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56 新しい神官を募集するそうです

「今日までの長い間、本当に世話になった…心から感謝する」


「サクヤ様…勿体ないお言葉でございます…」


 恭しく下げる頭は禿げ上がり、涙を浮かべた目尻や手の甲などに深く皺が刻まれた老人はサクヤが神殿に来た時からずっと支えてくれた闇の神子直属の神官だった。


 本日付で彼は膝が悪い事と、高齢による体力の限界を理由に退官する事になった。余生は妻と共に娘家族達と穏やかに暮らすそうだ。


「叶う事ならばサクヤ様と旭様の結婚式を見届けたかったです」


「心配無用だ。我と風の神子の挙式には必ずそなたを招待する。それまで息災でな。退役しても気兼ねなく我の元に茶を飲みに来てくれ」


「サクヤ様…」


 優しいサクヤの言葉に高齢の神官は目に涙を浮かべ咽び泣いた。つられ他の闇の神子の神官達も涙目になっていた。


 別れはいつになっても寂しいものだ、しかし一生の別れでは無いのだからとサクヤは心の中で自分に言い聞かせて神殿の中庭で自ら手折ったバラの花束を餞別として神官に渡せば、闇の神子の間は一層湿っぽい雰囲気に包まれた。


 こうして闇の神子の最高齢の神官は惜しまれつつ神殿を去っていた。



 ***


「どうしたものか…」


 それから数日が経ち、サクヤは浮かない顔で風の神子の間に向かっていた。


 身の回りの事は自分だけで大体出来る。残っている3人の神官にお願いしているのはスケジュールと予算管理にサクヤの部屋以外の闇の神子の間の清掃、祭壇の手入れや食事の用意などだ。これらも一応サクヤは把握してるし時々手伝ってもいる。護衛としてたまに一番若い50代の神官を伴っているが、最近はサクヤも実力を付けているので1人で神殿内を歩く事が多い。


 彼らも高齢でいつ退官になってもおかしくない。何故闇の神子の神官がどうしてこうも高齢者ばかりかというと、彼らは先代の闇の神子の時から神官を務めていて、先代がいなくなった後は光の神子に仕えていた。そんな中突然サクヤが…新しい闇の神子が出現した際に即戦力である彼らが再びサクヤに仕える形となったらしい。


 何はともあれ、育ての親同然の神官達を安心させる為にも新しい神官を雇わなければならない。サクヤはまず彼らの親族に神官になって貰えそうな者はいないか尋ねた所、息子や娘は既に定職についており、孫も就職済みかまだ学生だった。


 ならば村の若者に向けて公募と行きたいところだが、昔公募で犯罪組織の人間に潜入された事件があってから希望者の身辺調査が厳しくなり、縁故以外の採用は時間が掛かるようになっている。


 いっそ時間が掛かってもいいから公募しようかと考えている内にサクヤは風の神子の間に辿り着いた。元気の無い顔をしていたら旭が心配する。サクヤは気分転換に深呼吸をしてからドアをノックして返事を確認してから入室した。


「サクちゃんいらっしゃい!今日はお義姉ちゃんも一緒だよー!」


 ぱっと花が咲いた様な旭の笑顔に心を和ませながら勧められるままにサクヤが応接間に行くと、大きなお腹をした命がニコニコと手を振ってくれた。


「元気そうだな、闇の眷属を宿し者よ。しかし1人でここまで来たのか?」


 身重な上魔力の強い子供を宿しているので心配するサクヤに命は首を振った。


「今日は炎耐性の腕輪の交換だけだったから甥っ子に着いて来て貰ったの。図書館で待って貰っている」


「なるほど、そういう事だったのか。確か闇の眷属を宿し者の姉上の御子息だったかな?」


「うん、2人兄弟のお兄ちゃんの方。普段は冒険者をしててあまり家にいないんだけど、たまたまいたから付き合って貰ったの」


「ほら、くーちゃんとせっちゃんがヒナタ兄ちゃんって慕ってる人だよ」


 旭の説明でサクヤはクオンとセツナの会話によく登場する人物だという事に気が付き、なかなかの手練れだと聞いていたのを思い出した。


「冒険者となると、様々な場所を旅しているのか?」


「人によるけどヒナちゃんは転々としてるみたい。半年に一回位は村に帰って来てるよ」


 ここでサクヤはヒナタに闇の神子の神官になって貰えないだろうかと閃いた。腕に覚えがあり世界の歩き方を知っている彼なら塾講師との交渉役や、教材の仕入れなどを担って貰えると期待したからだ。


「闇の眷属を宿し者よ、もし良ければ我に彼を紹介しては貰えぬか?」


「え、サクちゃんどうしたのいきなり?手合わせでもしたいの?」


「否、じつは先日我の配下が退役して新たな神官を探しているのだが、信頼の置ける身分で我に変わり外交を行って貰える神官を希望していてだな、彼がその条件に一致すると見込んだのだ」


