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60 女の戦いです

「それでは撮りますよー」


 カメラマンの合図と共にシャッターが下りる。旭は目を瞑ってしまってないか心配になりながらもにっこり微笑んだ。


 今日は菫と写真撮影に臨んでいた。一緒に撮ろうと約束してから服装について語り合った結果、ファッションデザイナーで氷の神子代表を務める霰にお願いしてワンピースドレスを作ってもらう事にしたので、約束から1年近く経ってしまった。ちなみにそのワンピースドレスは一般に向けて販売する為、今日撮影した旭と菫の写真は広告に使用するそうだ。


 ミントカラーのパフスリーブとふんわり膨らんだ膝丈スカートが可憐な旭のワンピースに対して菫はアイスブルーのノースリーブにしっかり折り目がついたプリーツのロングスカートのキレイ目のワンピースだ。それぞれ体型や顔の作りによく合っていて正に自分達の為に作られたワンピースだと各々自画自賛した。


「まさかモデルデビューするなんて思わなかったなー!」


「旭なかなか様になってたよ!」


 写真館の本日のメインイベントである雀達の月1のブロマイド撮影を見学しながら旭は菫と今日撮影の感想を語り合う。


「写真が出来たらアラタさんに見せようっと!あんなババアより私の方が魅力的だって気付いてくれるかも!」


 アラタは交際相手の静と順調に愛を育んでいる様だが、菫は諦めず毎日アラタに迫っている。しかし完全に恋愛対象に見られていないせいで手応えはまるでない。先日静と別れて自分と恋人同士になってくれと頼んだが、本気と受け止めて貰えなかった。


「菫、いくら初恋でもあんな女心が分からなさすぎるポンコツなんてありえないよ。見切りつけたら?」


 こんなに真正面から菫が向き合っているのに、いつも明後日の方向に想いを受け止めるアラタに旭は嫌悪感さえ感じていた。


「アラタさんは純粋だから私があのブスな年増から略奪しようとしてるなんて思ってないだけよ。だからこのまま気付かれないように略奪する!」


 恋する乙女は逞しいものだと感嘆しつつ、旭はカメラを前に胸を弾ませポージングを取る雷の神子三姉妹に注目した。


 雀達の撮影が終わる頃になってサクヤが写真館に顔を出した。旭がワンピースドレス姿を披露したいのと菫と3人でアフタヌーンティーをしようと約束していたからだ。


「見て見てサクちゃん!似合ってるでしょ!」


 ふわりとスカートの裾を広げてポーズを取る旭にサクヤは頬を緩めた。以前から許嫁が可愛いと思っていたが、恋心を自覚とより一層輝いて見えていた。


「可憐だな。氷の神子三席も似合っている」


「そりゃどーも」


 最近2人の間に流れる甘い空気に胸焼けを感じながらもサクヤが嫌味じゃなく本音で褒めている事くらい分かっていたので、菫は軽くお礼を言って写真館を出て3人でいつものバルコニーを目指していると、アラタと静が仲良く肩を並べて前方から歩いてきた。どうやらデートのようだ。


「アラタさん、偶然ですね!今日は旭とスノウホワイトの新作で撮影だったんですよ!どうですか?似合います?」


 媚びた声で菫は隣にいる静を無視してアラタの腕にしがみついてうっとりとした瞳でワンピースドレスの感想を求めた。


「うん、凄く可愛いよ!ね、静さん」


 同意を求めるアラタに静はお淑やかに頷き菫に笑いかけた。


「はい、背が高くて細身な菫様だからこそ着こなせる服ですね。私だったら裾を引き摺ってしまうわ」


 モデル体型の菫に対して静は正反対の容姿だった。背が低く、柔らかそうな胸と二の腕にアラタも癒やされているのかもしれないと旭は推測した。顔もキリリとクールビューティーな菫と比べて輪郭や目や鼻などが丸くぽってりとした唇が甘い雰囲気を醸し出しているこういう守ってあげたくなるような女性がアラタの好みの様だと旭が推測しつつ菫を見ると、青筋を立てて静を睨みつけていた。


「すぅちゃん達はこれから何するの?」


「私達はこれからティータイムなんですけど、アラタさんも一緒にどうですか?」


 アラタに話しかけられて菫はぱっと笑顔に切り替えて旭とサクヤの了承を得ないままお茶に誘った。


「お誘いありがとう、でも今日は静さんとデートだからまたの機会にね」


 自分よりも静を優先された菫はムッと怨みがましく頬を膨らませた。そんな菫を気遣う様に静は遠慮がちにアラタのシャツを摘み上目遣いで見つめた。


「私は帰りますので、菫様とお茶を楽しんでくださいまし」


「でも…」


「神子同士親睦を深めるのは私の事より大切なはずです」


「静さん…」


 物分かりが良く、それでいていじらしい静の申し出にアラタは完全に心を掴まれていた。してやられたと菫は歯軋りをして顔を歪ませた。


 その仕草は以前義姉から貰った恋愛小説で登場した主人公を貶めた男爵令嬢と静の言動が重なり旭は身震いがした。所謂女が嫌う女の典型的なタイプだと思いつつ、早くこの修羅場が去る事を願った。


