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48 勇者様は人気者です

 手合わせを介して通じるものがあったのか、意気投合したサクヤはエアハルトと神殿の共同風呂で汗を流す事にした。


「勇者殿、お背中をお流ししよう」


「これはご丁寧に、ありがとう」


 歴戦の男の背中は広く大きかった。彼が養母と同じく治癒魔術を操れるので傷一つ無いのか、それとも傷を負った事が無いのかは分からなかったが、サクヤは逞しい勇者の背中からは力強さを感じた。


「どうしたの、さっきゅん?」


「…我には父がいないのだが、もしいたらこんな背中をしているのだろうかと思ったのだ」


「え、僕って子持ちに見える?」


「気分を害したのなら謝罪する」


「いや、そんな事ないよ。子持ちに見えるって事は非童貞に見えるって事だし嬉しいよ」


「非童貞というのは既婚者という意味であっているか?」


「まあそんな所。それにしてもさっきゅんは普段は変わった喋り方をするんだね」


「闇の力の頂を目指す者として相応しい言葉遣いだと思っている」


 大きな背中の泡を流しながらサクヤが持論を述べれば、エアハルトからクスクスと笑い声が上がった。


「確かに軽薄な言葉遣いよりカッコいいかもね。僕は好きだよ」


 今まで周りから不評で初めてこの仰々しい言葉遣いを褒められたサクヤはぶわりと嬉しい感情が湧き上がり目を輝かせた。


「背中ありがとうね!じゃ、前も洗ってもらおうか…僕の自慢の息子は優しく丁寧に…うぐっ!」


 エアハルトの頭が洗面器で殴られカコンと軽快な音が響いた。


「いくら童貞で女にモテないからって、少年に手を出すのは流石にアウトだろうが!」


 殴ったのは同じく汗を流しに来た仲間のテリーだ。エアハルトに対して軽蔑の眼差しを向けて肩を震わせている様子からしてご立腹のようだ。


「いたた…冗談に決まっているだろ?」


「冗談に聞こえなかった。それに彼の顔をよく見ろ!お前の下ネタの意味が分からず言われた通り洗おうとしていたぞ?」


 石鹸を泡立てて準備していたサクヤを指してテリーはエアハルトを咎める。


「なんと、冗談だったのか。我はてっきり勇者殿の祖国では全身を洗うのが礼節なのだと勘違いした」


「ごめんね、サクヤ君。エアハルトは冗談ばかり言うから間に受けないでやってくれ」


 溜息混じりにテリーは謝罪すると、エアハルトがまたよからぬ事をしない様に近くで見張る事にした。


「ところで勇者殿は先程何故風の神子代行に負けたのだ?闇の眷属を宿し者のピンチに駆け付けたいが為とはいえ、我の所見では勇者殿の方が優勢だったと思うのだが」


 肩を並べて湯船に浸かり、サクヤが古傷を抉るような疑問を投げ掛けるとエアハルトは苦笑いを浮かべる。


「あの時トキワ君が僕の秘密を囁いたから不覚にも動揺した隙を突かれてしまったんだ。いやあ、僕もまだまだだね」


「秘密とは?」


「それはちょっと恥ずかしくて言えないよ。トキワ君にも聞かないでね」


「相分かった。しかし相手の秘密を掴むのも戦法なのか。勉強になるな」


 戦いには武力だけではなく知力も必要なのだとサクヤは学び、今後は情報収集も頑張ってみようと思った。


「と、いう事でリベンジマッチに向けてトキワ君の恥ずかしい秘密とか知らない?」


「ううむ…代行の恥ずかしい秘密と言われてもな…一度下着を裏表逆に履いていた事があったが…それはどうだ?」


「その位じゃ動揺する気がしないな。何かこうド変態な性癖とか探れたらいいんだけど…」


「つまり勇者殿の秘密もド変態な性癖なのか?」


「うっ…ノーコメントで」


 痛い所を突かれたエアハルトは弱点についての話題を切り上げて、サクヤの知らない神殿の外の世界について話した。


「ほう、馬が要らぬ車とな。勇者殿の祖国は魔道具の開発が活発なのだな」


「続々面白い発明品が出て来て本当飽きないよ。後で見せてあげるね」


「頼む!我は皆の役立つ魔道具があったら是非入手したいと考えている」


 興味津々に話を聞いてくれるサクヤにエアハルトはすっかりご機嫌で入浴の効果もあり頬を蒸気させていた。


「いたー!」


「サクヤ兄ちゃん、勇者様!」


 風呂場内のベンチで休憩して会話を楽しんでいた所でセツナとクオンもやって来た。


「闇の眷属達か、よくぞ来た」


 どうやらサクヤ達に会いたかったようだ。サクヤが2人の頭を撫でると嬉しそうに目を細めていた。


「どっちか1人くらいじつは女の子っていうの期待してたけど、間違いなく男の子なんだね…痛っ!」


 兄弟を舐めるように見るエアハルトにテリーは容赦無く殴った。勇者が幼児性犯罪なんて歴史に残る汚点になるので、テリーはキリキリと胃を痛ませていた。


「案ずるなかれ。闇の眷属を宿し者は女の子供が生まれるまで産み続けると宣言していたからな」


