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55 指輪が欲しいんです

「来月は風の神子の誕生日だな。何か欲しい物はあるか?」


 いつものランニングを終えて別れる間際、サクヤがちゃんと自分の誕生日を覚えてくれていた事と、プレゼントを用意してくれる事に旭はようやく整った心拍数が感激で跳ね上がる。サプライズで骸骨や虫のデザインの物を贈られても笑って受け取れる自信がなかったので、彼なりの気遣いも嬉しかった。


「欲しい物か…」


 最近読んだ貴族ものの恋愛小説で登場したある物が頭に浮かんだが、自分がサクヤの誕生日にプレゼントした刺繍のハンカチに釣り合う物では無かったので口に出せなかった。


「レースのハンカチが欲しいかな。村人の前に出る時に使う小物が欲しかったの」


 ならば同じハンカチにしようと旭がおねだりすると、サクヤが疑いの眼差しを浮かべた。そんな目で見られるのは初めてだったので、旭は思わず後退りをした。


「我に遠慮をしてないか?確かに我はそなたより稼ぎは少ないが、許嫁の欲しい物位買う甲斐性はある。まあ、家を買えと言われたら無理だが…」


 自分の遠慮がサクヤのプライドを傷つけてしまった事に気付いた旭は反省して素直な気持ちを伝える事にした。


「私サクちゃんが甲斐性無しだと思ってないよ。ただこないだのサクちゃんの誕生日プレゼントにハンカチ渡したからそれに見合った物がいいと思ったの」


「なるほど、そういうことか。風の神子が苦心して刺繍したハンカチは我にとって万金に値する故遠慮せず欲しい物を言って欲しい」


 大袈裟だなと笑いつつも自分が贈った誕生日プレゼントを大切にしてくれている許嫁に旭は感激した。


「じゃあ遠慮せずにおねだりしちゃおうかなー」


「臨む所だ。ただし家は無理だ。我に出来るのは、せいぜい日曜大工でディアボロスの小屋を作るぐらいだろうか」


「あ、それ楽しそう。今度一緒に作ろう!でもさっきから何で家が出てくるの?」


「先日参考までに風の神子代行に闇の眷属を宿し者にプレゼントした物の中で一番高い物は何かと尋ねた所、家だと言っていたからだ」


「は⁉︎お兄ちゃん、お義姉ちゃんに家を貢いだの⁉︎」


「代行が言うには闇の眷属を宿し者と結婚するにあたり、長年貯め込んだ冒険者ギルドの依頼達成報酬と大工の給料、魔石の精製、風の神子代行としての稼ぎで一括払いをしたそうだ」


 兄夫婦は共働きなので、てっきり旭は2人の給料から分割払いで建てた物だと思っていたため驚きを隠せなかった。


「…家っていくら位なんだろう?」


「規模にもよるが金貨3000枚程だと言われているな」


「さ…3000枚…」


 自身の貯金の何十倍もの金額に旭は瞠目しつつも、自分は神殿住まいだから家を買わずに済んで良かったと思ってしまった。


「それはさておき、欲しい物は決まったか?」


「う、うん…家よりは全然安いけど、高い物おねだりしてもいい?」


「勿論だ」


 快諾するサクヤに旭は遠慮がちに笑い、頭に浮かんでいるある物を要望する事にした。


「婚約指輪が欲しい…です」


 要望を口にしたものの、やはり高価だったかと後ろめたい気持ちになりながらも旭がサクヤの様子を窺うと、目を丸くさせて固まっていた。


「や、やっぱ別の物にしようかなー?水鏡族って婚約指輪の習慣て無いし、結婚指輪をしてる夫婦も珍しいもんねー!」


 慌てて旭はブローチでもおねだりし直そうと考えていると、サクヤが力強く両肩に手を置いてきたのでビクリと体を震わせた。


「名案だ!早速手配をしよう!」


 嬉々として要望を受諾するサクヤに旭は言ってみるものだなと頬を緩ませてプレゼントの準備に向かうサクヤの背中を見送った。



 ***



 1週間後、旭はサクヤに呼ばれた神殿関係者以外でも入れる応接室に向かうと、既にサクヤと彼のお気に入りの商人が一緒にいたので嫌な予感がしてしまった。この商人の仕入れるアクセサリーは髑髏や龍、蜘蛛や蛇など女性受けしないモチーフの物を扱う事が多く、旭の好みと一致していなかったので不安に思っていると、彼の隣にいた見覚えの無い20代位の若い女性と目が合ったので会釈してサクヤの隣に座った。


「待っていたぞ風の神子、今日は大将に職人を連れて来てもらった。彼女にそなたの要望をとくと伝えると良い」


 女性の正体は職人だったようだ。しかも旭の希望に沿った指輪を作ってもらおうと言うサクヤの粋な計らいに先程までの不安は吹き飛んだ。


「こんにちは風の神子様、この度は婚約指輪をご所望という事でしたので、職人をやっております私の娘を連れて参りました」


 揉み手で商人は娘の職人を紹介した。まさか親子だとは思わず目を丸くしている旭に職人の女性は丁寧に頭を下げた。


「初めまして、アルマと申します。職人としては

まだまだ駆け出しですが風の神子様のご要望に答えられるよう頑張ります」


「よろしくお願いします。アルマさん」


 自分好みの指輪が作れるならばきっと最高の誕生日プレゼントになる筈だと旭は目を輝かせて打ち合わせへと臨んだ。


「先ずはいくつかデザインを用意したので参考にしてください」


 アルマから受け取ったデザインに目を通した旭は衝撃のあまり瞠目してしまった。ハートの形をした心臓がどでかく台座に収まった物や、唐草模様の透彫りのリングに大きなスクエアカットの宝石が鎮座した物、そして定番の髑髏の物など如何にもサクヤが好きそうな指輪ばかりだった。もしかしたらこれまでサクヤが購入してきたアクセサリーも彼女が作ったのかもしれない。


