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57 合同誕生日会を開きます

「旭姉ちゃん、お願いがあるんだけど…」


 今年に入ってクオンは週に一度マイトから槍の稽古を受けている。ある日稽古を終えたクオンが風の神子の間で父親の迎えを待っていたが、夕方の礼拝を終えた旭に遠慮がちに話しかけてきた。


「ん、言ってみ?」


「ありがとう…あのね、来週僕の誕生日でその次の週は旭姉ちゃんの誕生日じゃん?」


「そうだね」


 クオンと旭は誕生日が5日違いだ。なのでお互い記憶に残っていた。しかしこれがどんなお願いと結びつくのか旭は思いつかなかった。


「今年は僕と旭姉ちゃんの誕生日会一緒にしない?」


「いいけど。何か事情があるの?」


「いつもは母さんが僕の好きな物を沢山作ってくれてるけど、今年はお腹に赤ちゃんがいるから無理させたくないなって思ったんだ」


「なるほどね。でも多分それ意味無いよ。お義姉ちゃんの事だから私の分まで張り切っちゃうと思う」


 義姉は子煩悩と同時に妹大好き人間だ。血の繋がった妹は勿論、義理の妹でもある旭にも惜しみない愛を注いでいる。痛い所を突かれたクオンは悔しそうに押し黙り、下唇を人差し指でなぞって解決策を探していたが、父親が迎えに来たので時間切れとなった。


「どうした?旭にいじめられたか?」


 我が子が落ち込んだ表情をしている原因をこちらに擦り付けてくる兄を旭は不機嫌に睨みつけたが、彼に協力してもらえば何とかなるかもしれないと閃いた。


「いじめてませんー!くーちゃんがママの負担にならないように私と誕生日会を合同でしないかて話し合ってたの」


「そうだったのか、クオンは優しいな」


 目線を合わせる為にかがみ、トキワはクオンの頭を愛おしげに撫でた。相変わらず自分の子供には優しいようだ。


「私は一緒にしてもいいと思うけど、それが逆にお義姉ちゃんの負担になる可能性もあるよって話してた所なの」


「あっちは負担だなんて1ミリも思わないよ。可愛いクオンとついでに旭の為なら喜んで何でもするから」


 長年の付き合いから母の性質を理解している父にクオンはますます考えを煮詰めていった。母親思いのクオンに旭も力になりたいと思いはするものの、いいアイディアが浮かばない。


「ま、やってみたら?何事もやってみないと分からないし。大丈夫、お母さんが喜ぶのはお父さんが保証するよ」


「父さん…」


 父親が自分の味方になってくれた事が嬉しくてクオンは凛々しい猫のようなつり目を細めて喜んだ。


「とはいえ主役はクオンだからな。欲しい物とか食べたい物は決まった?」


「欲しい物…新しいカバンが欲しい!今使ってるの底が破れかけているし、体に合わなくなってるんだ。食べたい物はチョコレートケーキ!」


「よしよし、じゃあ今週の休みに2人で港町にカバンを買いに行こう」


 遠慮なく要望を口にする我が子が可愛くて頬を緩める兄に対して旭はそっと挙手をした。


「あのー…私も主役の1人なので欲しい物買ってもらえますかー?」


「仕方ないな、場所代として買ってやろう。何が欲しい?」


 まさか要望が通ると思わなかった旭は両手を上げて喜びを表現してから、かねてより欲しいと思っていたピアノの楽譜をリクエストして、その代わりに合同誕生日会の準備に勤しむ事を誓った。



 ***



 誕生日会の準備は滞りなく進み、当日を迎えた。クオンのリクエストのチョコレートケーキと旭のリクエストのフルーツケーキは兄が予約していた物を港町に取りに行ってくれるそうだ。普通村から港町までは馬車で3時間、魔物を倒しながら獣道を通る場合は早くて1時間だが、兄が風を纏わせて単身高速飛行移動すれば10分足らずらしい。旭もいつかそんなぶっ飛び性能の魔術が出来る様になるのだろうかと思いつつ、神官達とサクヤで会場設営をして招待客を待った。


