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61 お手伝いをします

「ぶえっくしょいっ!」


 窓を開けた事により、舞い上がる埃が鼻をくすぐり、旭は可愛げのない大きなくしゃみをした。


 今日はサクヤと共にミナトの研究室の大掃除を手伝っている。ミナトは旭の叔父で、水の神子代表を務めている。医学や薬学に精通していて、研究室には薬草や薬が所狭しと並んでいた。


「ほう、これがゲラゲラ草か…」


「そうだよ、ゲラゲラ草の葉を乾燥させた物を固めて、火をつけて煙を吸うと、笑いが止まらなくなるんだ」


 興味津々でサクヤはミナトから薬草の説明を受ける。そんな本日のサクヤのお手伝いスタイルは毎度お馴染みの上下黒ずくめの服に、黒の編み上げブーツ、黒革の手袋に、黒い頭巾、口元を黒い布で覆い埃が入らない様にしていて、やや薄暗い研究室にいると、亡霊かと思う位不気味だった。


 旭は髪の毛をおさげにして、動きやすい膝丈のエプロンドレスを着て、頭に白い三角巾をしていたが、鼻が痒いので、それを口元を覆う様に移動させた。


「マイトさん、一番上の棚の箱を下ろしてください」


「かしこまりました」


 一緒に研究をしている環が旭が連れて来たマイトに指示をする。今回こうして手伝いをしているのは、環からの要請があったからだ。その際マイトに視線が向いていたので、これはもしかしてと旭は目を光らせて、彼にも手伝わせる旨をその場で決定した。


 あの時の環の笑顔は可愛くて、いいものを見たと顧みながら、ミナトの助手の神官の指示を受けて、薬の入った瓶の埃を一つ一つ古布で拭き取っていった。


「ミナト叔父さんはなんで薬を作る様になったの?」


 思えばミナトの事を旭はよく知らなかった。母の幼馴染みで、彫刻の様に整った目鼻立ちに優しい切れ長の目は村人達を魅了している。


 艶やかで美しい長い銀髪は丁寧に手入れしているのか、枝毛1つ見当たらず生活感がまるでない。以前妻である暦がおじいちゃんみたいだと言っていたが、旭にはそうは見えなかった。


「私の両親が趣味でやっていて、物心ついた頃には一緒に薬草園の世話をしたりしていたんだ。薬を作る様になったのは、旭ちゃん位の歳の頃に父からようやく知識を認められて、許可を得る事が出来た」


「へえー、今叔父さんのパパとママは何してるの?」


 旭はミナトの両親に当たる人物に会った記憶が無かったので尋ねると、柔和な笑顔を崩さず、近場にあった瓶をそっと手に取った。


「私が15の頃に自分が作った薬を飲んで死んでしまったよ。3年後母も同様にね」


「それってごパパとママは自ら実験体になっていたという事⁉︎」


「ああ、罪の無い動物や、大切な部下を危険な目に遭わせる位なら、自分が試した方がマシだってね。父は当時水の神子だったのにね」


 ミナト同様、彼の両親も優しい人物だったようだ。しかし死んでしまっては何の意味もない。旭は壮絶なミナトの過去に同情してしまった。


「何言ってるんですか、伯父さんだって現在進行形で自分で飲んでるじゃないですか!」


 呆れた様子で零す環に、ミナトは誤魔化す様にそっぽを向いた。まさか両親を亡くしておきながら、同じ事をしているなんて…ここに来て、旭のミナトに対する印象はマッドサイエンティストへと大暴落した。


「大丈夫、今は魔術で体内の毒素を抜けるようになったし、ディエゴの角で作った万能薬があるから、大体の毒や副作用に対処出来るからね」


 一角獣の角は万病に効くというのは、以前ディエゴの契約者である雀から聞いた事があったが、時々角が無くなっていたのは、ミナトの為だったのかと、旭は日頃の疑問が解けてスッキリとした。


「まさか水の神子三席も治験をしているのですか?」


 不安げな表情でマイトが身を案じてきたが、環は首を振った。


「多少の興味はあるけど、これでも一応嫁入り前なので薬の試飲は禁止されています」


「嫁入りされても駄目ですよ!どうかご自愛されて下さい!」


 真っ直ぐな目で懇願するマイトに環は彼が自分の事をどう思っているのか、未だに分からないが、体を気遣ってくれているのは間違いないので、次第に嬉しい気持ちと少し恥ずかしい気持ちで、頬を赤らめて頷いた。


「そうですよ環、薬の被験体は私1人で充分だ」


「いや、ミナト叔父さんも自重しようよ。暦ちゃんが泣いちゃうよ」


「私が死んだら、暦さんは葬儀の全てを担うと張り切っていたよ」


 暦はよく村人達の冠婚葬祭を執り仕切っているので、強ち冗談ではなさそうだ。ちなみに普段村人達の冠婚葬祭を手伝うのは神官で、暦以外の神子がするのは稀である。


「なんか暦ちゃんて冷めてるよね」


 もしもサクヤが死んでしまったら…考えるだけで気が狂いそうなので、旭は暦の考えが理解出来なかった。


「そんなことないよ。暦さんはとても愛情深い女性だ。何せ種無しの私と結婚して下さったのだから」


 ミナトの爆弾発言に事情を知っている環と神官達は平然としていたが、初耳であるサクヤとマイトは驚きに目を見張った。その一方で旭は意味が分からず首を傾げている。


「種無し?どういう意味?」


「子供が作れない体だという事だよ。若い頃の無茶が祟ってね…」


 かつて自分を嘲笑う様にミナトは鼻で笑った。何故叔母夫婦に子供がいないのか、旭は気になっていたが、聞かない方がいいと思っていたので、思わぬ事実に戸惑いを隠せなかった。