「ならば土の神子の同伴者も共に茶を嗜めばいいではないか」


「はあっ⁉︎」


 思いにもよらないサクヤの提案に旭は目を丸くさせて声を上げた。菫も信じられないといった様子で眉間に皺を寄せている。


「ごめんなさい…私なんかが神子と一緒にお茶だなんておこがましいですよね…」


 否定的な態度を取った旭に静は涙目で謝罪する。これではどちらが悪者か分からないなと旭は腹の中で自嘲しつつ首を振った。


「いやちょっと驚いただけで、静さんとお茶をするのが嫌なわけでは無いんですよ?」


 本当はこの後こ修羅場を考えたら嫌でしょうがないがとても言える空気ではなかった。


「ありがとうさっくん、あーちゃん。折角だからお言葉に甘えようか?」


 そっと静の肩に手を添えてアラタは旭達とティータイムを共にする決断を下した。こうなったら静の素性を聞き出そうと旭は笑顔を貼り付けてバルコニーへと移動した。


 旭は待っていた雫に事情を伝えてアラタと静の分のお茶とお菓子を用意してもらった。椅子はバルコニーの隅に予備があったのでサクヤと一緒に運んだ。


「本当にありがとうね、みんなに静さんを知ってもらうちょうどいい機会になったよ」


 嬉しそうにお礼を言うアラタを見ていると流石の菫も否定する事が出来ない。静は肩身狭そうに俯いている。


「このまま土の神子の花嫁になった暁には遅かれ早かれ我々と関わる事になるであろうから親睦を深めるのも悪くないからな」


 サクヤが発した土の神子の花嫁という言葉に静は顔を赤くして俯いた。そんな照れている恋人の姿にアラタはデレデレと鼻の下を伸ばしている。


「ちょっとサクヤ!あんた私の味方じゃなかったの⁉︎」


 小声で非難する菫にサクヤはフッ、と鼻で笑い顔に手を添えた。


「懐に入って敵を探るのも一興だろう?そもそも我々は相手を知らなさすぎる」


「なるほど、サクちゃん策士!」


 3人がヒソヒソ話をしていると雫が紅茶とお菓子を持って来たので居住まいを正し、静の情報を探る。年齢はアラタの7歳上の33歳で実家の農家を手伝っているそうだ。


「そうだあーちゃん、静さんにトキワさんの奥さんを紹介してもらえないかな?神子の花嫁同士仲良く出来ると思うんだよねー!」


 言われてみればこのまま静がアラタと結婚したら、義姉以来の男神子の花嫁にとなるので、村人からの大きな注目を浴びる事になるだろう。


「えー、無理だよ。今お義姉ちゃんお腹に赤ちゃんいるからお兄ちゃんが超過保護で超神経質になってるもん。下手な真似したら私が殺される」


 即答で断る旭に静の瞳が翳る。正当な理由があるのにそんな態度を取られると流石にイライラすると旭はクッキーの糖分で自分で自分の機嫌を取った。


「…まあ、お義姉ちゃんが来た時に言うだけ言っておく」


 お人好しの義姉に直接言ったら必ず引き受けるだろうと思いつつ、旭が妥協案を挙げたら静の瞳が輝いた。案外喜怒哀楽がハッキリしているみたいだ。


「ありがとうございます。憧れの風の神子の花嫁とお友達になれるなんて嬉しいです」


 義姉と友達になるのは決定事項なのかと旭はツッコミたくなる気持ちをグッと堪えて愛想笑いを浮かべた。


「静さんはなんでお義姉ちゃんが憧れなんですか?」


「はい、トキワ様が結婚を発表した際に回覧板で馴れ初めが記載されていたんですけど、まるで1つの物語の様にロマンティックで…当時私は野外劇場での結婚のお披露目を見に行ったのですが、私達の前では精悍であまり感情を表に出さないトキワ様が甘い顔で花嫁をお姫様抱っこして登場して、幸せそうに愛溢れる口付けを交わした時の歓声は今も耳に残っています」


「あれは凄かったよな…あれからしばらく奥さんの着たデザインの花嫁衣装が村の花嫁の間で流行ったんだよね」


「私もあんなドレスを着て結婚式を挙げたいです」


 夢見る少女の様に手を合わせる静の花嫁姿を想像したアラタは口元をだらしなくさせていた。


「私も以前写真で見た事あるけど、マーメイドラインのドレスでしたよね。あれを背が低くて寸胴で足が短い静さんが着たら笑い者になりますよ?」


 攻撃的な口調の菫の意見にまたも静は俯いたが、直ぐに顔を上げて嫋やかに笑みを浮かべた。


「でしたら私にはどんな衣装が似合いますか?菫様はファッションセンスがいいから是非アドバイスして欲しいです」


「それいいね!すうちゃんが選んだら間違いないよ!俺のも頼もうかなー」

 

 アラタを味方に付ける静の強かさに旭は出来る事ならば敵に回したくない人物だと感じた。もしこのままアラタと静が結婚したら今後嫌でも交流しなければならないと思うと憂鬱でたまらなかった。


「土の神子の同伴者は婚姻を交わした後は神官になるのか?それとも別居婚か?」


 基本神殿関係者以外は保護者を必要もする子供や老人以外は例え家族でも一緒に暮らす事を禁じられている。兄も風の神子代表を務めていた時は妻子と週末婚状態だった。


「現在の所別居婚を予定しています。寂しいですけど、実家の農業を手伝いたいし、それがアラタ様を支える事になると思っています」


 模範回答をする静に菫は鼻を鳴らしてからアラタの腕にしがみついた。


「静さんて薄情ですね。私がお嫁さんになったら毎日ずーっと一生一緒にいますよ!」


「ははは、すうちゃんの結婚相手は幸せ者だね」


 自分を売り込む菫を鈍いアラタは華麗にスルーした。どうやら本日のキャットファイトは静に軍配が上がり、菫の恋のライバルは手強いと旭とサクヤは確信するのだった。




登場人物メモ


静 しずか

33歳 髪の色 灰 目の色 赤 土属性

 アラタと結婚を前提に交際している。小柄でややぽっちゃりしている。末っ子だからか甘え上手。

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