 最初に来たのはクオン達だった。兄も早々にケーキを購入出来たらしく一緒だった。


「くーちゃん!お誕生日おめでとう!」


「旭姉ちゃんもおめでとう!」


 お互いの誕生日を祝い合い抱擁してから旭は席を勧めた。じきに他の招待客も来るだろう。


 それからしばらくして招待していた両親と祖父母、叔母夫婦が到着してメンバーが揃った所で卓を囲んで乾杯となった。


「2人は何歳になったんだ?」


 激辛饅頭にご機嫌の楓が本日の主役の年齢を尋ねる。まさかじつの娘と孫の年齢を覚えていないなんてと旭は母を睨みつける。


「私が14歳でくーちゃんが10歳だよ!」


「そうだったのか。どうりで私も老けるわけだ」


 娘と孫の年齢で己の老いを自覚した楓は最近皺が増えた手を摩りながら溜息を吐いた。


「もう楓さんと結婚して30年以上経つんだね。こうして一緒に歳を重ねる事が出来て私は幸せ者だよ」


「トキオさん…」


 嘘偽りのない笑顔で母に手を重ねる父に旭は相変わらず仲が良いなと思いつつ、2人の世界を邪魔せずに好物のローストチキンを切り分けて口に放り込んだ。


「ねえ、父さんと母さんは10歳の時どんな子供だったの?」


 隣にいる両親をクオンは興味津々の目で交互に見て問いかけた。命は手を口元に当てて記憶を辿った。


「10歳の頃はねぇ…クオンと一緒でクラスで一番背が高かったよ。あとはクオンのおばあちゃんのお手伝いが好きで料理を沢山教わってたよ」


「僕も母さんのお手伝いが好きだから一緒だね!」


 お互いの共通点に嬉しそうに見つめ合い微笑む母子に旭はクオンは将来マザコンになってしまうのではないかと余計な心配をしてしまった。


「トキワは10歳の頃はちっちゃくて可愛かったわよね」


 自分から語らない。トキワに代わり暦が話題を切り出した。兄が10歳の頃というと旭は生まれてないので興味が湧いた。


「あれだ、嫁と出会ったのが10歳じゃなかったか?私と喧嘩して家出して行き倒れた所を嫁に拾われたんだろ?」


「へえ、お兄ちゃんて子供の頃からママと仲悪かったんだ」


「母さんとは一生仲良くなれる気がしない」


 子供の教育上あまりよくない発言をしてからトキワはセツナに白身魚のフリットを細かく切ってやる。


「僕もいつか母さんみたいなお嫁さんと出会えるかな?」


 やはりクオンはマザコンの気があるようだ。身内の欲目かもしれないが、美人で胸も大きくて優しくて料理と裁縫が上手い義姉を超える女性なんてそうそういないと思うので、もしかしたらクオンは生涯独身かもしれないと旭は危惧すると、同じ考えだったのか目が合った暦が頷いた。


「ならば早速、嫁と喧嘩して家出して行き倒れてみたらどうだ?」


 楓の提案にクオンは即座に首を振り、母親の腕にしがみついて離れまいとしたので、周囲は笑いに包まれる中で去年クオンが母親と喧嘩して神殿に来た事を思い出す。あれが違う場所だったらもしかしたら運命的な出会いがあったかもしれない。


 食事も無くなりケーキを食べる前に各々の誕生日プレゼントを渡す事となった。旭とクオンはそれぞれお礼を言いながらプレゼントに歓喜した。


「おにいちゃんとあーちゃんばっかりずるいー」


 プレゼントを羨ましそうに見てるセツナに楓はニヤリとしながらカバンから小さな袋を取り出した。


「そんな事もあろうかとセツナにも用意しているぞ」


「やったー!ばあちゃんありがとう!」


 息子には冷たい楓も孫には優しい様だ。セツナは袋に入っていたウサギのマスコットを嬉しそうに握りしめていた。


「…相変わらずだな、姉さんは」


 ポツリと口にしたサクヤの言葉に風の神子の間は静寂に包まれた。子供達も大人達の異常な雰囲気に戸惑いを隠せない様子だ。


「イザナ…?」


 問い掛けるように母が呼んだのは旭の叔父に当たる先代の闇の神子の名前だった。サクヤはハッと我に帰ると口を真一文字に結び気まずそうに風の神子の間を後にした。


「サクちゃん⁉︎」


 許嫁に何が起きたのか分からないが、旭は迷わずサクヤを追いかける為に走り出した。



 



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