「暦さんはそれを受け入れた上で私と結婚した。ただ光の神子に知られると、結婚を反対されるからと、しばらく周囲には黙っていたんだ」


 常に神殿の繁栄を願う祖母の事だ、お互い銀髪持ちの暦とミナトの結婚をさぞや喜んだのは、容易く想像出来た。


「ていうことはバレちゃったんだ?」


「ああ、結婚して5年経つと、光の神子も痺れを切らしてね…私に愛人を作って子供を生ませろと命令してきたんだ」


 やはりと言った所だろうか。流石神殿至上主義の祖母である。じつの娘が傷つこうが、神殿の繁栄が優先の様だ。


「私が原因なのに、暦さんが悪い様に言われて、義理の母とはいえ私も黙っていられなくてね、つい事実を話してしまったんだ。すると光の神子から、ならば暦さんに愛人を作るようにと言い出してね…」


「うん、おばあちゃんなら絶対言うわ」


 我が祖母ながら外道だと思いつつも、自分にもその血が流れていると思うと、複雑な気持ちになった。


「そしたら暦さんが凄く怒ってしまって、部屋の中を燃やし尽くす勢いで荒れてね、私と神殿を出て行くと言い出したんだ。まさか反抗すると思わなかった光の神子が慌てて撤回したけれど、怒りは収まらなくて、大変だったよ。いやあ、あんなに怒った暦さんはあれが最初で最後だよ」


 笑い話の様に語るが、当時は相当な修羅場だっただろう。今後絶対暦は怒らせてはいけないなと、旭は嫌な汗を流してしまった。


「まあ暦さんと2人で村を出て、どこかで薬屋でも営むのも悪くないかなと考えていると、トキワくんが子供が出来たと報告に来たお陰で、暦さんの怒りも喜びの方が上回って、光の神子もひ孫が出来ると知って、私達の件は不問にしてくれたんだよ」


「ふぇー、お兄ちゃんもたまには役に立つんだね」


 もしあのままだったら、今頃叔母夫婦は神殿にいなかったかもしれない。そう思うと、世の中なんだかんだで上手く出来ているようだ。


「水の神子よ、手間を掛けさせるが、我に子種があるかどうか調べては貰えぬか?」


 話が一旦落ち着いた所で、今度はサクヤの発言に一同の目が飛び出しそうになった。


「後日でよければいいよ。今日は大掃除が優先だ」


「かたじけない。やはり養母(はは)の杞憂は取り除く為にもよろしく頼む」


「待ってサクちゃん、どうしても調べるなら、私と結婚した後からにしてよ!もしサクちゃんが子供を作れない体だって分かったら、婚約解消させられちゃうよ!それだけは絶対嫌!」


 水鏡族の繁栄を考えたら子供はたくさん欲しいが、相手がサクヤでないなら、何の意味も無い。旭の訴えにサクヤはしばし考えてから、コクリと頷いた。


「言われてみればそうだな。婚約解消は避けたい」


 口に出すと、改めて自分の中で養母と旭に対する想いの比重がいつの間にか旭に傾いている事にサクヤは気がついた。養母に対して少し後ろめたい気持ちもあるが、もし旭と婚約解消となったら、感情を抑える自信が無かった。


「あの、水の神子…質問なんですが、親子関係の証明を検査は存在しますか?」


 遠慮がちに手を挙げてマイトはミナトに問いかける。それが何を意味するのか、その場にいる者の中でサクヤだけが知っていた。マイトは二股された彼女の子供が自分の子供かもしれないという憂いが残っているからだ。


「それなら次席が…私の兄が研究しているよ。魔力から血縁関係を調べる方法がある。現在雷の神子と魔道具を共同開発中だ」


「実用化の目処は経っているのですか?」


「形にはなっているみたいだから近々月例会議で発表するんじゃないかな」


 そうなると、マイトの悩みが晴れる日もそう遠くなさそうだ。サクヤは魔道具の完成が分かり次第、彼に真っ先に知らせようと心に決めてから、薬草の入った瓶を箱に詰めていった。



 3時間経って、研究室はすっかり見違える程に片付いて、旭は大きく伸びをして、爽やかな達成感を覚えつつ深呼吸した。


「あれ、あんな所に瓶が落ちてる」


 机の脚元に瓶が転がっていたので、旭が拾い上げようとしたが、手を滑らせてしまい中身が床一面にぶちまけてしまった。


「まずい、これはシクシク草を煮詰めた催涙剤だ!皆、成分を吸わない様に口元を覆って」


 ミナトの指示で一同は再び布などで口元を覆ったが、既に遅く、目から涙がポロポロと止めどなく流れ出した。


「うわぁ、涙と鼻水が半端ないよぅ…」


 目が見えなくなる位の涙と戦いながら、旭達は何とか催涙剤を拭き取り対処した所で、ようやく研究室の大掃除は修理となり、その日から翌日まで涙で目を腫らした旭達は神殿関係者達から不審な目で見られてしまうのであった。


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