59 それでも好きなんです
ここでサクヤは大きく深呼吸した。話してばかりで疲れたのだろう。喉も乾いているだろうが、生憎水分を持ち合わせてなかった。
「それは魔物との契約だ。先代は偶然遭遇した高位の魔物に契約を持ち掛けた。魔物は彼の無限に溢れる魔力と姉への執念に興味を持ち、契約を交わした。それにより先代は魔物と一体化して魔核を手に入れ魔術が使える様になった。その後先代は無人島から脱出して町を転々としながら水鏡族の村を目指した」
もし自分が今から神殿を出て、無人島に連れて行かれてから村まで帰れと言われたら出来る気がしないので旭は素直に叔父の行動力に感心してしまった。
「先代は港町に辿り着いてまず最初に姉に会いに行くと手紙を送った。そうすれば再会の日まで自分の事で頭がいっぱいになる。こんな愛おしい事は無いと…」
狂気に満ちた先代の愛は母をどれだけ苦しめたのだろうか。今はそれなりに幸せそうだが、当時は計り知れない苦悩と戦っていたであろう。
「それから数週間後、先代は村に向かい姉が家にいなかったので神殿にいると確信して旅人を装い神殿まで案内してくれた親切な少女を人質にして姉に会わせるよう要求した」
乾燥した喉に顔を歪めて咳き込んでからサクヤはディアボロスの頭を撫でて一息吐く。
「姉が現れるまでの戯れとして先代は武装した神官達を魔術で圧倒させて次々と負傷させた。人質の少女も逃げる事は出来たが彼の魔手により怪我を負った」
これも全ては母を誘き寄せるためだと思うと、旭は叔父の残虐で異常な執念に身震いがした。
「そして遂に姉は姿を現し……先代は彼女の炎に包まれて生涯に幕を閉じた」
つまり先代の闇の神子はじつの姉である母に殺されたということだ。まさかこんな結末だとは思いもせず、旭は顔を硬らせた。
「…先代は姉の炎で死ぬ為に神殿まで戻ってきたのだ。だから風の神子の母は何も悪くないし、先代は既に魔物と契約して人でなくなっていたのだから人殺しではない。彼女は彼の願いを叶えただけだ」
母を庇うサクヤの優しさに旭は大丈夫だと首を振り笑顔を見せた。先代の罪が自分の罪だと思って欲しくなかったのだ。
「例え誰かの生まれ変わりでも、サクちゃんの人生はサクちゃんだけのものだよ。サクちゃんの中の歴代の闇の神子達もそう思っているはずだよ。今回はたまたま叔父さんがママへの思いからつい口が出ちゃっただけだよ」
あの時のイザナの一言はどこか優しくて安らかだった。それほどまでに彼は母の事を愛していたのだろう。
「もし未練タラタラだったらとっくにサクちゃんの人格を乗っ取って好き放題してるよ」
「言われてみればそうだな」
サクヤが歴代の記憶を取り戻してから4ヶ月経っていたが、今日イザナが表に出るまでどの闇の神子も静かだった。イザナに乗っ取られた時の眠たく意識を失いそうな感覚も今は全くない。
「多分だけど、歴代の闇の神子達はこれからサクちゃんが見せてくれる未来を楽しみにしてるんじゃないかな?」
「未来か…なるほど、確かにそうかもしれない。我は闇の神子達の悲願を叶えたいと思っている。その為にも闇の力を極めようと誓ったのだ」
「悲願?何それ」
「この件については達成した暁に話そう。それよりも風の神子よ」
はぐらかされたような気もするが、両肩に手を添えられて真剣な目でサクヤに見つめられて旭は胸をキュンとさせた。
「こんな我だが、今後も許嫁でいてくれるか?」
「もちろんだよ!サクちゃんが泣いて頼んでも婚約破棄しないからね!」
即答で関係の継続を希望する旭をサクヤは満面の笑みを浮かべてから抱き寄せた。
「ありがとう、あさちゃん。大好きだよ」
初めて耳にしたサクヤの好意に旭は驚きとこの上ない至福に目を潤ませ口元を震わせた。
「私も!私も大好きだよサクちゃん!絶対結婚しようね!」
今日は大切な人達から沢山の贈り物を貰い喜んだが、サクヤの言葉が旭にとって人生最高の贈り物だった。
サクヤの話はこれで終わり、落ち着いた所で風の神子の間に戻る事にした。
「私はここまで飛んで来たんだけど、サクちゃんはどうやって来たの?」
塔に入るには鍵が必要だが、あの状況でわざわざ借りにいったとは思えず旭が問いかけると、ディアボロスが「ワン!」と元気に鳴いた。
「我はディアボロスに乗ってここまで登った。いい機会だ風の神子にも披露してしんぜよう」
もうあさちゃんと呼んでくれないのかと不満に思いつつも、旭はサクヤの様子を見守る。
「我が契約せし闇の精霊ディアボロスよ闇を飲み込み真の姿を現せ!ダークエボリューション!」