 言葉の意図を理解していないサクヤは命がよく口にしている言葉をエアハルトに伝える。


「つまり僕の元に巨乳でキュートな未来の花嫁たんは確実にやって来…痛っ!」


 子供達の前でも失言をするエアハルトにテリーは再び鉄拳を喰らわせる。


「生まれた赤ちゃんが女の子だったら勇者様のお嫁さんになっちゃうの?」


「すごい!あかちゃんすごいね!」


 エアハルトの下心とは裏腹にクオンとセツナは歓迎ムードになっている。こうなると生まれてくる子供はまた男であって欲しいとテリーは願うのだった。


「クオン、セツナ。早くお風呂に入らないと風邪ひくよ」


 保護者としてトキワも風呂場に来ていたようだ。先程の会話は聞こえていなかったようなので、エアハルトとテリーは安堵した。


「ぼく、ゆうしゃさまとおふろはいる!」


「僕も!」


 子供達の人気を勇者に取られた父親は唖然とした表情を浮かべたので、エアハルトは手合わせで負けた分を取り返せた気分になった。


 結局は父親とサクヤ達も一緒がいいという兄弟の要望により一同で浴槽に浸かれば、ざばんとお湯が溢れ出した。


「坊や達は僕とパパ、どっちがカッコいいと思う?」


 すっかり気を良くしたエアハルトは調子に乗って兄弟達に尋ねた。どうやら手合わせで負けた分を取り返そうとしているようだ。

 

「どっちもー!」


「そうだね、父さんも勇者様もカッコいいよね」


 兄弟揃って100点満点の回答をした。エアハルトはやや不満げだったが、これ以上突き詰めて不興を買って評価を下げても気分が悪くなるので我慢する事にした。


「我もそう思う。代行と勇者殿、両者とも我の目標だ」


 純真無垢なサクヤ達がエアハルトには眩しく感じて、かつて自分も彼らのような少年時代があったなと懐古した。



「テリー!お背中流しに来たわよ!」


「体を洗いっこしましょう」


 突如男風呂に不釣り合いな高い声が響く。声の主はアザミとロベリアだった。まさか男湯に女性が入って来るなんて誰も思わず男達はざわついた。


「フヒ、メロン畑だ…」


 恥じらいなく自慢の体を一糸纏わず見せつけるアザミとロベリアにエアハルトはだらしなく鼻血を垂らし釘付けになっていた。


「何だあの痴女達は。子供の教育に悪いんだけど?」


「すみません、彼女達エアハルトと同じくらい常識が無いんです…」


 胃の辺りを摩りながらテリーはクオンとセツナには見てはいけないと注意しているトキワの苦情に応対した。


「驚いた。彼女達は男だったのか…」


 そしてアザミとロベリアの裸体を前にサクヤは戸惑いの表情を浮かべていた。明らかに自分達とは違う体の作りなのに男湯にいるという事は心の性別は男なのだろうと解釈したのだ。


「体だけで性別を判断してはいけないのだな…これは勉強になった」


「そりゃ良かったな。あとは勇者様御一行にゆっくりしてもらおう。アイスクリーム買ってやるから出るぞ」


 これ以上は子供達に悪影響しかないと見做したトキワは子供達とサクヤをアイスクリームを餌にして風呂場を後にした。


 その後サクヤ達は食堂でアイスクリームを頂いた。のぼせ気味の体に冷たいアイスクリームが心地良く沁み渡り、サクヤは思わずため息をついた。


「あーアイスクリーム食べてる!ずるい!」


 食堂の入り口から顔を出した旭がサクヤの姿を確認すると、隣に座り餌付けされている雛のようにアイスクリームを要求した。躊躇わずサクヤは食べさせてあげれば旭は冷たさと甘さに身悶えた。


「…風の神子の性別は女だよな?」


「うん、花も恥らう乙女だよ。どうしたの突然」


「いやな、世の中には体は女でも心が男という人間もいるのだ。逆も然りだが」


「ああ、そういうこと。私は身も心も女だよ。サクちゃんは?」


「我は…どうなのだろうか?体は間違い無く男だと思うが…心は男で合っているのだろうか?そもそも定義が分からない」


「女の子が好きだったら男とか?」


「否、巷では男が恋愛対象の男もいるのだからそうとは限らない」


「うーん、じゃあ自分が男だと思ったら男って事でいいんじゃない?」


「なるほど、言われてみればそうだな」


 段々面倒臭くなった旭は適当な事を言ったつもりだっだが、サクヤはストンと腑に落ちて納得すると、アイスクリームをスプーンで掬った。


 勇者一行が来てまだ2日しか経っていないのに、多くの価値観を教えてくれたものだと、サクヤはエアハルト達に尊敬の念を覚えてから、最後の一口のアイスクリームを旭の口に放り込んだ。



登場人物メモ

アザミ 23歳 髪色 赤 目の色 青 双剣使い

 ロベリアとコンビを組んで冒険者をしていたが、ピンチの所をエアハルトとテリーに助けられた際にテリーに一目惚れして行動を共にする様になった。

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