52 闇の神子について調べます
「え、歴代の闇の神子について知りたいんですか?」
仕事である魔石作りをひと段落させた旭からのリクエストに紫は思わず聞き返した。
「サクちゃんの事をもっとよく知る為にも歴代の闇の神子を知りたいの。最初は図書館で調べようとしたんだけど、闇の神子だけ資料が無かったの。紫さんはずっと神殿にいるんだから知ってるでしょ?どんな人達だったの?」
興味津々に尋ねる旭に紫は唸り声を上げながら返答に困っていた。どうやら歴代の闇の神子については秘匿事項が多いらしいと旭は察したが、それでもサクヤの為にも知りたかった。
「風の神子の事なら何でも話してあげられるんですけどね。なんだったら先代の恥ずかしいエピソードを暴露してあげますよ」
旭が興味を持ちそうな話題を挙げて紫は話を逸らそうとするが、真っ直ぐな瞳で見つめられてしまい誤魔化せそうに無いなと観念すると、再び唸り声を上げた。
「申し訳ありませんが、闇の神子について知ってはいますが、私の口から話す事は出来ません。色々事情があるんですよ」
「事情って言われたら益々気になるよー!」
「そうは言ってもねえ…うーん…闇の神子の許嫁である風の神子には知る権利はあると思うんだけど、こればかりはな…」
「先代の闇の神子は写真で見た事あるんだよね。1枚だけだけど、展示室に飾ってあったから。ママも炎の神子として写ってた」
展示室にはおよそ30年前の白黒写真から去年撮影したカラー写真までの神子の写真が飾られていて、誰でも気軽に閲覧が出来る。その一番最初の集合写真に闇の神子の姿があった。
白黒写真の濃淡具合から先代の闇の神子は旭と同じ銀髪で、歳はサクヤと同い年位に見えた。切れ長の鋭い目に鼻筋が真っ直ぐ通っていて、口角が下がった薄い唇がどこか寂しげだった。
「でも次の年の写真から写ってなかった。もしかして亡くなったの?」
「うーん、ノーコメント」
どちらとも取れる紫の反応に旭はヤキモキしながらも一つのことに気がついた。
「ねえ、もし亡くなってしまったとして、サクちゃんが神殿に来て礼拝が出来る様になるまでの間、闇の精霊への礼拝は誰が行ってたの?」
闇の神子は光の神子同様唯一無二の存在だから、いなくなったら礼拝を行う人間がいなくなる。旭の指摘に紫は今度は一つ頷き口を開いた。
「礼拝は行いません。つまり精霊の声を聞くことが出来ない。それだけです」
「へ?それでいいの?」
「いいも何も神子がいないと聞けないから仕方ありません。それによく考えてみて下さい。水鏡族の人間以外…例えば港町にお住まいの方々は精霊の声に頼らず生活してますよ?」
「じゃあお兄ちゃんは嫌々風の神子になったけど、別にならなくても良かったって事?」
幼い旭に代表を押し付けて神殿を出たのだから兄は決して神子になりたかった訳ではないはずだ。現に今も新しい風の神子が現れたら代行を辞めるつもりでいるようだった。
「それについては先代に感謝しかありません。私との契約を引き継いで貰えなかったら、今頃私はここにいませんから」
「え.…そうなの?」
意外な事実に旭は目を丸くした。旭もまた先代である兄から引き継いだだけなので、神子と精霊との契約について詳しく無かった。
「契約している神子が亡くなったら契約終了となり、精霊は実体を保つ事が出来なくなりますから、私は神官として働けなくなります」
どうやら精霊は神子と契約をする事で実体を得る事が出来るようだ。初めて知った事実に旭は驚きを隠せなかった。
「それに次に現れる風の神子が必ずしも私とマッチングして契約出来るとは限らないので。精霊は沢山いますからね」
「でもずっと紫さんが風の神子と契約してて他の精霊は文句言わないの?」
「いいえ、むしろ面倒だから助かると感謝されてます」
風の精霊はその場に留まるのを好まないとよく言うので長年神殿にいる紫は奇特な風の精霊だという事になる。
「結婚2年目で一番イチャイチャしたい時期に奥様との別居を覚悟して風の神子を継いでくれたので、先代には本当感謝しています」
「ほえー、お兄ちゃんも大変だったんだね。まあそれはともかく、闇の神子については誰に聞けば答えてくれるの?」
「チッ、覚えていたか。そうですね、光の神子に聞いて下さい。それでダメなら諦めて下さい」
話を逸らす事に失敗した紫は諦めて有力筋の情報を提供した。薄々旭も祖母から聞くのが無難だと思っていたので、驚く事は無かった。
早速旭は光の神子の間へと向かった。祖母は執務室でのんびりと刺繍を楽しんでいた。