相変わらず仰々しい詠唱と共にサクヤがディアボロスに手をかざすと、それに応える様に可愛らしく鳴き声を上げたディアボロスが黒い靄に包まれ、靄は段々と大きくなっていった。
「これは…」
靄が収まり姿を現したディアボロスは愛らしい外見は変わらない姿のままで巨大化していた。
「どうだ!これが新しいディアボロスの姿だ!機動力が桁違いに上がって我を乗せて縦横無尽に動く事が出来るぞ!風の神子が一緒でも大丈夫だ。さあ、皆の元へ戻ろう!」
誇らしげに胸を張るサクヤに旭は少し引き気味に苦笑いしながらも差し伸べられた手を取りエスコートされてディアボロスに乗った。ふわふわの毛並みは大きくなっても健在でこのまま寝そべって眠ってしまいたい位心地よかった。そしてサクヤが旭に覆い被さる様に乗った。背中に伝わるサクヤの体温に旭はドキドキしながらいざ出発となった。
「行くぞディアボロス!」
ディアボロスは一つ鳴いて、塔の壁を走る様に駆け降りた。まるで地面へと急降下する様な感覚に旭は悲鳴を上げた。
「案ずるな、我とディアボロスを信じろ!」
「信じてるけどこれは怖すぎるー!」
旭が絶叫している間に無事に地上へと辿り着き、このままでは室内に入れないのでディアボロスには元の姿に戻してから風の神子の間へと戻った。
「おかえりなさい。さあケーキをいただきましょう」
サクヤが部屋を出る前の重い空気は既に消えていて出迎えてくれた暦は穏やかに笑い2人をテーブルへと誘導した。ディアボロスはクオンとセツナに熱い歓迎を受けている。
「サクヤ…よく考えたらお前は私の義弟だから姉と言われてもおかしくなかったな。さっきはもう1人の弟と間違えてすまなかった」
申し訳なさそうに謝る楓にサクヤは首を振り微笑した。
「謝る事は無い。我も今日は少し変だっただけだ。確かに我々は義姉弟だが、そなたの事は今後も許嫁の母として接していきたい」
自分との未来を見据えたサクヤの発言に旭は胸をときめかせながら彼に寄り添うと、悲壮感漂う父の視線を感じたので少しだけ距離を取った。
「そうか、これからも旭をよろしく頼んだぞ」
暗にこれで先程のいざこざは終わりだと楓は締めてチョコレートケーキに粉唐辛子を掛けてパクリと食べた。筋金入りの辛党になると甘いケーキにも辛味を求めるようだ。
ケーキを食べ終えた所で旭はクオンと兼ねてからの計画を実行する事にした。自室に隠していたラッピングを施した物を旭とクオンは手にすると、それぞれの両親に差し出した。
「パパ、ママ私を生み育ててくれてありがとう。これからもよろしくね」
「旭…ありがとう!」
プレゼントは誕生日会で両親に感謝の気持ちを伝えたいというクオンの提案に旭も乗っかり、準備した物だ。クオンも両親に感謝を伝えて喜んでもらっている様子を父親に抱き締められながら横目で確認した。
「早速開けてみていいかな」
「もちろん!」
目を細めながら父がラッピングを解く、兄も同様だ。
「これは…何だ?球体らしきゴミに棒が生えているようだが…」
中から出てきたのは額縁に収められた絵だった。しかし父は何の絵なのか分からず首を傾げる。母も絵を凝視して頭を悩ませた。
「似顔絵なんじゃない?」
そう言って兄はクオンから貰った絵を皆に見えるように立てた。額縁に収められた絵は兄夫婦の似顔絵だった。
「…これが⁉︎百歩譲ってこれが似顔絵だとして、作者逆じゃないのか?」
あまりにも拙い旭が描いた似顔絵に楓はこっちが年少者であるクオンが描いた物だと疑った。
「どう見てもこれは俺達でしょ。クオンは絵が上手いな」
父親に頭を撫でながら絵を絶賛されてクオンは嬉しそうにしている。
「これが私とトキオさん…絵心が無いにも程がある」
「旭が私達の為に描いてくれてとても嬉しいよ」
愕然とする母に対して父はご機嫌で旭の描いた絵を眺めている。
「旭とクオン、それぞれ誰に似たのかしら?ちょっとみんなで絵を描いてみましょうよ」
祖母の提案で誕生日会はお絵描き大会へと変わった。それぞれクオンと旭をモデルに似顔絵を描く事になった。
「うわ…お兄ちゃん絵、下手過ぎ」
「お前が言うな」
兄の絵心の無さに旭は笑いを通り越してドン引きしてしまった。ちなみに義姉は上手かったので、クオンは母親似という結論となった。
ならば自分達兄妹は誰に似たのか気になり、両親が描いた絵に視線を向けると、母は人としての形と特徴が掴めていたが、父のは旭達同様の絵柄だった。
眉目秀麗で高身長、仕事に家事など大体の事をそつなくスマートにこなす父の壊滅的な絵心に風の神子の間は爆笑に包まれて本日の合同誕生日会は賑やかに終わりを告げた。




