50 本の感想を語り合います
「はあ、最高過ぎる…」
真夜中にも関わらず旭は興奮で目が爛々と輝いていた。今日は「そよ風のシンデレラ」の最新刊を入手したので、寝る時間を削って早速読破したのだった。
前巻で両想いになったのに離れ離れになってしまった水鏡族の少女ミコトと風の神子の少年翠の恋の行方を旭は今か今かと待ち望んでいたのだ。
明日は自分と同じく読破したであろう菫と感想を語り合う約束をしている。これはいつも新刊が発売される度に行っている事だ。更に今回はサクヤも参加するらしい。最近「そよ風のシンデレラ」を全巻貸した所、案外ハマったらしく、是非参加したいと申し出があったのだ。
興奮冷めやらぬ中、果たして眠りにつく事が出来るのか旭は心配だったが、一先ず布団に入り目を閉じるとお気に入りのシーンを思い出しながら眠りに就いた。
***
翌日、旭は礼拝や魔石の精製、奨学金制度の書類のサインなどをこなした後、約束の時間となったので闇の神子の間へ向かった。既に菫も到着していて、旭が席に着くと年配女性の神官が人数分の紅茶とかりんとうを用意してくれた。
「それじゃあ、始めましょうか?」
旭の一声を合図に菫とサクヤは頷き、順に感想を述べる事にした。
「ミコトちゃんのピンチに駆けつけた翠くん凄くカッコ良かったー!まさか迎えに来ると思わないよね!」
旭の第一声に菫は何度も頷く。
「3年の時を経て超美形に成長した翠くんにミコトちゃんをモノにしようとした貴族のバカ息子達も見惚れていたしね」
「だが、翠は風の神子であるにも関わらず、職務を放棄して神殿内に混乱をもたらしたのは褒められたものでは無いな」
同じ神子の立場としての意見を述べるサクヤに旭と菫は一斉に睨みつける。
「翠くんは次席だから証を持っていないし、村の外に出ようと思えば出れるから問題無いよ!」
「そうそう!それに翠くんは神殿よりもミコトちゃんを…愛する女の子の方を選んだんだよ!」
「ううむ、神子としての立場よりも愛を選ぶ翠の気持ちが理解出来ぬ…」
「じゃあもし私が誘拐されてたらサクちゃんは助けてくれる?」
「救出したいのは山々だが、神殿から出るのは不可能だからな…せいぜい使い魔で行方を探るくらいだろうか?」
「サクヤは乙女心が全然分かってないわね!そういうの抜きで考えるのよ!神子とか契約とかそういうの抜きで旭が攫われたら助けにいくかどうか考えるの!」
あくまで例え話なのだからと菫が念を押すとサクヤは頭を空っぽにして考え直した。
「それは何が何でも救出する。風の神子は我の許嫁だからな」
「サクちゃん…」
ピンチに駆けつけるサクヤはさぞや勇ましいだろう。旭は想像するだけで胸がときめいた。
「あとさ、大人っぽくなった翠くんがミコトちゃんに隙あらばキスしちゃって甘々でさ、もう読んでるこっちが恥ずかしくなっちゃった!」
バカップルめと心の中で愚痴りながら菫は次の感想を口にした。これまでのコーネリア・ファイアの作品はラブシーンは少な目だが、「そよ風のシンデレラ」は砂糖を大量に煮詰めたような甘いシーンが多く、新刊に至ってはキスシーンが乱発していたので、菫は大きな衝撃を受けていた。旭も同意して鼻息を荒くした。
「そうそう!思わず身悶えちゃったー!翠くんがミコトちゃんを好きで堪らない気持ちが前面に出てて、ミコトちゃんがタジタジになってたのが可愛かった!」
キャーキャーと嬌声を上げる旭と菫を横目にサクヤはかりんとうをぽりぽりと噛み砕きながら、ここ最近読んだ数々の恋愛にまつわる本で得た情報を整理していた。
「…物語が架空の話とはいえ、年頃の男女がみだりに口付けを交わしては結婚前に子を授かってしまうのではないかと本作を読んで危惧していたのだが」
「はあ?あんたそんな子供騙し信じてるの?」
鼻で笑う菫を見てサクヤはやはり旭の父親であるトキオが言い含めた事が嘘だと確信した。
「えー!でもパパが嘘吐くなんてあり得ないよー」
「恐らく風の神子の父は我々に清く正しい節度ある交際を望むが為に我に優しい嘘を吐いたに違いない。故に彼を責めてはならない」
サクヤはトキオに対して怒りは無かった。自分と旭との関係を認めて大事にしてくれた未来の義父に寧ろ感謝していた。
「むう、騙されたサクちゃんがそう言うなら許すけど…はあ、なんだかんだでパパはお兄ちゃんのパパなんだな」
兄の意地悪な性格は母譲りだと思っていたが、普段子供の前で見せないだけで、父も案外曲者なのかもしれないと旭は考えを改めた。
「しかしそうなると!私とサクちゃんがお口でキスしてもなんも問題無い訳だ!」
目を獣の様にギラギラとさせて旭はサクヤを熱っぽい視線で見つめてキスが解禁だと口を弧にして喜んだ。
「ちょっと旭、がっつき過ぎてサクヤがドン引きしてるわよ」
菫の指摘でサクヤが戸惑いの表情を浮かべている事に気付き旭は我に帰った。このまま本能赴くままにサクヤの唇を奪えば、思い描いていた甘いファーストキスとはかけ離れてしまうと冷静になった。
「サクちゃんごめん、でも近い内にキスしようね」
今日は予告だけにしておこう、譲歩した旭に対してサクヤは顔を俯かせた。
「もしかして嫌なの⁉︎」
許嫁同士なんだからいいでしょうと続ける旭にサクヤは俯いたまま首を振って否定した。
「否…その、だな…何と申せばいいのか…」
言葉を詰まらせて弁明するサクヤの顔を菫と旭が覗き込むと、これまで見た事ない位顔を真っ赤にして照れていたので大きな衝撃を受けた。
「情けない話ではあるが…こ、心の準備が出来て…いない…」
消え入りそうな声でサクヤは弁明すると、居た堪れなくなり席を立ち自室へと消えた。
「えーっ!ええーっ⁉︎」
初めてサクヤが自分を意識してくれた事に旭は驚愕して菫と一緒に目を丸くした。まさか恋愛小説を読ませた事が功を奏したのかと、心の底から「そよ風のシンデレラ」に感謝した。
とりあえずサクヤの事はそっとしといてあげる事にして、旭と菫は残ったかりんとうを神官に紙ナプキンで包んで貰い、お茶会の続きをする場所を求めて神殿内を彷徨った。
「あら旭、菫ちゃんも」
結局風の神子の間で語ろうとした所で暦と遭遇した。思わず旭は暦の手を握り感激に声を震わせた。
「コーネリア・ファイア先生!素晴らしい作品をありがとうございました!」
熱烈なファンからの握手に暦は驚きながらも作者冥利に尽きるとニッコリ微笑んだ。
そして暦も話を聞きたいという事だったので、炎の神子の間で本の感想とサクヤの事について旭と菫は語る事となった。