクション恋愛小説なのよ!」
別に隠している事ではないし、モデルの人間達は知っているが、サクヤのノリに合わせて暦はやや大袈裟にネタばらしをした。
「つまり『陽炎のような恋』は養母と養父、『炎の逃避行』は風の神子の両親、『私の心に火を灯して』は水の神子と炎の神子…ハッ、という事は『そよ風のシンデレラ』は…」
「うふふ、あなたの様な察しのいい子、嫌いじゃないわよ?」
「あれは一体どこまでが事実なのだ?モデルと性格がかけ離れ過ぎている気がするが…」
「さーて、どうでしょうね?今後もお楽しみに」
勿体ぶる暦にサクヤは歯痒さを感じつつも、今夜読み返してモデルとの共通点を探してみようと心に決めた。
「今の所サクヤはプロポーズの言葉に悩んでいるみたいね」
「シチュエーションと指輪を渡す事は既に風の神子に知らせてあるが、何を言うかは当日まで黙っておくつもりだ」
「サクヤが心から考えた言葉ならありきたりな言葉でも旭もきっと喜ぶわよ」
「心から考えた言葉、か…」
プロポーズなのだから趣向を凝らさなくてはいけないと思考が雁字搦めになっていたが、暦のアドバイスでサクヤは少し気が楽になった。
「炎の神子よ、感謝する。やはりそなたに相談してよかった」
「どういたしまして、上手くいくように応援してるからね」
悩みが解決したサクヤは急にお腹が空いてきたので、遠慮なくスコーンと紅茶を楽しむ事にした。
スコーンを食べ終えたので暦が仕事を再開して、サクヤはお暇しようかとした所でまたもドアがノックされた。
「暦さん、ちょっと相談があるんだけど…ありゃ、先客がいたんだ…」
来訪者はアラタだった。どうやら暦に用があるらしい。
「案ずるな、丁度退室する所だ」
「そうなの?さっくんさえ良ければ一緒に話を聞いてくれると嬉しいけど」
「構わぬが」
「私もいいわよ。さあ座って」
千客万来だと笑いながら暦はアラタの紅茶を用意してソファを勧めた。
「じつは近々静さんにプロポーズをしようと思っているんです。それで恋愛小説家の暦さんにアドバイスをお願いしたいんです」
まさかの本日2回目のプロポーズの相談に暦はサクヤと思わず顔を見合わせてしまった。
「トキワさんの助言通り静さんの素性を再調査したけれど何も無かったし、静さんも早く結婚して子供が欲しいみたいだから今年中に挙式をしたいんだよね。そうなるとそろそろプロポーズしないといけないと思うんだ」
「そうね、要は…あなたのお姉さんは恋に落ちて一週間で挙式したけど、準備に大わらわだったものね」
「あはは、その節はお騒がせしました」
「土の神子代表が貸衣装で挙式だなんてってうちの母が嘆いていたわ。まあ、相手が勇者一行の仲間で話題性抜群だったから良しとしていたみたいだけど」
サクヤと旭はお互い結婚出来る年齢になっていないから挙式の準備期間は潤沢にあるが、アラタと静は既に村人の結婚適齢期を過ぎているので焦りが出ているようだ。
「静さんにはとびきりの花嫁衣装を用意してあげたいからね、ここら辺でケジメをつけないと!」
決意に燃えるアラタにサクヤはこのままだと菫の失恋は決定的だと憂いた。しかし最近のアラタの菫からの気持ちと真摯に向き合わない態度を見ていると、それでいいのかもしれないと思い始めていた。
「じゃあ回りくどい事は言わずにストレートに気持ちを伝えて直ぐに結婚について話を進めた方がいいわ。善は急げよ!」
「暦さん…ありがとうございます!早速週末のデートにプロポーズします!」
背中を押してもらったアラタは迷いのない瞳で暦に感謝すると、紅茶を飲み干し館長室から出て行った。
「…果たして上手く行くのだろうか?」
ポツリとアラタの行く末を案じるサクヤに暦は推しておきながら唸り声を上げた。
「まあなるようになるわよ。さて、今度こそお開きにしましょう」
「うむ、我もプロポーズの言葉を構築しなくては。と、その前に夕方の礼拝だ」
窓に視線を移すと日が傾き始めていたのでサクヤは神子としてやるべき事を優先する事にした。暦は他の炎の神子に今日の礼拝は任せているので、サクヤとアラタから得た恋話を養分に引き続き執筆活動を行う事にした。
そして週末、アラタは静へのプロポーズを見事成功させて、遂に結婚へと漕ぎ着けるのであった。