「あら旭、どうしたの?」
「おばあちゃん、歴代の闇の神子の事について教えて欲しいの」
旭の願いに光の神子は一瞬顔を曇らせたが、直ぐにいつもの飄々とした顔をした。
「サクちゃんの事もっと知りたいけど、サクちゃんの生みの親については分からないでしょ?そうなると闇の神子について知るのもいいかなって思ったの」
「そういう事だったのね。そうね、貴方ももう13歳だし、そろそろ耳に入れてもいいかもしれないわね」
色の良い返事の祖母に旭は期待に瞳を輝かせて近くのソファに腰を下ろして話を聞く姿勢を示した。
「今あなたに教えてあげられるのは先代の闇の神子についてよ」
「展示室の写真に写っていた人だよね?」
「ええ、あの子は…先代の闇の神子はイザナという名前でね、私の息子なのよ」
「えっ?先代の闇の神子もサクちゃんみたいに捨て子だったの?」
「いいえ、私が産んだ子供よ。楓の弟で暦の兄に当たるわ」
つまり旭にとって先代の闇の神子は叔父という事になる。初耳だった事実に旭は戸惑いを感じずにはいられなかった。
「写真を見た感じ、ママ達とあんまり似てないよね…」
「イザナはどちらかというと父親似なのよ。若い頃なんてそっくりなんだから」
そう言って光の神子は自室から1枚の姿絵を手にして旭に見せた。
「これは、おばあちゃんと…おじいちゃん?」
姿絵の男女は婚礼衣装に身を包んでいた。花嫁は銀髪を一つにまとめて穏やかな笑みを浮かべていて、花婿は背が高く逞しい体格で、燃えるような赤い髪を後ろに撫で付け、鋭い目つきは勇ましさを感じたし、確かにイザナに似ていた。
「ふふふ、美男美女カップルでしょう?」
「自分で言っちゃうんだ」
旭は苦笑いをしながら姿絵をローテーブルに置いた。
「イザナは物静かであまり自己主張をしない子だったわ。逆に楓が御転婆だったからバランスが取れていたのかもね。暦は今も昔も変わらず穏やかな子だったわね」
幼い頃の我が子達を思い出しながら光の神子は懐かしそうに目を細める。その様子からは母親としての慈愛が滲み出ていた。
「先代の闇の神子は何でいなくなったの?」
「…亡くなったのよ。これについては旭がもう少し大人になったら話すから、今は何も聞かずにいて」
辛そうに顔を歪める祖母の姿に旭は知りたくてしょうがなかったが、これ以上は追及する事は出来なかった。恐らく母達に聞いても同様だろう。
「サクちゃんは先代の闇の神子については知ってるの?」
もし知らなかったら話さないように気をつけなければいけないので旭が確認を取ると、祖母はしばし考え込んでから口を開いた。
「恐らく知っている筈だけども…出来れば黙っておいて。その上で都合の良い話だけど、もしサクヤが旭に打ち明けようとしたら…その時は隣で話を聞いてあげて」
「うん、分かった」
闇の神子の事については謎だらけだが、それでも旭のサクヤへの気持ちは変わらない。もし彼が困難に立ち向かう事になっても、絶対離れないし隣で支えるつもりだ。
「あとさ、おばあちゃんはサクちゃんの生みの親については何か知ってるの?」
次に以前から気になっていたサクヤの親の事だ。いくら闇の神子だったからとはいえ、祖母が本当の親を探さない訳がないと推理していた。
「勿論すぐに精霊に聞いて調べたわ。だけど知ってるのは私だけ。サクヤは知らないわ」
「どうして教えてあげないの⁉︎サクちゃん自身の問題なのに!」
「聞かれてないから言ってないだけよ。きっとあの子、私に遠慮してるのよ。育ての親より生みの親が良いと思われたくないのかも」
だとしてもサクヤは自分のルーツを知りたい筈だ。時折見せる許嫁の寂しい瞳に旭はいつも胸を締め付けられていた。
「それでサクちゃんの生みの親は今どこで何をしているの?」
「知ってどうするの?サクヤに教えるの?会わせるの?」
「それは…分かんないけど。好きな人の事は何でも知りたい年頃なの!」
我ながら苦しい言い訳だと思いながらも旭はサクヤの生みの親に何故サクヤを捨てたのか…時折見せるサクヤの寂しげな表情をさせる理由を知りたかった。
「いずれ分かる日が来るわ。あなたはその時サクヤの手を決して離さないであげてね」
「当然!サクちゃんが嫌がっても離さないから」
「頼もしいわね。よろしくね」
自分の死後はサクヤの事は旭に託したいと光の神子は考えていた。しかし叶う事なら幸せになったサクヤをこの目で見たい。もう少し寿命に抗いたいと光の神子は決意を固めて無邪気な孫に穏やかに微笑んだ。