 素直に事情を説明する許嫁に旭はまさか新しい神官を探しているとは思わなかったが、言われてみれば闇の神子の神官は自分の所より深刻な人で不足だったと顧みた。


「そういう事なら紹介するよ。そろそろ安定した仕事に就いて欲しいって皆で心配してたから丁度良いかも」


 甥の将来の為にもなると命は快諾して一緒に彼が待っている図書館へと向かった。


「して彼はどの様な人物なのだ?」


「確か今18歳で水属性の盾が付いた片手剣使いだよ。冒険者ランクはCだけど、もうすぐBになりそうとか言ってたな」


「つまり戦闘面は言うこと無しというわけだな」


「そうだね、何せうちの人の師匠の息子だからね」


 以前トキワが師匠には未だに勝てない時があると恨み言を吐いていたのをサクヤは思い出した。そんな強者の息子となれば期待値は高い。これなら遠方に用事が無い時は護衛や手合わせの相手をしてもらうのもいいかもしれないと、採用が決まってないにも関わらず先の展望を考えていた。


 図書館に辿り着き、命はヒナタを見つけて手を振った。どうやら見つけやすい様に入り口付近に待機していた様だ。


 サクヤはヒナタの姿をじっと見据えた。明るい灰色の髪の毛は短く整えられていて、涼しげな目元とスッと通った鼻筋と口角の上がった形の良い唇から自信が溢れていた。背丈は180cm以上はある様に見受けられ、鍛え抜かれた体に背筋がピンと伸びた立ち姿は男から見てもカッコいいと思った。


「ヒナちゃんお待たせ」


「用事は済んだの?」


「うん、ただヒナちゃんにサクヤ様からお願いがあるの」


「俺に?」


 神子が自分に頼みがあるなんて思いにもよらず、ヒナタは目を丸くさせてサクヤに視線を向けた。しかしそれが無礼だと察して慌てて頭を下げる。


「面を上げよ。頭を下げるべきなのはそなたに頼みがある我の方だ」


 そう言ってサクヤはヒナタに向き直り頭を下げた。


「冒険者ヒナタよ。単刀直入に申す。我と契約を交わさぬか?」


 まるで魔王が勇者に交渉をする様なサクヤの口調にヒナタは思わず目を瞬かせた。


「サクちゃん、ヒナタさんが困ってるよ。ちゃんと分かりやすく事情を説明してあげて」


 更に初対面の相手にその口調は面倒臭いと旭に指摘されて、サクヤは一つ咳払いをしてから自称闇の力に目覚めし話し方を止めて、ヒナタに神官になって貰いたい旨を伝えた。


「そういう事か…うーん、神官の仕事を引き受けたらギルドランクを上げるのに時間が掛かるのがネックだな…」


「やっぱりヒナちゃんもAランクを目指してるの?」


「まあね、俺にとって父さんやトキちゃんは目標だから同じAランクになりたいなって思っている」


 こうなると交渉は決裂だろうとサクヤが諦めようとした所で旭が口を開いた。


「お兄ちゃんは風の神子をしながらでもAランクになれたから大丈夫じゃない?休みのの日や何だったら外交中についでにギルドの依頼を受ければいい話だし!」


「そうそう、ランクを上げたいなら、Aランクのお義兄さんかうちの人と一緒に依頼を受けて一つ上のランクの依頼を受けて効率よく経験値を稼げばいいよ」


 叔母としては神官になって貰いたいので命は食い下がる。父親やトキワと依頼を受けるのは好きなのでヒナタの意思は傾きつつあった。希望が見えたサクヤは瞬時に新しい策を思いつく。


「一先ず3ヶ月、試しに引き受けてもらえないだろうか⁉︎我の学習塾計画は水鏡族の子供達の将来が掛かっているのだ!頼む!この通りだ!」


 形振り構わずサクヤはヒナタに膝を突いて頭を下げ始めた。慌ててヒナタはしゃがみ込んで頭を上げる様に懇願した。


「分かりました!やります!とりあえず3ヶ月…」


 強く頼まれると断れない所は父親譲りだと思いつつ、ヒナタがお試しとはいえ神官になる事が嬉しくて命は両手を合わせて歓喜した。


「かたじけない!感謝する!本当に困っていたのだ!」


「まあ…いずれくーちゃんとせっちゃんが通う事になるだろうし、従兄弟として力になれるように頑張ります」


 可愛い従兄弟達の将来の為と思えばやり甲斐はある。それに食い気味にお礼を言うサクヤの情熱にも心動かされたヒナタは柄ではないと思いつつも神官に挑戦する覚悟を決めた。


 こうして闇の神子に仕える新たな神官が誕生した事は他の闇の神子の神官達を大いに喜ばせた上に、サクヤの夢がまた一歩前進した。



ヒナタ

18歳 髪の色 灰 目の色 赤 水属性

クオンとセツナの母方の従兄弟。カイリの兄。冒険者として世界中を旅していた。

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