「あ、あの…普通のデザインはありませんか?」


 顔を引き攣らせて遠慮がちに尋ねる旭にアルマは慌てた様子で別の封筒から違うデザイン画を差し出した。


「申し訳ありません!てっきり闇の神子様と同じ趣向の物がお好きだと勘違いしておりました!」


 成る程、サクヤの婚約者だから趣味が同じだと思い込んでいた様だ。旭は誤解が解けた事に安堵しつつ新しいデザイン画に目を通した。


 先程のデザインに比べて華奢で繊細な指輪の数々に旭はご機嫌になった。普段よく読む貴族物の恋愛小説によく登場する立て爪にダイヤモンドが収まった物や、丁寧にカットされた小さな石が5つ並んだ物などどれも目移りする物ばかりだった。


「何かご要望はありますか?」


「そうですね…出来たら石は黒い宝石を使って欲しいです。サクちゃんの…闇の神子の水晶の色ですので」


 水鏡族の恋人達は自分の属性の水晶と同じ色の石のアクセサリーを贈るのが定番らしいので旭もそれに則りたかった。


「あとは普段から身につけたいので指輪に埋め込んだデザインがいいかもしれません」


「成る程、でしたらこんなのはどうですか?」


 その場ですらすらとスケッチブックにデザインを描くアルマに旭とサクヤは感心した。2人とも絵心が無かったので尚の事だった。


 アルマが描き上げた指輪のデザインは大小の黒い石を取り囲む様なデザインのリングだった。


「素敵!このデザインがいいです!」


 一目見て指輪のデザインが気に入った旭はテンション高めに即決となった。


「ありがとうございます。石は現在こちらで直ぐ用意出来るのはオニキスとブラックダイヤモンドですがどちらになさいますか?」


 商人の提案にあまり宝石に詳しくない旭は口に手を添えて考え込む。


「大将、今日は実物は持参しているかな?」


 イメージを掴みやすい様にとサクヤが申し出ると商人はニッコリ微笑み、異空間収納の小箱から加工前のオニキスとブラックダイヤモンドを取り出した。


「わあ、綺麗!どっちにしよう…」


 許嫁の水晶を彷彿させる吸い込まれてしまいそうな位真っ黒なオニキスとブラックダイヤモンドに旭は魅了された。


「メインをカットしたダイヤモンドにしてサブを磨き上げたオニキスにしてはいかがでしょう?」

 

 両方使えば良いというアルマの案を旭は採用する事にした。デザインと石が決まった所で次は指のサイズを測る事にした。


「では指輪が出来ましたら伺いますね」


 あとは完成を待つのみとなった所で今日の打ち合わせは終了となった。料金についてはこれからサクヤが商人と相談するというので旭は離席する事となった。


「今日はありがとうございました!それで、指輪はいつ頃できるんですか?」


 去り際に旭が指輪の完成の時期を尋ねると、アルマは少し考えてから口を開いた。


「2ヶ月程時間をください」


 旭の誕生日は来月なので、当日には間に合わなさそうだ。内心ガッカリしつつも旭は心配そうにこちらを見る許嫁に大丈夫だとニッコリ笑って婚約指輪を待つ事にした。


 商人との料金交渉を終えたサクヤと共に旭はティータイムをしようとバルコニーへと向かっていた。


「サクちゃんありがとうね!ああ、指輪楽しみだなあ…」


 足取り軽くご機嫌の旭にサクヤの表情は柔らかい。しかしながらこんなに喜んでもらえるならもっと早くプレゼントすれば良かったと少し反省した。


「ねえ、指輪が出来たら渡す時にプロポーズしてよ!」


「プロポーズ、とな」


「うん、私達っておばあちゃんが決めた許嫁同士じゃない?だから改めてサクちゃんの気持ちを知りたいの…」


 サクヤがいつだって自分を許嫁として大事にされて来たのは分かっている。しかし旭は改めて彼の意思を確認したかった。


「相分かった。指輪と共に我の気持ちを届けよう」


 きっかけは光の神子の思いつきだったが、サクヤは旭への気持ちに嘘偽り無かった。自覚し始めてから何度もこの想いを伝えようと思っていたが、いつも声さえ出す事が出来ず、まさか好意を伝えるのがこんなにも大変な事だとはとサクヤは痛感した。


 なので旭のリクエストはサクヤにとって絶好の機会だった。果たして上手くプロポーズが出来るのか、サクヤは重くのしかかる使命感に押し潰されそうになりながらも彼女の笑顔の為に必ずや成功させようと誓うのだった。


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